David Wrightの編曲作品 / 霙(みぞれ)―女声合唱とピアノのための―(アベタカヒロ 作曲)夜明け―女声合唱とピアノのための―(瑞慶覧尚子 作曲)

世界の合唱作品紹介

●David Wrightの編曲作品

今回の話題はバーバーショップ・ハーモニー、そしてその世界を代表するアレンジャーの一人、David Wright(1949–)による編曲です。
バーバーショップは、4声によるア・カペラのハーモニーを特徴とするアメリカ発祥の音楽様式です。その魅力は楽曲そのものだけでなく、それをどのようなハーモニーで彩るかという編曲にも大きく支えられています。世界各国からトップレベルのカルテットやコーラスが集う国際大会は、世界中の愛好家(バーバーショッパー)にとって憧れの舞台であり、このスタイルの「いま」が最も色濃く表れる場でもあります。
その熱気は日本にも広がり、日本国内でもJapan Barbershop Convention(JBC)が継続的に開催されるなど、全国規模のコミュニティが形成されつつあります。
そして、現代のバーバーショップを語るうえで欠かせない存在がDavid Wrightです。彼の編曲は長年にわたり国際大会の舞台で歌われ続け、多くのトップカルテットやコーラスのレパートリーを彩ってきました。おそらく今年のJBCでも、彼の編曲作品を耳にする機会があることでしょう。
今日私たちが耳にするバーバーショップの響き、その多くはDavid Wrightによって形づくられてきたと言っても過言ではありません。

数学者・教育者・歴史家を兼ねるアレンジャー
David Wrightは数学者としてアメリカ・ワシントン大学セントルイス校の教授を務める一方で、バーバーショップ界ではアレンジャー、教育者、そして歴史家として長年活動してきました。2008年には米国バーバーショップ協会(BHS)のHall of Fameにも選出されています。
特に近年では、バーバーショップとアフリカ系アメリカ人文化との深い関係を明らかにする研究や講演活動でも広く知られており、演奏だけでなく、この音楽文化そのものへの理解を深めることにも大きく貢献しています。
Davidの編曲は、伝統的なバーバーショップの響きを深く理解しながら、そのルーツを共有するブルーズやジャズ、ゴスペルの語法を積極的に取り入れていることで知られています。それは単なる他ジャンルとの融合ではなく、バーバーショップという音楽が本来持っていた豊かな源流を現代的な感覚で再構築する試みとも言えるでしょう。
巧みな声部進行や転調、豊かなテクスチュアを駆使しながらも、彼の編曲が目指しているものは変わりません。歌い手と聴き手を包み込む和音の共鳴―バーバーショップの核となる魅力を保ちながら、新しいサウンドの可能性を切り拓いてきたのです。
現代に響くバーバーショップ・ハーモニーの背景には、こうしたDavid Wrightの探究と実践の積み重ねがあります。

代表的な編曲作品ピックアップ
Lazybones
曲はHoagy Carmichael。ブルーズ特有のうねるようなグルーヴを押し出した代表作の一つです。2002年のBHS国際大会で優勝したFour Voicesが同年に披露し、メンバー4人の個性と卓越した歌唱力が相まって強烈な印象を残しました。当時すでに、バーバーショップの表現の幅をどこまで広げられるのかをめぐる議論は続いていましたが、この編曲はそうした時代の空気を象徴する存在となりました。
なお、本作品の譜面は日本からは入手しにくい状況にありますが、編曲者を通じて入手することが可能です。必要な著作権手続きなど一手間ありますが、興味を持たれた方はぜひ挑戦してみてください。

David Wrightの編曲をまとめたウェブサイト
https://bydavidwright.wixsite.com/bydavidwright
(2012年BHSチャンピオンRingmastersによる演奏例)
https://youtu.be/j9_m0NgLYgw?si=zZjilRRpqENAP6Jn

Cruella DeVil
TTBB
映画『101匹わんちゃん』より。2006年BHS国際大会チャンピオンのVocal Spectrumによって披露され、彼らの代名詞ともいえるレパートリーとなりました。テナーのロングトーン、広い音域、早口言葉のようなフレーズなど、全パートに高い技術を要求する難曲ですが、その根底には常に遊び心があります。各パートの個性を巧みに際立たせながら、エンターテインメント性とソリッドなハーモニーを両立させるDavidの巧みさを示す好例といえるでしょう。
(BHSの譜面販売サイトより購入可)
TTBB
https://shop.barbershop.org/cruella-de-vil-ttbb-arr-wright/?searchid=3680957&search_query=Cruella
Vocal SpectrumメンバーTim Waurick(テナー)による後半部分の演奏例
https://youtu.be/sWs2zzoqMYY?si=qua6y7SDeiQguCwC

Goodbye World, Goodbye
SSAA/TTBB
元々はゴスペル・カルテットThe Statesmenの演奏で知られる楽曲で、Davidの編曲は、ゴスペルのスタイルとア・カペラ、バーバーショップの響きが自然に溶け合っています。歌いやすさと豊かな響きを兼ね備えた、愛唱曲としても親しみやすい編曲です。
(BHSの譜面販売サイトより購入可)
SSAA
https://shop.barbershop.org/goodbye-world-goodbye-ssaa-arr-wright/?searchid=0&search_query=Goodbye+World
TTBB
https://shop.barbershop.org/goodbye-world-goodbye-ttbb-arr-wright/?searchid=0&search_query=Goodbye+World
他にも紹介したい作品は数多くありますが、今回はそのごく一端をご紹介しました。
(仲光甫)

仲光 甫(なかみつはじめ)

【筆者プロフィール】
仲光 甫(なかみつはじめ)
ヴォーカル・グループ jammin’ Zeb のメンバー(ステージネーム:Steve)。
多数のアルバム制作や国内外での公演を重ね、メジャーリーグ開幕戦や日本ダービーでの国歌演奏など、幅広い舞台で活動している。
とりわけバーバーショップ・ハーモニーやヴォーカル・ジャズなどを含むポピュラー合唱音楽を入口に、歌唱表現やハーモニーの在り方を多角的に探求。
規模や立場を問わず、さまざまなヴォーカル・グループやアンサンブルと向き合い、アドヴァイザーとしても関わっており、その実践に裏打ちされた洞察やアプローチは、合唱ワークショップなどを含む、幅広い現場で信頼を集めている。
2014年には東京六大学合唱連盟定期演奏会の合同演奏を客演指揮。2026年5月には第10回全日本男声合唱フェスティバルの講師の一人として招かれた。
ジャンルやコミュニティ、世代や慣習など既存の境界を越え、響き合う合唱文化の創造を目指し、日々うたい続ける。
米国 Barbershop Harmony Society(BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

霙(みぞれ)―女声合唱とピアノのための―
夜明け―女声合唱とピアノのための

今回ご紹介するのは、とくに中高生におすすめの2つの女声合唱曲です。

新作合唱曲による公開講座「スプリング・セミナー2026」(3月27日・東京音楽大学TCMホール)で発表された6曲のうちの2曲で、初演は「おうたや」、ピアノは前田勝則さん、指揮は私が担当しました。

【霙(みぞれ)―女声合唱とピアノのための―】
作詞:高丸もと子
作曲:アベタカヒロ
(女声3部)

詩人・高丸もと子さんは、大阪で37年間教壇に立たれた経験をお持ちで、生徒の目線で綴られた爽やかで繊細な作品を数多く残されています。昨年の詩集に収録された「霙」は、難しい漢字の読み方への着眼から始まり、若者へのエールが込められた一編です。

霙に反射する光まで描写するようなピアノパートとともに、透明感のあるハーモニーが美しい前半。後半では、前向きに歩いていくミュージカルの主人公の足取りを思わせるような、力強い音楽へと発展していきます。

アベタカヒロさんは、この詩を子どもたちが歌として受け止めてくれるだろうかという迷いを抱えながらも、ご自身もまた詩に励まされ、最後まで書き続けることができたと語っています。

【夜明け―女声合唱とピアノのための―】
作詞:与那覇恵子
作曲:瑞慶覧尚子
(女声3部)

詩人・与那覇恵子さんは、大学での英語教育を経て、沖縄を拠点に、通訳や詩作を通じて平和を守る活動を続けていらっしゃいます。

沖縄への思いが込められた、若者の等身大の感情も息づく詩「夜明け」。希望を失わない「わたし」に誰もがなれると信じて曲をつけたと、作曲の瑞慶覧尚子さんは語っています。

心臓の鼓動のようなピアノ前奏に導かれ、語るように始まるコーラスは次第に高揚し、中間部にふと現れる美しいア・カペラを経て、クライマックスへと到達します。

どちらの曲にも共通しているのは、漠然とした不安を抱える思春期の人たちに、「そっと背中を押してくれたり、見守ってくれたりしている人が必ずいるよ」というメッセージが込められているところです。

初演の音源はこちらのYouTubeを通して、音源配信サイトへのご案内がありますのでぜひお聴きになってください。
https://youtu.be/6P4nif8U720?si=MbmAtzOU0NR_V9KX

田中エミ(たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ(たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/