Pascal Dusapin(パスカル・デュサパン)の合唱曲 / 声楽ライブラリー「日本民謡集 改訂版」(間宮芳生 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Pascal Dusapin(パスカル・デュサパン)の合唱曲

●Umbrae mortis(死の影)
作曲:Pascal Dusapin(パスカル・デュサパン)
出版社:Salabert
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:ラテン語

●Granum sinapis
作曲:Pascal Dusapin(パスカル・デュサパン)
出版社:Salabert
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:アルザス語

前回から8ヶ月ぶりの寄稿です。いつも冒頭にコロナ禍の現状と身の回りの合唱活動について書いていたのですが、この8ヶ月のうち最大の出来事といえば自身がコロナに感染したということです。幸いたいした症状はありませんでしたが、そのせいで夏の出演公演が3本も飛んでしまいました。そして執筆現在の今は妻が感染し、自宅隔離状態です。この夏は、どれだけ気をつけていたとしても多くの人が感染し一時的に活動休止を余儀なくされていますね。合唱活動という意味では、誰かが欠けても本体が回る、ということを目指さねばならないのでしょうか。現実をサバイブしなければならないことと、そうだとしても人をひとり替えるだけで音楽はやはり全て変わってしまうというまた別の面での現実と、なかなか厳しいものがありますが、show must go onというよりないですね。

さて、今回はフランスの現代作曲家パスカル・デュサパンの「Umbrae mortis」と「Granum sinapis」という2つの合唱曲をご紹介します。

1955年生まれで、大学では美術、科学、芸術学、美学を学び、作曲はおおよそ独学で、1974〜78年のあいだヤニス・クセナキスのセミナーに通い手ほどきを受けていたこの作曲家は、合唱の作曲家という文脈ではほとんど認知されていないかもしれません。僕がドイツに留学していた当時も、デュサパンという作曲家のことは知っていても、当地で彼の合唱曲を聴く経験はありませんでした。彼の合唱作品を改めて認知したのは、完全帰国後、全日本合唱連盟の資料室にお世話になっていた時分、そこで出会った松原千振さんと「存命のヨーロッパの作曲家のなかで、合唱だけではない同時代音楽の文脈で捉えられる作曲家は誰か」という話題になり、ヴォルフガング・リーム、ヘルムート・ラッヘンマンあたりの名前を出したところ松原さんからデュサパンの名前が返ってきたことからでした。

デュサパンは70年代フランスで盛んであったスペクトラム楽派(グリゼー、ミュライユ)から一定の距離を置き、つまり縦方向の響きのなかにおける調和を追求するのではなく、旋律という横の<線>を多層的に生成していくという手法がたいへん特徴的な作曲家です。それはアカペラ合唱作品である「Umbrae
mortis」と「Granum sinapis」においても基本的には同様で、とくに「Umbrae mortis」においてその特徴が顕著です。閉口ハミング、あるいは段階的な閉口、息混じりの声などわずかに特殊記譜が用いられますが基本的にはオーソドックスな書法で、また四分音が用いられるのですが、これは例えばスペクトラム技法における厳格な音高指定のようなものではなく、むしろ声における特有の「不正確さ」のために機能し、それが声の自然さをむしろ引き出すような効果が意図されています。

<線>の音楽と言いながら、いわゆる刻むようなリズムが全く存在しないわけではなく、その部分はほとんど唯一的にテクストの発語が担っていて、発語そのものだったり、あるいはそれに基づく発展的な発想によってリズムが決定づけられます。その展開具合はまさにテクストそのものに大きく依存していて、Umbrae mortisは死者のミサのラテン語テクストの再構成であるところからどこか聖歌的なうねりが常につきまとう感じである一方、Granum sinapisはなんとアルザス語詩をテクストとしており、ドイツ語的抑揚とフランス語的母音のサウンドがもたらす独特なリズムがえもいわれぬ声の世界を導き出してくれます。

いずれも、1998年、ストラスブール音楽祭にて、エキルベイ指揮Accentusにより初演されました。日本のハイアマチュアであればチャレンジ不可能ではない難易度ですので、ぜひ楽譜を手にとってみていただきたい珠玉のアカペラ作品です。(柳嶋耕太)

2曲のうち、Umbrae mortisは11月22日に開催されるvocalconsort initium ; 6th concertで再演されます(2019年同団体により日本初演)。

◆vocalconsort initium ; 6th concert ~Le vrai visage de la paix 平和のほんとうの顔~
https://choruscompany.com/concert/221122initium/
 
※楽譜の注文はパナムジカにお問い合わせください。

柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)

【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

声楽ライブラリー「日本民謡集 改訂版」

●声楽ライブラリー「日本民謡集 改訂版」
作曲:間宮芳生
編:内田るり子
出版社:全音楽譜出版社
価格:3,080円(税込)

こんにちは。佐藤拓です。
本日ご紹介するのは間宮芳生さん作曲の『日本民謡集』です。
おや?と思われた方もいるかもしれませんが、この作品は合唱曲ではなくピアノ伴奏による独唱曲集です。しかし、間宮さんの数々の合唱作品を演奏するうえで、この曲集において間宮さんが見せる洞察と創意、そして日本の民謡への想いを知ることなしに、その本質に触れることはできない、とさえ思います。
この作品は1955~88年にかけて作曲されており、まさに間宮さんのライフワークともいうべきものです。声楽家・内田るり子氏の要望で日本民謡を歌曲化することとなり、二人でNHKが所蔵する数万曲の民謡採集データを聞き漁り、その中から発見した数々の民謡を掬い上げました。多くが内田さんの歌唱で初演されています。
全24曲。曲目リストは下記サイトをご覧ください。
http://shop.zen-on.co.jp/p/728140

どうでしょう、この中でいくつの民謡をご存じでしょうか?有名なものといえば、せいぜい「こきりこ」と「南部牛追唄」、かろうじて「弥三郎節」くらいでしょうか。
意図してマイナーなものを選んでいるわけではなく、間宮さんが本当に「面白い」と思った作品だけが厳選されています。その多くは。かつて農作業などと共に歌われていた仕事唄や、神事芸能で歌われていた儀式的なもので、いずれも人々の生活・慣習に根差したものでした。
どの曲も、唄の旋律は元曲(特に普通の人々=常民が歌った素朴なもの)の原型そのままで、ピアノパートに独特な仕掛けが施されています。あるものはバルトーク風に、あるものは後期ロマン派風に、またあるものはジャズ風に・・・しかし、これらの編曲は、日本の民謡を既存のほかのスタイルの音楽でコーティングするものではなく、いっそう民謡そのもののエネルギーが力強く表出されるように書かれています。日本と西洋との融合、などという陳腐なテーゼは作曲者の中にはおそらく皆無で、日本の民俗的な遺産の中から普遍的な音楽的価値を抽出し、現代においてどのように花開かせるかという、壮大な試みがそこにあるのです。それこそが間宮さんにとっての「音楽の伝承」の本質なのでしょう。

この中で「まいまい」「米搗まだら」「ちらん節」「でいらほん」の4曲は無伴奏混声合唱曲として『12のインヴェンション』に収められています。同一の素材をどのように扱い分けているか、その違いを見てみるのもよいでしょう。
特に東京都青ヶ島の「でいらほん」は、1950年代にはすでに現地での伝承は途絶えてしまっており、たまたまNHKの番組でその復刻上演を見た間宮さんが気に入って編曲したものです。絶海の孤島に残されたシャーマニスティックで怪しげな旋律は、この編曲がなければだれにも知られることなく忘れ去られていたことでしょう。

この本のもう一つ貴重なところは、巻末に間宮氏の論文「日本民謡におけるリズム」が収められていることです。「合唱のためのコンポジション」シリーズを生みだすきっかけとなった研究で、民謡の中に現れる様々なリズムを列挙しながら、日本語そのもののリズムについても考察しています。民謡編曲の作品を歌ううえで(あるいは作曲するうえで)重要な示唆がたくさん含まれていると思いますので、是非ご一読いただきたいと思います。

最後に、解説の中の間宮さんの言葉を引用します。個人的な話で恐縮ですが、私は今もなおこの言葉に導かれて、自分の、日本の音楽を探し求めています。
「フォーク・ロアの持つ素朴な、それゆえの全的な力を持ったすぐれた単純さ、言い換えれば精神の明快さと優しさこそが、音楽にとって一番大切なものだと思うからでもある。そしてそうした精神の明快さをたえず自分の中に呼び返そうとする試み、それが、私にとっての民謡集の仕事のもう一つの主要なテーマだ。」

さて!最後に一つ告知がございます!

来る11月4日、私が座長を務める常民一座ビッキンダーズが初のホール公演を行います。そこでこの『日本民謡集』から数曲と、間宮さんの未出版の民謡編曲3曲をご披露します。
また10人の歌手による“常民唱団ばっきゃーず”を結成し、指揮者を置かずに『合唱のためのコンポジション第1番』を演唱いたします。
日本の民謡を歌うためにはどんな声がふさわしいのか?いまだに答えの出ていないこの問いに、様々な方向からアプローチしていきます。お近くの方はどうぞご笑覧くださいませ!
(佐藤拓)

◆常民一座ビッキンダーズ主催公演
「野のうた はじまりの音楽」 ~帰ってきた「まみやまみれ」四巡目~
11月4日(金) 19:15開演(18:45開場)
大泉学園ゆめりあホール
チケット:一般 3500円 学生 3000円
チケットお申込み:https://forms.gle/cVNL9ADfQW46oreJ6

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/