Secular Requiem / 同声合唱とピアノのための組曲「ドラゴンソング」(信長貴富 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
--------------------------------

先月2年半ぶりに帰阪しておりましたが、日本は暑いですね。顔に擦り付けられているような湿気で少しうんざりしておりましたが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。Ringmastersのツアーが終わりましたが、みなさん観るチャンスはありましたでしょうか。関西では通訳・MCをさせていただきましたが、さすがはチャンピオン。最初から最後まで見どころ満載で暑さも吹っ飛ぶようでした。

さて今回は21世紀に書かれたSecular Requiemを2つ紹介したいと思います。みなさんレクイエム(鎮魂歌)というものはご存知だと思いますが、Secularという言葉はどうでしょうか。Secularとは「宗教とは関係のない」というSacredと逆の意味の単語です。ですので、Secular Requiemというのは宗教曲ではない鎮魂歌です。CantataとSacred (Church) Cantataの違いと似ていますね。

=====
“How to Go On”
Composer: Dale Trumbore | Poems by Barbara Crooker, Amy Fleury, and Laura Foley

ニュージャージー出身の新鋭作曲家Dale Trumboreが2017年Choral Arts Initiativeからの委嘱作品として書いた大作です。3人の詩人の「死」をテーマとした作品を題材にかかれたSecular Requiemで、現代の人間が「死」をどう捉えるか・周りの死をどのように受け入れるかということを濃密なハーモニーと現代的で美しいメロディで表した作品です。

このレクイエムは異なる3詩人・合計7つの詩を用いてかかれた8曲から構成されていますが、曲順は自由に変えてもよいとなっています。曲順が自由にできることにより、演奏者の伝えたいメッセージが変化します。初演の曲順で演奏されることが多いですが、解釈に決まった正解がなく演奏者に任されているというのも組曲のような大曲にはめずらしいのではないでしょうか。

曲説・詩など
https://graphitepublishing.com/product/how-to-go-on/

Side note: DaleはMorten Lauridsonに作曲を師事していました。(University of Southern California)

=====
“Considering Matthew Shepard”
Composed by Craig Hella Johnson

以前に紹介しましたがCraig Hella Johnsonが音楽監督をしているConspirareはアメリカで最も有名なプロ合唱団です。その音楽監督であるCraig Johnsonが数年かけてつくったのが「Considering Matthew Shepard」です。作曲者がパッションというこの作品は、1998年に21歳という若さで殺されたMatthew Shepardの生涯をオラトリオの構成で、多岐にわたるジャンルが混ざったまさにアメリカンな作品です。

Matthew ShepardはWyoming出身のゲイ大学生でしたが、盗みを目的としてゲイを装った男性2人によってひどい暴行ののち人気のない場所のフェンスに吊るされ殺されました。この事件はアメリカ史上もっともひどいLGBTQ+コミュニティに対するヘイトクライムとしてメディアに取り上げられ、LGBT権利のムーブメントに拍車をかけました。彼の犠牲の上で得られたLGBT権利や対ヘイトクライムの法律・罰則なども多いため、彼の犠牲はパッションであると言われています。

第一部では、Matthewがごく普通の男の子であったことや、幼いときに好きだったことなどが描かれています。第二部に移ると事件のグラフィックな描写が表現され、第三部では事件後の変化した世界についてかかれています。

音楽のジャンルとしてはSecular RequiemともSecular Oratorio/Passionともいえますが、実際に使われている音楽のジャンルは多岐にわたります。ChantやLutheran Choraleが使われていると思うとGospel、Country、Southern Folkの技法がみえ、さらにはSondheimのミュージカルのようにも見えます。

まさに現代アメリカにおける巨匠が生み出した大作といえるでしょう。この作品は2016年にConspirareと作曲者本人によって初演され大きな話題となりました。私も2017年のACDAコンファレンスで観る機会がありましたが、オペラの要素も取り入れられた演出もあり観客から啜り泣きがたえませんでした。

アメリカ音楽が詰まりに詰まったこの作品はCDもしくはSpotifyなどのサービスで聞くことができますが、いくつかYouTube linkも紹介しておきます。

初演のハイライト
https://www.youtube.com/watch?v=4_1FahKds-0

Cattle, Horses, Sky and Grass
https://www.youtube.com/watch?v=ptSFPhzcBYk

All of Us
https://www.youtube.com/watch?v=1yBGot6GpGA

UMMA’s performance and discussion
https://www.youtube.com/watch?v=72QZJ-uJFKk
=====

楽譜の注文はパナムジカにお問い合わせください。

市川恭道(いちかわ・やすみち)

【筆者プロフィール】
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

同声合唱とピアノのための組曲「ドラゴンソング」

●同声合唱とピアノのための組曲「ドラゴンソング」
作曲:信長貴富
作詩:覚和歌子
出版社:音楽之友社
価格:1,870円
声部:SA, SSA
伴奏:ピアノ伴奏
ISBN:9784276584020
収録曲:
だから からだ なのだ/寄り道 まわり道 帰り道/これは棒っきれじゃなくて/相棒/ドラゴンソング

今回は9月の新譜です。
私自身が関わっているフレーベル少年合唱団のために作られた<同声合唱とピアノのための「ドラゴンソング」>をご紹介します。

世界的にみればヨーロッパでは教会などで長い歴史をもつ少年合唱も日本国内ではまだ歴史が浅く、とても貴重な存在となっています。全国を探しても10団体前後ではないかと思います。

変声前の男の子の声というのはピーンとした芯のある響きとともに、どこか切ない、儚いピュアな響きが魅力的です。美しいボーイソプラノから、ある日声が出づらくなって男性の声へと変化していきます。目には見えない内面の渦巻くような変化もあることでしょう。
私から見ればとても神秘的な過程でもあります。

彼らに聞いてみると、「同級生の女の子には自分が歌えることを隠している」という子もいます。ポップスなどの世界では男性歌手が大活躍する中、学校の合唱では恥ずかしくなってしまう子が多いことにはきっと「かっこわるい」と感じてしまう何かの要因があるのかもしれませんね。

さて、今回の作品が生み出されるきっかけとなった構想会議、では詩人の覚和歌子さん、作曲家の信長貴富さん、そしてずっと昔男子だった合唱団スタッフが話し合いを持ち、この「ドラゴンソング」が誕生することとなりました。初演は2022年8月31日に東京芸術劇場にて行われたフレーベル少年合唱団第60回記念定期演奏会(野本立人指揮、神原あゆみピアノ)にて初演されました。

作曲家は演奏会のプログラムノートに「男の子はこうあるべき」という思想からの解放を目指したとも書いており、「らしさ」からの解放を訴えてもいらっしゃいます。「かっこ良さ」「強さ」だけでなく「寂しさ」「弱さ」「優しさ」など人間としての様々な要素を否定しないことへの拘りも感じられます。

タイトルにもなっている「龍」は彼らのエネルギー、そして命のシンボルでありそれぞれの曲で見え隠れしていきます。

組曲は5曲からなり、それぞれの曲を年齢層で分けて演奏することも可能です。

1.だから からだ なのだ
じっと座ってなんかいられない!笑い始めたら止まらなくて窒息しそう!
スーパーボールが弾むように、心より体の方が先に動いてしまう。そんなエネルギーに満ちた子どもたちが描かれています。

2.寄り道 まわり道 帰り道
友だちとバカやって遊び疲れた独りぼっちの帰り道。ふと心細くなって空を見上げたら龍の形をした雲が自分を応援してくれてるようにみえた。優しいワルツで歌い上げます。

3.これは棒っきれじゃなくて
この棒っきれさえあれ僕は何にでもなれる!好奇心、冒険心に溢れる子どものマーチです。元気なユニゾンで歌われます。

4.相棒
何かに向かってチャレンジするとき、上手くいかなくて諦めそうになったとき、いつでも君の隣に龍のサポーターがいて一緒にもがいてくれるよ、というエールが込められています。
二部合唱、三部合唱、ア・カペラもあり表現力が求められるドラマチックな作品。上級生向けです。

5.ドラゴンソング
エンディングは相棒の龍とともに未来へ進んでいく子どもの姿、そして決意が高らかに歌われます。

気取らない言葉、ポップスやロックのような音楽的要素も多く含んだ音楽に子どもたちはきっとすぐ虜になるでしょう。
もとは男の子のために書かれた詩ですが、勿論女の子にだって楽しく、かっこよく歌えます。
全国各地からこの作品を歌う元気な声が聞こえて来る日が待ち遠しいです。

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
国立音楽大学音楽教育学科卒業。在学中は松下耕氏のゼミで合唱指揮を学ぶ。同時期より栗友会に参加し合唱の研鑽を積んでいる。器楽指揮を髙階正光、今村能に師事。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞。2013年にノルウェー、オーストリアへ短期留学。現在、子どもから大人まで、幅広い世代の合唱団を多数指導。アンサンブルピアニスト。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。