Madrigāls(Pēteris Vasks 作曲) / 「祈る」-長田弘の詩とヴォカリーズによる-(三宅悠太 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Madrigāls(Pēteris Vasks 作曲)

●Madrigāls(マドリガル)
作曲:Pēteris Vasks(ペーテリス・ヴァスクス)
出版社:Schott
声部:SATB
伴奏:無伴奏
言語:ラトビア語
時間:4分

 スウェーデンでは日照時間は日に日に短くなり、日の入りは4時台と、いよいよ北欧は冬に差し掛かっています。
 今回はラトビア人作曲家のPēteris Vasks(ペーテリス・ヴァスクス)の作品を紹介します。1946年ラトビア生まれ、現在76歳の作曲家で、彼はあらゆるラトビアのコンサートに出没することで有名です。(そしていつも同じの飾り気のないジャケットとパンツ姿という装いで。)
 現在先日のラトヴィア放送合唱団の来日公演では、いくつかの会場でヴァスクスの作品が演奏されました。日本でも彼の「Māte Saule(母なる太陽)」「Zīles Ziņa(シジュウカラの伝言)」などが合唱団のレパートリーとしてよく演奏されていますが、以上にあげた作品は、比較的大きな編成を要求され、クラスタートーンがふんだんに用いられるなど、アマチュア合唱団が取り組むには多少難易度が高いのですが、今回紹介する作品は4声部に書かれており、アマチュア合唱団のレパートリーとして比較的取り上げやすいと思います。とはいえ、楽譜にも見慣れない表記があって驚くかもしれません。しかし、読み解いてみると、思ったよりも複雑ではありません。
 タイトルのマドリガールスとは、ラトビア語での「マドリガル」であり、16世紀のフランスの詩人 Claude de Pontoux(クロード・ド・ポントゥー)によって書かれたフランス語の詩をラトビア語に翻訳したものが用いられています。時間は抗うことなく進み行くが、誇りだけはいつも火を絶やさず時の流れを超えていく、という強いメッセージを、自然の情景と共にうったえます。冒頭に書かれた自然の移り変わる描写はソプラノによって「時間と共に、花は萎れてゆく。」と語りのようにフリギア旋法で歌われ、その後その旋律が情景に溶け込むかのように母音「a」で各歌い手がフリーテンポでアレアトリックに歌われます。その中でアルトが新たな一節「時間と共に、海は穏やかになっていく。」と、ソプラノに呼応するように歌い、母音「e」でソプラノ同様にフリーテンポで歌います。次にテノール、そしてバスも同じ方法で折り重なっていきます。各声部はそれぞれに3つずつの音で構成された短い旋律をフリーテンポで歌うだけなのですが、この空間はまるで、それぞれの声部が大きな情景を彩るようです。そこに突然、人々が押し寄せるように、テノールの力強いfで「時間と共に戦いは終わるべきだ」とBのフリギア旋法で歌われ、まるでデモクラシーで声をあげる人々のように不規則なタイミングでアルト、バス、ソプラノが加わり、ここではリズムとテンポは保たれながら繰り返し歌われ、激しさを見せます。時間の移り変わりを示すかのように、唐突な休符が現れ、「時間と共に城は草でおおわれる」とソプラノから順にテノール、アルト、バスと二拍おきに各パートが歌い、音価は長くなり、再びアレアトリカで歌われます。上記のように、曲の終わりにむかって、各パートが加わってくるタイミングが少しずつ早まっています。そしてついに4声部は4声部のホモフォニ―で「あなたの誇りだけは炎を絶やさない」と歌われます。
 この作品では詩的情緒豊かに描かれ、そのなかでアレアトリカは効果的に用いられています。二か所に現れるアレアトリカをどのように演奏するのか、音空間の工夫も味わえるでしょう。前半部分では語りを優先するように、拍子が書かれていません。それぞれの旋律はとてもシンプルなのですが、指揮者がどのようにパートの入りを示すのか、そしてどのような拍で振るのか、という指揮法の点では少しの工夫が必要になります。しかし、小さな作品でありながら、音を通してドラマが繰り広げられ、かつ4声部であるこの作品は、おすすめできるレパートリーです。
 是非、様々な団体による録音と共に楽譜を眺めてみてください。(山﨑 志野)

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

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「祈る」-長田弘の詩とヴォカリーズによる-(三宅悠太 作曲)

●「祈る」-長田弘の詩とヴォカリーズによる-
作曲:三宅悠太
作詩:長田弘
出版社:カワイ出版
価格:1,540円(税込)
声部:SATB div.
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語、ヴォカリーズ
時間:13分
判型:A4判/28頁
ISBN:978-4-7609-4281-7
収録曲:
I.Choral (ヴォカリーズ) / II.空の下

こんにちは。佐藤拓です。
本日ご紹介するのは、いまや押しも押されぬ大人気作曲家・三宅悠太さんの作品『祈る―長田弘の詩とヴォカリーズによる―』です。
新刊ですが、実はこの作品の初演は2011年の9月。作曲者のキャリア初期に書かれたもので、11年の時を経てようやく出版へと至りました。
楽譜の前書きにはこの曲が生まれた契機について、2011年3月当時の東日本大震災による絶望的なムードと、そこから一筋の光を見出した東京混声合唱団の演奏会での感動について、作曲者地震の言葉で詳しく綴られています。世界の終りのようなあの光景から、人はどのように立ち上がり、どんな世界を夢見ることができるのか・・・その問いに長田弘の詩「空の下」が重なって、一続きで演奏される2楽章の壮大な作品が生み出されました。

Ⅰ.Choral
吸気音による[s][f]子音と呼気音による[ha]という無声音の吐息によって始まり、ピアノの極弱音の五度に導かれてパートごとに息のタイミングがずれ始めます。テノールがD#でハミングを歌い始めると吐息は徐々に声に変って行き、半音や全音のぶつかりが不規則に現れる最大6声のヘテロフォニーとなって、波がうねるように徐々にピッチが上昇していきます。ピアノパートは痛々しい軋みか、崩れ落ちる音か、とげとげしいサウンドで声に差し込まれます。
クライマックスで唐突にソプラノのG#音のみが残され、弱音のハミングに至ってアタッカで次の楽章へ突入します。

Ⅱ・空の下(詩:長田弘)
語りのソロに導かれ、ソプラノが「独りでいることができなくてはできない」という、この詩で何度も繰り返されるフレーズを歌いだします。ヴォカリーズだけだった前曲とは対照的に、「~が語る」という詩が示すようにコトバのエネルギーが音楽を高揚させ、歌詞そのものがポリフォニーしながらうねりを作り上げていきます。2分割と3分割(3連符)のリズムが入り混じる書法は三宅さんの一つの特徴で、拍子感の引力を離れたより自由なビートを生み出そうしているようです。
曲の最後は[A]のヴォカリーズでクレッシェンドしていきますが、一度ffまで行った後に弱まって、mfまできたらsenza dim.(ディミヌエンドなし)で、その音量のままフェルマータとなります。天にも地にも向かわず、ひたすら直線的に水平線へ投げかける呼び声にように、私には感じられます。

初演は創る会(指揮:田中信昭)によって行われ、その後2012年3月の東京混声合唱団定演で同じ指揮者によって改訂初演されました。作曲者が合唱界における存在感を示した、最初の大きなきっかけになった曲であると(勝手ながら)思っております。
今年の合唱団ひぐらしの演奏がYouTubeにアップされていますのでご参考になさってください。(指揮:清水昭、ピアノ:小田裕之)https://youtu.be/hj9xCJ53FCI
(佐藤拓)

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/)