TeMankai てまんかいー奄美の八月踊り(堅田優衣 作曲)/ 二声でうたう「のはらうた」児童合唱・女声合唱のために(新実徳英 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●TeMankai(てまんかいー奄美の八月踊り)
作曲:堅田優衣
出版社 Hyökki Choral Oy
声部:4T2Bar2B
伴奏:ア・カペラ
言語:日本語
時間:13分30秒
先日、私が主宰する女声合唱団pneumaのコンサートが無事終演しました。お越しくださった方々、この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。「not-i 天と地をつなぐうた」と題して、北欧のサーミ民族の”ヨイク”と奄美など南島の”島唄”を対比させるプログラムでした。地理的には遠い地域・民族ですが、歴史や文化には共通点が多く見られ、”うた”が人々と、自然と、神々とのコミュニケーションに大きな役割を担っています。本日は、私が長く学ばせていただいたフィンランドでの体験、ご縁から得た視点で作曲に至った「てまんかいー八月踊り」をご紹介させていただきます。
本作は、今年2月にエストニア国立男声合唱団日本公演にて演奏され、NHK-BS「クラシック倶楽部」で放映されたこともあり、多くの反響をいただきました。元々は、フィンランドのヘルシンキ大学男声合唱団の委嘱で、同団の創立140周年記念コンサート「Naisilita Miehille (女性から男性へ)」にて、2023年に初演されています。コンサートタイトルが示すように、女性作曲家5人に委嘱し、男声合唱の新たな可能性を追求しようという意欲的な演奏会でした。
指揮者のPasi Hyökki (パシ・ヒョッキ)さんから言われたことは、「作曲家として、個人的に重要なテーマを選んでください。芸術としての合唱を発展させるために、男声合唱に今何を歌ってほしいか、女性の視点から考えてみてください。」と言われました。フィンランドは男声合唱の国、と言われるように、シベリウス、マデトヤ、クーラなどが多くの素晴らしい男声合唱作品を残しています。そこで、すでに持っている魅力である、力強く、男性的なサウンドに、内的で静謐な柔らかな感覚が加わったらどうなるだろう、という発想から、奄美の文化をテーマにしようと考えました。
奄美では、古くから女性祭司のノロが集落を治め、女性の神様である姉妹神(うなりがみ)が信仰されており、政治や信仰において女性が重要な役割を果たしてきました。女性の霊的な力を道標とし、男性がそれを実現して行く、というバランスが今でも保たれています。現在は、血族的なノロはいないそうですが、集落の長は女性です。季節ごとにある多くの祭祀は女性を中心に執り行われ、本作のテーマである「八月踊り」においても、集落によってはノロ役を女性が行います。
奄美の八月踊りは、旧暦8月に行われる祭事で、豊年を祝い、シマ(集落)の安全を祈願するための踊りです。円形になり、お互いを感じながら男女で即興的に歌を掛け合うことが特徴。奄美は、集落ごとに山を隔てているので、同じ八月踊りでも、シマごとに異なるテンポ、歌い回し、歌詞が使われており、本作は最北端の佐仁集落の八月踊りをベースに作曲しました。作品名である「てまんかい」は、「手で招く」という意味で、聖霊や精霊を招くための踊りの仕草。呼吸が声に、声が動きになって、人々はもちろん、先祖や神様も共にいることを感じられる空間作りを目指しました。
八月踊りで感じた島の人々の祈りを表現するため、3つの奄美の島唄を選び、構成しています。場を清めるために八月踊りの最初に踊られる「祝いつけ」、お祝いの席で締めとして踊られる「六調」、そして奄美に古くから伝わる姉妹神(うなりがみ)に祈りを捧げる「ヨイスラ節」です。踊りは夕方から始まって、夜中まで続きます。途中庭先で島うどんや唐揚げを手に乗せられたり(!)、談笑したり、飲んだり食べたりしながら、島の人も観光客もごっちゃ混ぜでずっと踊る。佐仁集落の八月踊りは、それはもう熱気に包まれた異次元のエネルギーでした。カルチャーショック!!
実は、この時奄美にいたのは、秋名集落の八月踊りである「平瀬マンカイ」を見に行くためでした。どの集落も大体同じ日に行うのですが、たった一人、何も知らずにウロウロしていた私を不憫に思った島の人がその場でお世話してくださり、秋名集落と佐仁集落の八月踊りを梯子して見ることができたのでした。
さて、この時取材した「平瀬マンカイ」をテーマにした作品も、2020年に作曲しています。こちらはもっとしっとりとした優雅さを兼ね備えた神事となっています。「ネリヤカナヤー海のかなたの楽園」というタイトルで、ついに、初演が決定しました!今年の秋、9月15日(月・祝)にNoema Noesis公演「きょらさー海を渡った祈りのうた」で演奏予定です。今回は南島(オーストロネシア)をテーマにしており、東南アジア、オセアニアと日本の南の島の祈りのうたで構成されています。楽しいひとときになると思いますので、ぜひご予定ください!(堅田優衣)
楽譜は以下のサイトよりお求めいただけます。

【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
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●二声でうたう「のはらうた」児童合唱・女声合唱のために
作曲:新実徳英
作詩:工藤直子
出版社:音楽之友社
定価:1,760円 (税込)
声部:SA
伴奏:ピアノ伴奏
判型:四六判/64頁
ISBN:9784276574106
今回は久しぶりに児童合唱の旧譜紹介です。
工藤直子作詞、新実徳英作曲、『二声でうたう のはらうた』。
この曲集は1987年に日生劇場で行われた「児童合唱の祭典Ⅴ」で東京放送児童合唱団 (指揮 古橋富士雄、ピアノ 斎木ユリ) により初演されており、その後ビクターからも録音が発売されています。
もとはNHKの<おかあさんといっしょ>への作品提供のために2曲が書かれたことがきっかけで、工藤直子の詩集「のはらうた」(童話屋)に惚れ込んだ作曲家が、その後、音楽之友社の委嘱により19曲を作曲。さらに先の2曲の合唱版が加えられて21曲の曲集となりました。
詩人の工藤直子さんが野原を散歩しながら出会った風や生き物たちに名前をつけて、彼らのうたを書きとめたものが『のはらうた』です。小学校の教科書にも載っている「のはらうた」の一つ、かまきりりゅうじの「おれはかまきり」はご存知な方も多いのではないでしょうか?ふくろうげんぞう、こうろぎしんさく、むぎれんざぶろう・・・など多くの愉快な仲間たちが登場してそれぞれの輝きを放ちます。
そんな野原の仲間たちとの出会いと、様々な音楽的要素が盛り込まれたこの曲集が歌う人の感性を豊かにしてくれること間違いありません。打楽器やリコーダー、そして手拍子などが加わる曲もあって合唱団に合った自由な演奏が可能です。
この曲集には次の三つの特徴があります。
1.互いのパートが独立している
どちらのパートも主役になり、ニ声の掛け合いを楽しむことができます。音域も広すぎないのでソプラノ、アルトのパート分けにこだわらず取り組めます。
2.小学校の授業でも使える。
コンクール志向ではないため易しく、カノンの要素のある曲もあって楽しみながら合唱の基礎練習ができます。
3.二人以上の歌い手とピアノがあれば歌える。
子どもでも大人でも、家族でも。メンバー構成も自由に演奏できます。
この夏、フレーベル少年合唱団の定期演奏会で低学年の子どもたちを中心に抜粋でこちらの5曲を演奏します。
・こんにちは(ひまわりあけみ)
・どんぐり(こねずみしゅん)
・かたつむりのゆめ(かたつむりでんきち)
・さんぽのおと(こやぎようたろう)
・むぎむぎおんど(むぎれんざぶろう)
合唱を始めたばかりの6~10歳くらいの子どもたちだけの合唱に丁度よい作品を探すのがなかなか難しく、今回この作品に出合えて良かったと思っています。想像力を掻き立てられたり、ちょっと面白い響きのすることばを面白がったりと、彼らも大好きで楽しんで練習をしています。
良かったらぜひ聴きにいらしてください。(田中エミ)
フレーベル少年合唱団 第63回定期演奏会
2025年8月3日(日)14:30開演
↓詳細↓
https://www.froebel-kan.co.jp/info/114

【筆者プロフィール】
田中エミ(たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/)