Speeches スピーチ(Anna-Karin Klockar 作曲)/ 無伴奏女声合唱のための「ほんとのきもちをください」(松崎泰治 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● Speeches(スピーチ)
作曲:Anna-Karin Klockar (アンナ=カリン・クロッカル)
出版社:Gehrmans
声部:SATB div.
伴奏:ア・カペラ
言語:英語
時間:10分43秒
今回ご紹介するアンナ=カリン・クロッカル氏は、1960年生まれのスウェーデンの作曲家です。幼少期からピアノやチェロに親しみながら作曲の道へと進み、作曲家として25年という長い期間をイタリアで過ごした後に現在は再びスウェーデンで活動されていると、彼女自身のウェブサイトで紹介されています。
無伴奏混声合唱の「Speeches(スピーチ)」は、2016年にAllmänna Sången & Anders Wall 作曲賞を受賞した新しい作品で、私は昨年この曲と出会いました。きっかけは、2024年4月に行われたスウェーデンユース合唱団とJCAユースクワイア特別編成合唱団のジョイントコンサートで、Maria Goundrina(マリア・ゴウンドリーナ)さんの指揮の元でスウェーデンユース合唱団により演奏され、終演後にこの作品を含むたくさんの楽譜をプレゼントしていただきました。
この作品は、以下の3つのスピーチをテキストとして作曲されています。
The Rights of Woman(女性の権利)
Surrender Speech(降伏のスピーチ)
The Best Friend(最良の友)
一曲目の「女性の権利」は、フランス革命期に活躍した女性の権利擁護者であるOlympe de Gouges(オランプ・ド・グージュ)の有名なスピーチが用いられています。"Man, are you capable of being just? It is a woman who poses the question…"(男よ、お前は正義を行うことができるのか?そう問いかけているのは女である。)というテキストで、印象的な"Man!"という歌い出しから始まる女声と、それに応える男声の掛け合いによって、皮肉たっぷりに歌われます。
二曲目は「降伏のスピーチ」です。平和を求めるリーダーとして知られたネズ・パース族の指導者チーフ・ジョセフは白人入植の拡大によって居住地を追われ、武力衝突を避けて部族と共に逃走した末に、"I will fight no more forever"(私はもう戦わない)という言葉と共に降伏したと言われています。女声が活躍する一曲目とは対照的に、男声の低音域が生かされており、悲しみに満ちた歌と、無声音によるささやき、ソリストによる語りが混ざり合いながら演奏されます。
三曲目の「最良の友」は、アメリカで起きた"犬の裁判"とも言われる裁判での弁護士のスピーチが取り上げられています。Old Drum(オールド・ドラム)という名の犬が、羊を襲ったという理由で射殺され、それに対して飼い主が損害賠償を求めた裁判で、飼い主側の弁護士として法廷に立ったヴェストの「人間の最良の友...それは犬である」という情熱的なスピーチによって勝訴したと言われています。テキストはコミカルな内容ではないのですが、歯切れ良いリズムや、moneyやFlyなど耳に残る言葉の復唱、また途中に挿入されるTra la la la…といった合いの手によって、ユーモラスな印象を受ける一曲になっています。
上述の作曲賞受賞の際の講評ではこのように評されています。「受賞者は、優れたテキストの選択と、それを三つの明確かつ魅力的な楽章に映し出す手腕に優れ、作品全体として文脈と一貫性のある見事な構成を成しています。」
最後にクロッカル氏ご自身のウェブサイトでも紹介されている演奏動画をご紹介します。
https://youtu.be/umxPPq7f214?si=Gg1FwUWn-eKs_CZj
またこの作品は今年の10/2に行われるvocalconsort initium 10th concertでも私の指揮で演奏予定です。ご興味のある方は、ぜひ実演に触れてみてください。
https://teket.jp/4479/51753(谷郁)
【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●無伴奏女声合唱のための「ほんとのきもちをください」
作曲:松崎泰治
作詩:谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
定価:1,430円 (税込)
声部:SMA
伴奏:無伴奏
判型:A4/24頁
ISBN:978-4-7609-4811-6
今回ご紹介する『ほんとのきもちをください』を作曲された松崎泰治さんは、現在新潟を拠点に活動されている作曲家で、これまでに全日本合唱コンクール課題曲公募(1989)や第4回朝日作曲賞(1993)、上野の森コーラスパークでの合唱作曲コンクールで複数回(2001,2003)の入賞をするなど、数々の賞を受賞されています。また、2009年にはピティナのピアノコンペティションで連弾曲が課題曲として選ばれたほか、リコーダーアンサンブルの作品を複数作曲・出版されるなど、器楽分野でもご活躍です。
この組曲を初演したのは松崎さん自身が指導されているカマンベールという女声合唱団で、メンバーは10名ほど。そのため少ない人数でも演奏できるように、とパート内のdiv.を極力排し、シンプルな旋律を心がけて作曲されています。(div.はMezzoのみに書かれており、最少4人での演奏が可能です)
日本語による無伴奏女声合唱作品は、難易度が高く、人数を要するものが多い中で、こうした少人数アンサンブルで演奏可能な新譜の登場は、各地で歓迎されることでしょう。全4曲がそれぞれ2〜3分で演奏可能で、2見開き前後(3〜5ページ)なのもさらに選曲を後押ししてくれます。
1.しあわせ
軽快でポップなリズムが印象的な1曲。ダイナミクスレンジが豊かに設定されており、組曲の第1曲としてはもちろん、様々なステージの幕開けにも効果的な作品です。
2.にじ
ゆったりとした三拍子でどこか憂いを含むサウンドにより「わたし」と世界がある種無関係に存在する様が綴られ、「わたしがいなくなっても/きっとそらににじががつ」と語る結部は、ただひたすらに美しくしかし、儚くすっと消えて行きます。
3.わらう
わたしが生まれるより前から、おかあさんの涙を知っていた。だから、今私はここにいておかあさんにわらいかけるの、と語る優しい詩句。「わたし」と「おかあさん」をそれぞれのテンポで対比させ、各部の終止形をDurで表現することで、「わたし」のやさしさが沁みてきます。
4.十二月
組曲のタイトルはこの詩の一部から取られており、組曲の主題とも言うべき一曲。終盤で「ほんとのきもちをわたしにください」と歌う箇所は、前半の推進力のあるテンポから一転し、しみじみと、しかし力強い決意を含んだ呼びかけとして歌われ、曲が結ばれます。
作曲者自身のチャンネルにより演奏音源が公開されています。
https://www.youtube.com/watch?v=y2PmdcMj0Ds&list=PL8I6rzZ88cViNzEf7rk2tk3ZLw5jdxNNR
(三好草平)
【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。
