Zanaida Stewart Robles(ザネイダ・スチュワート・ロブレス)の合唱作品 / 男声合唱のための「居処」(間宮芳生 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Zanaida Stewart Robles(ザネイダ・スチュワート・ロブレス)
ザネイダ・スチュワート・ロブレスは、作曲家・指揮者・ソプラノ歌手・教育者として活躍するアメリカの音楽家です。彼女の作品は、社会正義、アイデンティティ、コミュニティといったテーマを中心に展開され、音楽を通じて深いメッセージを伝えています。南カリフォルニア出身で、University of Southern California (USC)にて合唱音楽の博士号を取得。California State University Northridgeで指揮の修士号、California State University Long Beachで声楽の学士号も取得しています。
彼女は、グラミー賞受賞団体「Tonality」の創設メンバーであり、カリフォルニア合唱指導者協会(CCDA)や全米黒人音楽家協会(NANM)などでも積極的に活動。教育者としては、ハーバード・ウェストレイク高校で合唱団を指導し、若い世代に音楽の力を伝えています。彼女の音楽は、クラシック、ゴスペル、アフリカ音楽、プログレッシブ・ロックなど多様な要素を融合させ、演奏者と聴衆の心に深く響く作品となっています。
《Kujichagulia》(クジチャグリア)
「Kujichagulia」は、クワンザの第二原則「自己決定」をテーマにしたトレブル合唱作品です。ジャンベのリズム、コール&レスポンスの形式、緊密なハーモニーが融合し、エネルギッシュで祝祭的な雰囲気を持つ楽曲です。アフリカ系アメリカ人の文化的アイデンティティと誇りを称えるこの作品は、若い合唱団にも適しており、年間を通じて様々なイベントで演奏されています。
この作品は、自己定義と自己肯定の力を音楽で表現しています。ロブレスは、歴史的な抑圧にもかかわらず、自らのルーツと未来を力強く主張する姿を描いています。Boston Children’s Chorusによる演奏は、若々しい声と情熱によってこのメッセージを鮮やかに伝え、聴く者に自己の可能性と文化的解放への希望を抱かせます。
参考動画:Kujichagulia – Boston Children’s Chorus
https://www.youtube.com/watch?v=6NsLuBfVBq4
《Can You See?》
「Can You See?」は、社会正義をテーマにした抗議の歌で、実際のデモで掲げられたスローガンを歌詞として用いた作品です。「Black Lives Matter」「No Human Is Illegal」「Women's Rights Are Human Rights」などの言葉が、緊迫感あるアカペラ合唱によって力強く響き渡ります。SSATB(混声五部)編成で書かれたこの曲は、リズムの緊張感と声の重なりが社会の不平等に対する問いかけと希望のメッセージを鮮明に描き出し、聴衆に深いインパクトを与えます。
ロブレスはこの作品を通じて、音楽が単なる芸術ではなく、社会変革の手段であることを示しています。特にアメリカの国歌であるStar Spangle Bannerのモチーフを用いたオープニングから抗議の意思の強さを感じます。
参考音源:Can You See – Tonality
https://www.youtube.com/watch?v=Cbzhgca1gYQ
《The Summit is Nigh》
「The Summit is Nigh」は、詩人ポール・ローレンス・ダンバーの詩をもとにした、混声合唱のためのアカペラ作品です。2025年のACDA High School Mixed Honor Choirのために委嘱されたこの曲は、リズムのオスティナート、大胆な不協和音、そして高揚感のあるクライマックスによって、闇を乗り越える人間の精神の力を描いています。
曲は静かな始まりから徐々に高揚し、頂点に向かって力強く展開していきます。クライマックスでは、合唱全体が一体となって「頂上は近い(The Summit is Nigh)」という希望のメッセージを力強く歌い上げ、
この作品では精神的な勝利と希望の象徴、また音楽を通じて「困難の中でも前進する力」「自分自身の頂上を目指す勇気」を描いており、演奏者にも聴衆にも強いインスピレーションを与えます。教育的にも、若い世代に自己肯定感と社会的意識を育む機会を提供する作品として高く評価されています。
参考動画:The Summit is Nigh – SATB Choir
https://www.youtube.com/watch?v=-Ph7Wj-yfCg
ロブレスの公式サイトはこちら:
https://zanaidarobles.com/
楽譜購入はパナムジカまでお問い合わせください。
(市川恭道)
【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●男声合唱のための「居処」
作曲:間宮芳生
出版社:全音楽譜出版社
価格: 1,430 円(税込)
声部:TTBB div.
伴奏:無伴奏
判型:全音判・24頁
ISBN:978-4-11-718774-8
こんにちは、佐藤拓です。
昨年の12月に亡くなった間宮芳生(1929-2024)、いくつかの作品が未出版のままでしたが、今回男声合唱曲が一つ世に出ることになりました!
男声合唱曲『居処(いど)』はマーキュリー・グリー・クラブの委嘱によって2010年に作曲され、2012年に同団の定期演奏会において初演されました(指揮:田中信昭)。作曲の段階では"合唱のためのコンポジション"シリーズの第18番として構想され、この曲を含む3章からなる組曲を想定していたようです(初演時のプログラムでも第18番と明記されています)。しかし2011年以降作曲者の体調不良のために作曲は中断されてしまい、最終的にはコンポジションシリーズのナンバリングからは外されることになったようです。このあたりの経緯についても楽譜に詳細が記載されています。
間宮ファン、男声合唱フリークの間では長らく秘曲の扱いだった本曲ですが、2025年5月4日、第74回東京六大学合唱連盟(六連)定期演奏会において慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(指揮:福永一博)が再演したことをきっかけに出版に至りました。初演団体以外による初の演奏で、筆者も拝聴しましたが、曲の魅力を十全に伝える素晴らしい演奏でした。
曲は2つの部分からなり、コンポジションシリーズの原点に還るかのように日本の民俗芸能を題材にしており、いずれも平安から室町にかけての中世期の古態を残すものです。前半は兵庫県加東郡(現・加東市)の上鴨川住吉神社の神事芸能のうち「いど」とよばれる猿楽舞によっています。2~3声のSoliと3~4声の合唱に楽器の鈴が加わり、中庸なテンポ、古風で雅な旋律線によるヘテロフォニーを基調としています。足踏みの指定があり、原典の芸能の舞を身体的にも取り込んでいます。
後半は静岡県志太郡大井川町(現・焼津市)の大井八幡宮で行われる藤守の田遊びから「稲刈」を題材にしています。田遊びとは、正月の時期にその年の豊作を祈念して田植えから稲刈りまでの農作業の様子を模擬的に演じる予祝の芸能です。オクターブのユニゾンではじまり、バルトークを思わせる軽快な2声のポリフォニーが展開されます。最後は絶対音高のない相対音高のみの3声となり、「ソンギレソンギレ」「オンヨ」といったナンセンスシラブルの繰り返しで遠ざかるように締めくくられます。
間宮氏は「どちらの部分も、ほとんどハヤシコトバ化するなど、意味がわからないところもいっぱいですが、響きやリズムの遊びとして、たのしんで歌うのがいいのだと考えています。」と述べており、初期のコンポジションシリーズで示された意味以前の日本語の発語の可能性、面白味に立ち返って来たことをうかがわせます。また巻末には、原典の音源から間宮氏が採譜した手書き譜も付録として収められており、資料的な価値も高い一冊となっています。
作曲者の没後に隠れた作品たちが世に出るというのはファンとしてはとても喜ばしいことです。間宮氏の合唱作品では未出版の作品がまだあり、コンポジション第8番、第9番『変幻』、第13番『白い貝の女』、児童合唱のための『Kids Sing』、メゾ・ソプラノ独唱と混声合唱・ピアノのための『焼かれた魚』などが残されています。いずれ出版されて陽の目を見ることを密かに祈っております。(佐藤拓)
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
(公式ウェブサイトhttps://contakus.com/)
