Dopo la vittoria 勝利の後(Arvo Pärt 作曲)/ 男声合唱のための《木下牧子アカペラ・コーラス・セレクション》(木下牧子 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● Dopo la vittoria (勝利の後)
作曲:Arvo Pärt (アルヴォ・ペルト)
出版社:Universal Edition
声部:SATB div.
伴奏:ア・カペラ
言語:イタリア語、ラテン語
時間:9分30秒
先日、ラトヴィア放送合唱団で隣国のエストニアにあるアルヴォ・ペルト・センターへ出向きました。センターは海辺のラウラスマ―村の森の中に位置し、建物はその自然と静寂と共に調和するように佇み、小さな中庭には、小さな正教会の礼拝堂があります。センターには、小さなコンサートホールもあり、ガラス窓から見える森の景色を横に、私たちは、全てペルトの作品で組まれたプログラムを演奏しました。今年9月11日に、作曲家は90歳を迎え、生誕90周年シーズン幕開けを祝いました。今回は、演奏した作品の一つ、「Dopo la vittoria(勝利の後)」を紹介します。
作品は、イタリアのミラノの大司教であり守護聖人である聖アンブロジオの没後1600年を記念して、1997年にミラノ市の委嘱により作曲されました。ペルトの音楽によく見られる、ゆっくりとした旋律とは対照的に、作品の冒頭は活気に満ち溢れ、強弱やテンポの変化が特徴的です。テキストは、聖アンブロシウスが「テ・デウム」の詩の作者とされているところから着想を得ています。聖アウグスティヌスが聖アンブロシウスから洗礼を受け、洗礼の間、アンブロシウスはテ・デウムを歌い始め、アウグスティヌスは自発的に、まるで生まれてこのかた知っていたかのように、陽気に歌に加わり、最後までアンティフォナで二人で歌い続けたという場面。この喜びに満ちた場面に、ペルトは魅了され、その物語性は音へ反映されており、変イ長調を基調として、軽やかな調子で始まります。「聖アンブロシウスはアリウス派に対する完全な勝利の後、この儀式用の賛歌を創作しました…」と、レチタティーヴォのスタッカートで演奏され、感情的な出来事を歌います。その後、中間部ではゆったりとしたリズムで進み、ラテン語「テ・デウム」の原文である「 Te Deum laudamus」(主よ、あなたを讃えます)も引用し、用いられている洗礼の物語の中で冒頭付近、中間部、そして終盤再現部の前3か所に組み込まれ、壮大で明るいパッセージとして響きます。その後、活気に満ちた冒頭の興奮した場面へと戻り、作品は締めくくられます。
この作品は、登場人物、強弱やテンポの変化が特徴的であり、ティンティナブリ様式による徹底的で瞑想的な多くの作品とは異なっています。また、ペルトが長調で書いた数少ないア・カペラ作品の一つです。是非、聴いてみてください。(山﨑志野)
【音源】
https://youtu.be/sjQ-4C0CubY?si=E7YuDEsMlHhcRQog
【楽譜】
https://www.universaledition.com/en/Dopo-la-vittoria/P0321360
パナムジカでもお求めいただけます。
【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。
日本の合唱作品紹介
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●男声合唱のための《木下牧子アカペラ・コーラス・セレクション》
作曲:木下牧子
出版社:音楽之友社
価格:2,420円(税込)
声部:TTBBなど
伴奏:無伴奏
時間:約40分
判型:A4判・72頁
ISBN:978-4-276-54873-2
筆者が高校で合唱を始めたころ、先輩から「とりあえず聴いておけ」と言われたCDのひとつが『祝福 木下牧子無伴奏作品集』(ビクター伝統文化振興財団、現・日本伝統文化振興財団、2001)でした。大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団による瑞々しいアカペラの響きに当時虜になった合唱人は多いのではないでしょうか。
作曲者自身が選曲したCDの収録曲を元に混声版(2003)・女声版(2004)が相次いで出版されましたが、「次は男声版!」の声はいつしか忘れ去られたようでした。今回、およそ20年ぶりに企画を動かされた編集者Hさんに感謝です。
全14曲の収録曲のうち前半6曲は混声版・女声版との共通曲です。
〈サッカーによせて〉は《地平線のかなたへ》に収録されているピアノ伴奏付き版のアレンジ。今回、無伴奏による“男子サッカー”になったことでさらにアツい演奏が期待できます。
〈うたを うたう とき〉はまど・みちおの詩による曲。混声版・女声版との聴き比べもそうですが、信長貴富の同名曲(《新しい歌》収録)との比較も楽しそうです。
〈おんがく〉もまど・みちおの詩。オリジナルの混声版は曲集〈うたよ!〉に収録されています。
〈ロマンチストの豚〉〈さびしいカシの木〉のオリジナルは《愛する歌》収録。〈ロマンチストの豚〉は前述のCDに収録されていた数少ない男声曲のひとつ。かつて音楽之友社からピース譜が発売されていましたが、今回の出版で若干の改訂が行なわれたそうです。
〈めばえ〉は1997年の第64回NHK全国学校音楽コンクール 高等学校の部の課題曲として書かれたもの。ちなみにこの年の全国大会金賞は安積女子(現・安積黎明)高校でした。ほかにも札幌北高校の学生ピアニストとして松本望が全国大会に出場しています。
続いての5曲は男声合唱が初出のさまざまな組曲から作曲者のお気に入りをリストアップ。
〈旅の歌〉はコロナ禍に初演されたヘルマン・ヘッセの詩の日本語訳による組曲《蒼穹の星》の終曲。ちなみに同じ詩・別の訳による混声合唱曲(2004)もあります。
〈虹〉は高見順の詩による《いつからか野に立つて》の第1曲。2007年の第60回全日本合唱コンクール課題曲(合唱名曲シリーズNo.36)M4としてご記憶の方も多いでしょう。
〈恋のない日〉は同名曲集の表題曲。男声合唱ファンには「月光とピエロ」でお馴染みの堀口大學の詩が沁みます。
動物詩を集めた曲集《わたしはカメレオン》からは、表題曲〈わたしはカメレオン〉と〈きりん〉が収録。オリジナル版(カワイ出版)の〈わたしはカメレオン〉冒頭にあった迷(!?)指示「カメレオン的に」は残念ながら削除されていました。
前書きにもありますが、気になった曲は元曲集をチェックしてほしい名曲ばかり。それぞれの曲集の終曲の〈いつからか野に立つて〉〈噴水〉〈うみつばめ〉あたりはこの曲集のあとにぜひ聴いてほしい曲です。
最後の3曲は作曲者自身が「難易度がかなり高め」というほどハードな作品群です。腕に覚えのある男声合唱団はぜひチャレンジしてみてください。
〈海〉は2012年に行なわれた拉縴人男聲合唱團(台北メールクワイア)の創立15周年演奏会で委嘱されたもの。世界中の作曲家13人に海をテーマにした新曲を委嘱するというコンサートで、日本からは木下牧子のほか松下耕も新作《Mirabilia Domini in Mare》を書いています。余談ですが、筆者は2012年当時このコンサートを聴くためだけに台湾へ行きました。
〈祝福〉は組曲《ティオの夜の旅》の第1曲目。南洋を舞台にした原始的なアニミズムの言葉と音楽で、組曲の世界観へと一気に引きずりこまれます。CD『祝福』収録の歌唱も良いのですが、YouTubeにアップロードされているCantusの演奏(https://youtu.be/EUXc2Aqgj_A?si=TLXt7FALi_syTsJ5)もおすすめです。
曲集の最後に収められているのは〈あしたのうた〉。ザ・キングズ・シンガーズの委嘱で2020年に配信初演されたものです。楽譜のパート分け表記はSATBrBrBの六部ですが、先月大阪で開催された個展「歌のホリゾント」で作曲者本人に質問したところ、あくまでカウンターテノールを想定して書いたため女声が歌うにしては低いので混声での演奏は推奨できないとのことでした。ぜひオリジナル編成の一人一パートでの六重唱にチャレンジしてみてください!との作曲者の弁。
なお、この曲集に収録されていない曲のなかで人気の〈鷗〉と〈夢みたものは……〉は『無伴奏男声合唱曲集「鷗・夢みたものは」』としてカワイ出版から刊行されていますのでそちらもあわせてご購入を。
前述の「歌のホリゾント」ではデビュー作の《方舟》から近作の《タラマイカ偽書残闕》まで多彩な木下牧子ワールドを楽しむことができました。この曲集に収められている曲でも、混声・女声の「アカペラ・コーラス・セレクション」同様に男声合唱でも木下牧子の世界を存分に堪能することができることでしょう。(坂井 威文)
【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。これまでに第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、リトアニアでの演奏などを経験。
現在、大阪などで13団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。
ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。
