Mūžam zili 永遠に青く(Emīls Dārziņš 作曲)/ 男声合唱とピアノのための組曲《音楽家の友への五つの詩》(信長貴富 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Mūžam zili(永遠に青く)

●Mūžam zili(永遠に青く)
作曲:Emīls Dārziņš (エミールス・ダールジンシュ)
声部:TTBB
伴奏:ア・カペラ
言語:ラトビア語
時間:2分30秒

 大学合唱団の夜のリハーサルを終えて外に出ると、空がまだ薄っすら明るく、街の景色は日を追うごとに目に見えて緑で満ち始めます。この時期のラトビアは、春への変化が劇的です。
 今回は、ラトビアを代表する作曲家の一人、エミールス・ダールジンシュによる男声合唱作品を紹介します。エミールス・ダールジンシュは1875年生まれ、1898年にサンクトペテルブルク音楽院でリムスキー・コルサコフの元で作曲を学び、その後経済的な理由から1901年からラトビアへと戻り、リガで作曲家、また音楽評論家として活躍をします。彼の最後は1910年、34歳という若さで、列車事故に巻き込まれ、亡くなっています。短命であったということに合わせ、作曲家の傍ら、音楽評論家としても多忙を極めていたため、決して多作な作曲家ではありませんでした。ダージンシュによって作曲された合唱作品は17曲と、決して多くはないものの、それらのほぼ全てが、ラトビア国内で今でも歌われ、音楽高校の合唱指揮科の教材としても扱われています。
 ダールジンシュの作品は、ハーモニーは純粋でありながら色彩豊かで、美しく抒情的な旋律が特徴です。「永遠に青く」もラトビアの人々の過去の苦しみ、民族を守り抜くため戦った英雄たちを讃えるかのように、表情豊かな旋律によって描かれます。歌詞は、ラトビアの詩人カルリス・スカルベによってロシア帝国革命の最中に書かれた「Nemiers」(不安)という詩をもとに、ダールジンシュが作曲にあわせ、変容しています。不穏で落ち着きのない現実を映し出す自然、「ラトビアの山々は永遠に青いのに、白樺の木の下に永遠の平和はない」と変ロ短調で歌われたのち、ヘ長調で民族の力強さを思わせるように、「ダウガヴァ川の急流は決して止むことはない」と歌詞を描写するかのように活気あるリズムで勇ましく描かれます。その後に再び冒頭と同じ「ラトビアの山々は永遠に青いのに、白樺の木の下に永遠の平和はない」が描かれるも、そこに強かさ、希望がうつるように聴こえてきます。
 この作品は、歌の祭典のガラ・コンサートの定番の作品となっていますが、1973年、ラトビアがソビエト連邦であった当時に開催された第16回歌の祭典のプログラムに含まれていたものの、祭典の直前にイデオロギー的配慮からコンサートから削除されました。それにも関わらず、ガラ・コンサート中、歌い手たちの呼びかけにより、この作品が歌われた、という記録が残っています。今でも歌い継がれる、シンプルでありながらも美しく、ラトビアの人々にとって、歴史と精神を映し出す作品です。
 6月15日(日)に愛知県刈谷市総合文化センターの大ホールにて、東海メールクワィア―の皆さんと本作品を演奏予定です。ラトビアの男声合唱の作品はじめ、エストニア、フィンランドの男声合唱団を楽しめます。お近くの方は、是非、お越しください。(山﨑志野)

詳細
http://choir.wjg.jp/tmc/2025/66c/index.html

【楽譜】※楽譜は、パナムジカでお取り寄せ可能です。
https://www.musicabaltica.com/167.htm

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

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男声合唱とピアノのための組曲《音楽家の友への五つの詩》

●男声合唱とピアノのための組曲《音楽家の友への五つの詩》
作曲:信長貴富
作詩:黒田喜夫
出版社:カワイ出版
価格:2,200円(税込)
声部:TTBB
伴奏:ピアノ伴奏
時間:約20分
判型:A4判・68頁
ISBN:978-4-7609-4342-5

 2024年8月初演、同年11月出版と、新刊を中心に取り上げるこの連載としてはすこし時間が経ってからの紹介になりますが……。今回は信長貴富の男声合唱作品としては現時点で最新作である《音楽家の友への五つの詩》の紹介です。
 初演は男声合唱団「甍」。早稲田大学の校歌の一節「♪聳ゆる甍は われらが母校」に由来する団名を冠する、早稲田大学高等学院グリークラブ/早稲田大学コール・フリューゲル/いらか会合唱団の集合体です。このうち、早稲田大学コール・フリューゲルは、昨年の第77回全日本合唱コンクール全国大会 大学職場一般部門において、この組曲の〈Ⅱ.ピアニストの死〉と〈Ⅴ.ながいながい曲の終りにただ一度立ち上がってシンバルを叩いた人に幸あれ〉を自由曲に歌い、金賞・松山市教育長賞を受賞されました。人数が多い方がなんとなく有利そうな大学ユースの部において、17人の歌唱による快挙です。
 テキストはプロレタリア詩人である黒田喜夫。合唱曲に使われた例は少なく、三善晃《レクイエム》や間宮芳生《合唱のためのコンポジション第9番「変幻」》があるのみです。タイトルである「音楽家の友への五つの詩」は、黒田自身が詩集で5つの詩にまとめて付けた小題で、信長の前書きによれば「『音楽家』は、社会から疎外もしくは抑圧された人間の心象の暗喩」だそうです。
 そしてまた、「音楽家」は多くの音楽家を輩出している初演合唱団に相応しいテキストという理由もあるそうです。そうしたテーマ性や合唱団への信頼が、この組曲をかなり骨太な男声合唱作品にしている理由かもしれません。5曲には、信長が公園を散歩しているときに「言葉を伴わずに聴こえてきた」という共通のモチーフが使われています。

〈楽団のない若い指揮者に音をひとつあげる〉:ピアノの速いパッセージから立ち現れるレチタティーヴォ風の旋律が徐々にメロディックな方向へ変化していきます。モチーフは曲のラストで歌詩とヴォカリーズによって表れます。楽譜を目で追うと展開が早いようにも思えるのですが、それぞれの場面が有機的に結びつけられることで自然な音楽の流れを生むことができそうです。
 
〈ピアニストの死〉:タイトルが示唆する通り、ピアノと合唱の協奏といった性格が強い楽章。この曲ではモチーフが終盤にヴォカリーズとピアノに不気味に出現します。余談ですが、筆者はこの詩で「烏賊胸」(=タキシード等に合わせるシャツ)という単語を初めて知りました……。
 
〈人形へのセレナーデ〉:チェロと人形の対話というなんともファンタジック的な世界観。押し殺されたようなピアノの音型が支配的な曲ですが、窓の外を知らない人形へ「夜の世界のことをきみに話そう」と語りかけるチェロの台詞がきっかけとなって展開されるモチーフは、まさに世界が広がるような印象を受けます。

〈ギター弾きへの告別〉:Prestoで駆け抜ける楽章。冒頭部分が終わって提示されるモチーフは、おそらく組曲中でもっともわかりやすいと思います。ラストの「SARABA!」の一言はこの曲をより鮮烈な印象を残すことに成功しています。
 
〈ながいながい曲の終りにただ一度立ち上がってシンバルを叩いた人に幸あれ〉:ここまで触れてきた、組曲を通したモチーフがこの曲だけでも何度も出現します。最後に歌詩を伴って歌われる「きみは一度だけ」「人に幸あれ」はひたすら感動的です。詩の中のシンバルは希望の象徴でしょうか。音楽家は抑圧された存在かもしれませんが、それでもなお、この曲のようにたった一人の心でも照らせることを信じたいものです。

 早稲田大学コール・フリューゲルによる定期演奏会での再演がYouTubeで聴けるほか、初演の第62回甍演奏会のCDがパナムジカで販売されています。大人数と少人数を聞き比べるのもまた一興でしょう。合唱団お江戸コラリアーずによる演奏が8月3日に予定されています。(坂井威文)

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。大阪などで13団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。