Nordic Stabat Mater ノルディック・スターバト・マーテル(Svend Nielsen / Arne Mellnäs / Bent Lorentzen / Sven-David Sandström / Ib Nørholm 作曲)/ 女声合唱とピアノのための「優しき歌」(名田綾子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● Nordic Stabat Mater(ノルディック・スターバト・マーテル)
作曲:
Svend Nielsen(スヴェン・ニールセン)
Arne Mellnäs(アルネ・メルナス)
Bent Lorentzen(ベント・ローレンツェン)
Sven-David Sandström(スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム)
Ib Nørholm(イェプ・ノアホルム)
声部:SATB div.
伴奏:チェロ
言語:ラテン語
時間:35分

今回ご紹介するのは、《Nordic Stabat Mater》(ノルディック・スターバト・マーテル)と名付けられた、特異なかたちで行われた共同作曲プロジェクトです。
1965年に設立したデンマークのKammerkoret Camerata(室内合唱団カメラータ)が2000年に委嘱したこのプロジェクトでは、受難の聖歌であるStabat Materを題材に、同時代の北欧作曲家5名Svend Nielsen(スヴェン・ニールセン)、Arne Mellnäs(アルネ・メルナス)、Bent Lorentzen(ベント・ローレンツェン)、Sven-David Sandström(スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム)、Ib Nørholm(イェプ・ノアホルム)による連作作品が制作されました。
各作曲家は20段あるテクストのそれぞれ4段ずつと素材としてのグレゴリオ聖歌の単旋律を提示されたうえで、合唱とチェロ独奏という編成と、各楽章のはじまりと終わりはかならずA音を用いる、という条件のもと作曲しました。
提示された単旋律をそのまま展開させるための素材として用いるもの、インスピレーションの要素としつつ単旋律そのものは聴取可能でないもの。アンティフォナ(交唱)的な合唱とチェロの対置性、協奏曲的なヴィルトゥオーゾ展開、あるいは一つの響きのなかに境目なく混じりこむもの。5人の作曲による個人的な書法の差異ももちろん含みつつ、そのバリエーションが耳に心地よく響きます。それと同時に、通して聴いていると、不思議と、この5曲が一連のシーケンスとして非常に一貫した、北欧的な透明感を帯び続けたものとして聴こえてもくるのです。その理由は開始音・終止音を同一にするルールや、同じ奏者によって通奏されているということに求めることもできるでしょうし、オリジナルの受難の聖歌Stabat Materの凄みとも言えるのかもしれません。北欧的な個性と共同体感覚の絶妙なバランスの上に立った、現代の美しいStabat Materです。(柳嶋耕太)

作品はYouTubeで通して聴くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=WyCuWgrtacw&list=PLh-UbpMcVmyKQRZJ0pKro5ubBzgAI9GIH

また、本作のなかの第4番 Sven-David Sandströmによる Fac me tecum pie flereを来年1月のコンサートで演奏予定です。

みのりて × vocalconsort initium《詩響ー呼応するソノリテー》
2026/1/29(木) 19時開演
豊洲文化センターホール
チケット: https://teket.jp/3461/55603

柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)

【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

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女声合唱とピアノのための「優しき歌」

●女声合唱とピアノのための「優しき歌」
作曲:名田綾子
作詩:立原道造
出版社:カワイ出版
定価:1,650円 (税込)
声部:SMA
伴奏:ピアノ
判型:A4/36頁
ISBN:978-4-7609-4810-9

本年度のNHK全国学校音楽コンクール 高等学校の部 課題曲「惑星そぞろ」の作曲者としても知られる名田綾子さんが、出身地である兵庫県芦屋市のすぐ隣、神戸市で活動するすずらんコーラスの創立60周年(!!)を記念した委嘱作品として作曲したのが今回ご紹介する『優しき歌』です。
名田さんも"あの、立原道造の「優しき歌」"と表現する、詩としても合唱作品としてもメジャーな存在への付曲は、すずらんコーラスの指揮者である矢田正一さんの強い思いによるものだったと巻頭言には書かれています。
「優しき歌」はフランスの詩人ヴェルレーヌの《La Bonne Chanson》の堀口大學による訳「優しい歌」に由来するとそうです。ヴェルレーヌは友人を通じて知り合ったマチルドへ向けて愛の詩を送り、めでたく結婚に至ったのですが、それらの詩が収められたのが《La Bonne Chanson》。道造もまた、職場で知り合った恋人、水戸部アサイへ向けて綴った詩を『優しき歌』としてまとめる構想を持っていましたが、叶うことなく結核のため24歳で夭折しました。ソネットという14行詩のスタイルで書かれたこの詩集は、その詩自身が持つ音楽性も相俟って、多くの作曲家に愛され、歌になっています。
名田さん初の立原道造作品、初の"大人の女声合唱のための組曲"。自分が長くないことを悟りながら、人間の生と恋人への思いを綴った道造の繊細な心の機微が、それぞれの曲に投影されています。
カワイ出版では中級にグレードされるややしっかりとした難易度ではありますが、取り組み甲斐のある奥行きを持った作品です。

1.ひとり林に……
きらきらと輝くピアノに導かれ歌い出すと、ピアノは風となってやさしく吹き抜けていきます。
風が通り過ぎると、ピアノも動きを止め、草の葉の陰のてんとう虫の眠りへとフォーカスすることで、静寂〈しじま〉を想起させるのです。

2.浅き春に寄せて
この詩に出てくる二月とは、道造が亡くなった前月のことでしょうか。春の足音が近づくようにピアノが音を刻みますが、自分の病のことを思ってか、道造の心は暗く沈みます。それでもあの人の微笑みが、道造の心に一時の春をもたらしてくれるのです。花は開き、鳥が啼き、人々が陽気に笑い合う春を。
しかし、現実の道造の病は重く、覚束なくなった足取りをピアノの右手が奏でて曲が結ばれます。

3.爽やかな五月に
16小節もつづくアルトのE音の上にソプラノとメゾが空を描くと、星が瞬くかのようにピアノが歌い出します。次いで、合唱が言葉をともなって歌い出すとやがてピアノは一筋の涙となって頬を伝います。
ピアノが言葉を引き出し、言葉がピアノを誘うのです。ピアニストとしても素晴らしい演奏を披露する名田さんが書くピアノは雄弁に言葉を語って、歌い手と聞き手のイメージを大きく膨らませてくれます。

4.朝に
その重い病ゆえか、暗く沈む道造の心に刺さる棘。それをアサイのあどけないほほえみと他愛もないおしゃべりとが抜いてくれるのだ。
組曲全体を通じて印象的に用いられる三連符が、この曲では語り部のように物語を展開していきます。(三好草平)

名田さん自身のピアノによる初演の演奏がYouTubeでお聴きいただけます。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLfXh_JMfcp6fFWUqsjvmjz67b4Fq5NTCy

三好草平(みよし そうへい)

【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。