Kalevala-sarja(Jouko Linjama 作曲) / 女声合唱のための「ほんとのあなた ほんとの私」(伴剛一 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Kalevala-sarja(カレヴァラ組曲)
作曲:Jouko Linjama(ヨウコ・リンヤマ)
出版社:Fennica Gehrman
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語

本日ご紹介する曲は、ヨウコ・リンヤマ(1934-2022)の「Kalevala-sarja カレヴァラ組曲」です。カレヴァラは、医師のElias Lönnrot(エリアス・リョンロット 1802-84)によってフィンランドの各地に伝承されている口承詩を集め編纂したフィンランド民族叙事詩。ロシアやスウェーデンからの統治が長かったフィンランドにおいて、自分たちのアイデンティティを取り戻すきっかけにもなったと言われています。1835年に2巻32章が、その後1849年には全50章からなる最終版として出版されました。カレヴァラ独特の5拍子のリズム感を取り入れた、シベリウスの「Venematka 舟旅」を始め、文学や絵画など、フィンランドのさまざまな芸術に影響を与えています。

本作は、壮大なカレヴァラの中から、主に第22章から第25章のイルマリネンの婚礼のシーンがテキストとして使われています。花嫁が、生まれ育った場所から引き離されることを嘆いたり、家政婦が彼女のこれからの苦労を悲しんだり(第22章)。婿に対しても心掛けが説かれ、嫁を大事にするように告げられます。花嫁の決別の歌が歌われ、いよいよイルマリネンは花嫁と共に家に向かい(第24章)、実家では花婿と花嫁の歓迎の宴が行われ、出席者が次々に讃えられる(第25章)といった内容です。

音楽的には、各楽章で1つのアイディアが明確に提示され、最終楽章ですべての要素が融合するという流れになっています。そこまでパーツとして細切れに聞こえてきた、スオミ(フィンランド語で”フィンランド”の意味)の土地に住む人たちの祈りが、最終楽章にはっきりと示されます。モティーフは、一貫して9度の跳躍が使われ、不安や嘆き、ふつふつと燃える怒りのようなものの象徴に感じられます。また、「陰と陽」「天と地」といった両極も、ff /pp、レガート /アクセントスタッカートといったニュアンスからもテーマとして伝わってきます。

1. 「Terve nyt, piha täysinesi さあようこそ、人込みの庭よ」(第25章)
  ffのユニゾンから、ppの長三和音のエキセントリックな楽章。
2. 「Kuules, neiti, kuin sanelen お聞き、乙女よ、私の言うことを」(第22章)
  奇妙なフーガが、短2度で重なっていきます。レガートとスタッカートのコントラスト。
3.「 Kuka kangasta kutovi? 誰が布地を織るのかしら?」(第24章)
  初めてのホモフォニー。短いフレーズの男女の対話が広がっていきます。
4. 「Toisin tiesin, toisin luulin 別のことを考え、別なことを思い」(第22章)
  アクセントと短2度が混ざったモティーフが、悶々と考える乙女のようです。
5. 「Mitä neien itkemistä 乙女が泣くのはどうして」(第22章)
  9度の跳躍のモティーフがパート間で受け渡されるのは、乙女の回りで交わされる会話?
6. 「Anna, Luoja, suo, Jumala 主よ、与えてください、神様、恵んでください」(第43章)
  9度の跳躍、ホモフォニー、ポリフォニー、長三和音などこれまでのアイディアが次々登場。

テキストは以下です。

守護の呪文

主よ、与えてください、神様、恵んでください
私たちが幸福であるように、
常に楽に暮らせるよう、
品位をもって死ねるよう、
素晴らしいスオミの土地で
美しいカレリアで

常に夜の支えとして、
昼の守護者として、

「鉄の垣根を建ててくれ、
石の砦を築いてくれ、
私の住処の回りに、
私の民の両側に、
地面から地上に届くまで、
天井から地面に届くまで、
私の住処の良い所として」

(堅田優衣) 

※楽譜の注文はパナムジカにお問い合わせください。

堅田 優衣 (かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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女声合唱のための「ほんとのあなた ほんとの私」

●女声合唱のための「ほんとのあなた ほんとの私」
作曲:伴剛一
作詩:谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
価格:1,650円
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
時間:14分
ISBN:978-4-7609-4302-9
収録曲:
ことばのとおりに/愛が消える/影と海/たったいま/こころの色

今回ご紹介するのは伴剛一作曲の女声三部合唱作品、女声合唱のための「ほんとのあなた ほんとの私」です。
三重県の津女声合唱団創立50周年記念演奏会での委嘱作品で、2022年1月に初演されています。合唱は津女声合唱団+女声アンサンブルMarimo座のみなさん、指揮は馬場浩子さん、ピアノは星合督美さんです。

谷川俊太郎の詩集「すこやかに おだやかに しなやかに」の巻頭から5番目まで、5つの詩をテキストに組曲としてまとめられています。この組曲のタイトル「ほんとのあなた ほんとの私」は谷川さんがこの作品のためにつけられました。

どの曲も3分以内と短く、無理のない音域で、肩ひじ張らずに伸び伸びと演奏できるような作品となっています。自然で自分のことばとして語ることができる旋律が寄り添ってくれます。

谷川俊太郎の詩集「すこやかに おだやかに しなやかに」について、ご本人のあとがきにはこう記されていました。

「バーリ語による上座仏教の経典『ダンマパダ』のトマス・バイロムによる英訳を底本にして、私は自分が共感するところを自由に日本語にしてみたのです」

『ダンマパダ』は仏典の一つで、仏教の教えを短い詩節の形で伝えた、韻文のみからなる経典です。なので、この詩集はブッタの言葉の英訳を谷川さんの解釈で紡いだ新訳詩、とも言えます。
一見シンプルで当たり前のような言葉を繰り返していくうちにその真理に近づいていく、そんな詩集なのかもしれません。

1. ことばのとおりに-6/8のゆったりしたスイングに乗った温かみのある曲です。「多すぎることばはさわがしい こころの底の静けさがことばのふるさと」とやさしく語ります。

2. 愛が消える-愛と背中合わせにある「憎しみ」という感情を投げつけます。尖った変拍子に乗った言葉が刺さる、少しスリリングな曲です。

3. 影と海-自分が与えた苦しみや傷は必ず自分へ返ってくるという思想を歌います。大人の女性の声に相応しいふくよかでドラマチックな音楽となっています。

4. たったいま-「たったいま死ぬかもしれない」ときに自分はどんな心持ちでいるでしょうか。オルゴールが奏でるようなピアノの前奏、そして童謡のような懐かしさを覚える素朴で親しみやすいメロディが沁みます。

5. こころの色-たった一つの力強いピアノのアコードに導かれて「私がなにを思ってきたか それがいまの私をつくっている」 と確信を持って歌い上げます。

最後に、伴剛一さんの楽譜の序文の一部を引用させていただきます。

「はからずも苦難の時代を背負いこんでしまい、あなたも私もうつむきかけてしまった<いま>だからこそ、屹立と前を向く<ほんとの>自分を見つめ、希望をつないでいきたい。あなたたちといつまでもつながっていたい。そんな思いを込めて、私はていねいに音を紡ぎました。」

コロナ禍で活動を制限されていた合唱団へのエールとしてこの作品を書かれていますが、どの時代にも共通した人の心の在り方を考えさせてくれることばと音楽から、日々生きていく力を与えてくれるような作品です。(田中エミ)

初演はこちらから視聴できます。
https://youtu.be/JA1pfNKf-2k

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。