Revontulet オーロラ(Pekka Kostiainen 作曲)/ 「りんごへの固執」と「見つめられて」の2作品
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Revontulet(オーロラ)
作曲:Pekka Kostiainen (ペッカ・コスティアイネン)
出版社:Sulasol
声部:SSAA
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語
時間:10分
東京では桜も満開を迎え、少しずつ葉桜になってきました。毎年春になるとどの桜も忘れることなく美しく咲き、自然の神秘を感じます。一方で、突発的に現れることで、自然に対する畏怖を抱かせる現象も存在します。嵐や竜巻、地震など地域によって異なりますが、北欧では、その代表として「オーロラ」が挙げられるのではないでしょうか。フィンランドでは冬になると、ヘルシンキをずっと北上したラップランドで時折出現するオーロラ。寒い日は必ず見られるというわけではなく、私は一度も見たことがありません。ロバニエミというサンタクロースが住んでいる街で、オーロラツアーに参加したこともありますが、-30度の中(寒い!!)数時間待っても見ることができませんでした。フィンランド語でオーロラは、「Revontulet (レヴォントゥレット)」と言って、Revo(repo)は狐、Tulet(tuli)は炎、光を指すので、「狐の炎」と表します。フィンランドの先住民族であるサーミの伝説によれば、オーロラは、北極ギツネが雪原を駆け巡り、その尻尾で舞い上げた粉雪が火花となり夜空に現れた光だとされています。他にも、狐の毛が木にこすりつけられて発生する火という説や、空に輝く呪文の火であるという説もあります。そんな神秘的な自然現象を表現した作品で、フィンランドの作曲家、ペッカ・コスティアイネン (1944-) 作曲の「Revontulet オーロラ」を本日はご紹介します。
本作は、フィンランドの合唱指揮者・教育者であるKari Ala-Pöllänenの委嘱によって、1983年に児童合唱曲(SSAA)として作曲されました。楽譜には振付もイラスト入りで提案されており、オーロラを合唱団全体で表現する面白い作品です。歌詞は、Ilmari Kiantoによるもので、すべて主語が「オーロラ」になっており、動詞の変化によって、移り変わるオーロラの光を表現しています。
音楽的な特徴として、一貫したモティーフ操作が挙げられます。BとFisが調号として書かれており、作曲家独自の音階を元に、半音と全音が交互に現れる音階がモティーフとして採用されています。音階という共通項を持ちながら、反行や逆行などのモティーフ操作によって、”どのような光か”という言葉にすることが難しい一瞬の現象を伝えています。また、音の質感を変化させていく手法も取られており、似たようなモティーフでも、声質によって視覚的な変化を感じられるように作曲されているのが興味深い点です。
冒頭、「オーロラが燃える」という歌詞は、fffの全音符で音階を歌い、tuttiでクラスターを形成。オーロラの圧倒的な存在感を表現して始まります。続いて、「(ゆらゆらと)燃える」を表すように、音階を上がったり下がったりするようなモティーフが加わり、夜空でオーロラが次々と形を変えるような描写になります。そして、視覚的な楽譜になり、〰️だったり、→だったり、歌い手1人1人の想像力と協働するようなオーロラが輝く様を表します。それまでの不穏な音階から突如、長三和音によるハーモニーで、「柱身のように輝く、ベルトのようにきらめく」と明るい光が登場。その後、[zanzaka zanzaka]という無声音による音階が始まり、冒頭のモティーフと組み合わさりながら、馬のように駆けるオーロラになります。光り輝いていたオーロラがどんどんと形を変え、低音域に収束したかと思いきや、再び競うように上昇してモティーフがカノンとなり、オーロラは一度雲の中に姿を消します。冒頭の全音符でのクラスターに回帰し、「氷のように裂ける」と叫ぶと、一瞬の長三和音でオーロラの輝きを放った後に、これまでの音階的モティーフが組み合わされながら少しずつ姿を変え、オーロラのゆらめきのように動き続けながら、夜に消えていきます。
一見複雑そうに見える楽譜ですが、反行や逆行などの基本的なモティーフ操作によって構成されているため、音程感覚が掴めれば取り組みやすい作品だと思います。音楽は数学と通じるところがあると言われますが、本質に迫っていくと、余計なものが削ぎ落とされた美しさになる、という宇宙の原理に触れるような厳かな作品です。
本作は、6月8日(日)に日暮里サニーホールで開催されるpneumaの公演「not-i 天と地をつなぐうた」で演奏予定です。北欧のヨイクと奄美の島唄をテーマに、生活に根ざした歌の役割とその共通点を見出すコンサートです。北欧ではオーロラにより死者と生者の世界が結びついている、と信じられているそうですが、奄美では、夕暮れ時に生と死が交わると言われています。奄美では、夕方、燃えるような大きな太陽が海に沈んでいきます。オーロラも夕暮れも、天が地に対して、圧倒的なパワーを見せる時という共通点があります。その迫り来る自然を目の当たりにした時、あらゆる魂が交錯し、神様と出会うことができるのかもしれません。コンサートでは、北と南の両極が、こんなにも近しい文化になるという不思議と、自然に対する畏怖と信頼、愛を感じていただけると思います。ぜひ会場で体感してください!(堅田優衣)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。


新年度、最初にご紹介するのは教育芸術社が毎年3月に行っている新作発表会「スプリングセミナー」で発表されたア・カペラによる女声三部合唱、「りんごへの固執」と「見つめられて」の2作品です。
今年のスプリングセミナー2025では、児童合唱担当の八千代少年少女合唱団、女声合唱担当のおうたや、そして混声合唱担当のYouth Choir Aldebaranがそれぞれ2人の作曲家の新作を披露。コンクールの自由曲の候補となるような、バラエティに富んだ作品が今年も誕生しました。
セミナーは、各曲の初演後にそのままステージ上で、司会者の進行のもと、作曲家と指揮者がそれぞれの立場から作品や演奏についてトークをしたり、一部分をピックアップして他のアプローチから実演してみるなど、楽譜を手にした参加者の皆さんとともに作品理解を深めたのちに再度演奏をするという進行でした。
私は今回おうたやとともに女声作品を2つ演奏させていただいたので、こちらを紹介したいと思います。
「りんごへの固執」
作曲の鷹羽弘晃さんはピアニスト、指揮者としても活躍されていますが、近年は合唱作品も数々発表されています。スプリングセミナーには嬉しい初登場です。
詩は谷川俊太郎。「りんご」という物体をあらゆる角度や時間軸から眺めます。700字を越える散文詩が、4分30秒の作品の中で目眩く展開していきます。ハーモニーで始まりユニゾンへと集約していくフレーズは斬新です。バルトークの「同声のための27の合唱曲集」を連想させるシャープさが爽快でもあります。
遊び心満載なので、合唱団ごとのユニークな演奏を聴けることを楽しみにしています。
「見つめられて」
大熊崇子さんはこれまでも数々の合唱作品を生んでいらっしゃいますが、今回は吉野弘の愛に溢れたさまざまな眼差しをうたった詩をテキストとしています。
ユニゾン、ホモフォニー、ポリフォニー、オスティナートなどの要素が盛り込まれた作品でふが、難しすぎず、楽しみながら合唱の基礎を身につけることができるでしょう。ハーモニーも言葉に寄り添って繊細に描かれています。
この作品は中学生でもチャレンジできる、シンプルかつ美しい作品です。
どちらも3声部を基本としています。
楽譜はパナムジカからピースでお求めいただけます。
「りんごへの固執」
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/2030424/
「見つめられて」
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/2030424/
次回には今日ご紹介できなかった他の発表作品についてもご紹介できたらと思っています!(田中エミ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/)