Keinutan Kaikua こだまを揺らす(Toivo Kuula 作曲)/ 女声合唱とピアノのための「天使のせいぞろい」(林光 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● Keinutan Kaikua(こだまを揺らす)
作曲:Toivo Kuula(トイヴォ・クーラ)
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語
時間:35分
合唱作品は、多くの場合テキストがあり、言語の特性が作品のスタイルに大きく影響します。言葉として自然に聞こえることが、詩の内容、そして作曲の意図を伝えるために重要だからです。フィンランド作品では、フィンランド語の独特のリズム、特にフィンランド民族叙事詩であるKalevala(カレヴァラ)の影響が随所に見られます。Kalevalaは、フィンランドの各地域でカンテレ(竪琴)に乗せて歌い継がれ、19世紀に医師のElias Lönnrot(1802-1884)によって歌や詩の伝承が採集され、まとめられました。最大の特徴として、全てが5拍子のリズムで成り立っており、シベリウスが”Venematka”(舟旅)で、初めてそのリズムを合唱曲に取り入れたとされています。本日は、5拍子のリズムを自身のスタイルに昇華させた繊細な作品、Toivo Kuulaの「Keinutan Kaikua (こだまを揺らす)」をご紹介します。
本作のテキストは、フィンランドの女性詩人、L.Onerva(1882-1972)によって書かれました。各パラグラフの冒頭2文は、5拍子のリズムで統一されており、クーラがそこに詩の内容を表現する音を描いています。”Keinutan kaikua, souatan sointia (こだまを揺らし、響きを揺らし)”と、不思議な浮遊感で始まります。ホモフォニーですが、全パートが低い音域から、上行し下行する動きをともにするため、どこにも重みがこないように作曲されています。Kalevalaの5拍子は、4拍目と5拍目に重みがくるような節回しですが、本作は流れるようなフレーズで、独特な拍子感です。
2段落目では、”Sylkytän soittoa, liikutan laulua (音楽を鳴らし、歌を動かす)”というテキストに対して、クーラ特有のフーガの片鱗が見えますが、2小節ずつ短いモティーフが各パートに受け継がれて、子供をあやすような揺らぎは心地よく続きます。小品にも関わらずどんどん空気感が変わるのは、強弱の妙、また全員で動く→どこかのパートが急に止まる(持続)などの各パートの役割分担が巧みに組み合わされているからだと思います。低い音域でまとめられてた音が、「1人夜ごと耳を傾ける 銀色の輝く声に」というテキストによって、一気に広がります。
最後の3段落は、”Souatan säveltä, Lempeni lasta(メロディーを揺らす、愛する我が子よ)とffで最高音が登場します。そこからは「美しく成長し、私の喜びとして生きて」という歌詞が、静かに心にしまわれるように、そっと曲が終わります。”こだま、響き、音、メロディー”など聴覚的で目に見えないものを、様々な”揺らす”という動詞によって表現する世界観は、私たちを取り巻く空気の質感を鮮やかにしてくれるようです。それらに耳を澄ますことは、聖霊の存在をも感じさせてくれるのです。「魂の半分は私のもの もう半分は天からのもの」という歌詞もあり、自分の内側を見つめることで、天とつながるような感覚を覚えます。変拍子のドキドキ感ではない、5拍子の静かな揺らぎは、夜が長くなってきた秋に気持ちを落ち着かせてくれるのではないでしょうか。クーラの合唱作品は、どことなく陰があり、この季節にぴったりだと思います。あまり日本では演奏される機会がないと思いますが、2分から5分程度の素敵な作品がたくさんあるので、フィンランド語のリズム、世界観にぜひ取り組んでみてください!(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
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●女声合唱とピアノのための「天使のせいぞろい」
作曲:林光
作詩:谷川俊太郎
出版社:全音楽譜出版社
定価:1,760円 (税込)
声部:SSA
伴奏:ピアノ
時間:18分
判型:全音判/40頁
ISBN978-4-11-719243-8
今回ご紹介するのは谷川俊太郎詩、林光作曲による「女声合唱とピアノのための 天使のせいぞろい」です。
林光(1931-2012)は日本語の韻律を生かしたオペラや合唱曲を多く手掛けました。特にオペラシアターこんにゃく座とともに多くの日本語オペラ作品を発表。社会的メッセージ性の強い作品も多く残し、代表作には合唱組曲「原爆小景」などがあります。
テキストは谷川俊太郎(1931-2024)の詩集『クレーの天使』から、7つの詩が選ばれています。テキストのもととなった「天使シリーズ」はスイスの画家パウル・クレー(Paul Klee 1879-1940)が晩年、難病(皮膚硬化症)に苦しみながらも制作をした作品です。線だけで描かれた天使画をご存知の方もいらっしゃると思います。詩人谷川俊太郎はその天使たちに人間の孤独や希望を映し出し、作曲家林光はそこへ人間的な親しみをもってそれらを愛おしみながらも、ユーモアさえ交えた音楽をつけています。
全編、詩の言葉にそったメロディをもとにホモフォニックにかかれた林光らしい作品です。レチタティーヴォとメロディックな旋律がいったりきたり、踊りを誘うような間奏、ギターの響きやドイツリートを匂わせる後奏などたくさんの仕掛けもあり、合唱とピアノとの掛け合いも魅力的です。
作品全体がとてもパーソナルで、何かを大声で訴えたり情緒的になったりせずに淡々と繰り広げられる音楽は、聴き手に想像の自由を与えてくれるでしょう。
作品の編成は女声三部とピアノ、声部のディヴィジョンはなく少人数でも演奏できます。全曲を通して18分程度です。
曲目(邦題と原画名)
1. 天使とプレゼント der Engel und die Bescherung
2. 天使というよりむしろ鳥 mehr Vogel ( als Engel )
3. おませな天使 altkluger Engel
4. 泣いている天使 es weint
5. 鈴をつけた天使 Schellen - Engel
6. 現世での最後の一歩 letzter Erdenschritt
7. 哀れな天使 armer Engel
8. 天使とプレゼント(ふたたび)
*実際の作品は7曲ですが、通しで演奏する際には1曲目を再度演奏するよう指定があるため、8曲目が存在します。
1曲目の冒頭はこのように始まります。
「なにがてんしからのおくりものか/それをみわけることができるだろうか」
最初に聴いた1曲目と、全曲を経てから再び聴く1曲目とでは違った印象、あるいは意味を持つかもしれません。また、線だったものが円となる神秘的な瞬間でもあります。
是非みなさんのお気に入りの天使を探してくださいね。
11月2日にトッパンホールで行われる女声合唱団青い鳥(指揮:栗山文昭 ピアノ:浅井道子)にてこの作品が演奏されます。是非ライブで聴きにいらしてください。私も別ステージでハンガリーの作品を指揮します。(田中エミ)
♪コンサート詳細♪
https://aoiaoikuri.wixsite.com/fimalechoiraoitori/next
【筆者プロフィール】
田中エミ(たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/)
