Vēja Vokalīze 風のヴォカリーズ(Evija Skuķe 作曲)/ 男声合唱組曲《昼夜、想う中也》中原中也の5つの詩(池辺晋一郎 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Vēja Vokalīze(風のヴォカリーズ)

●Vēja Vokalīze(風のヴォカリーズ)
作曲:Evija Skuķe (エヴィヤ・スクッケ)
出版社:Musica Baltica
声部:SSSAAATTTBBB
伴奏:無伴奏
言語:なし
時間:7分10秒

 先日、私の働く大学合唱団Dziesmuvaraで、エヴィヤ・スクッケによる新曲委嘱演奏を行いました。「Uz rietumiem(西へ)」という、ラトビアの渡り鳥たちの鳴き声がちりばめられ、音でラトビアの自然を旅するようなアカペラ作品です。会場にいた観客たちは、音による風景からそれぞれの中にドラマを掻き立てられ、音の旅に留まらない何かに出会い、興奮していた様子が印象的でした。そんな、ヴォカリーズを駆使して風景を描くエヴィヤの作品は、今回紹介する「風のヴォカリーズ」が始まりで、この作品はラトビアのアマチュア合唱団の混声合唱団SŌLA(ソーラ)のために2013年に作曲されました。
 以前、紹介したエヴィヤの作品の中にもヴォカリーズという名がつく作品「Mēness Vokalīze(月のヴォカリーズ)」がありましたが、そこではラトビアの民謡の歌詞が用いられていました。今回の「Vēja Vokalīze(風のヴォカリーズ)」はその名の通りのヴォカリーズ、歌詞はでてきません。
 作品は嵐の静けさを思わせる囁き声と紙を利用した音無声の音から始まり、作品のクライマックスに向かい、徐々に有声での音が加わっていきます。その移り変わりは、低声部によって「各々の歌える最も低い音」で母音を徐々に移行する音であらわれはじめ、「おおよその音高で」低音から高音へとグリッサンドとクレッシェンドを伴って歌われるバスの音を合図に、ソプラノによってA-Gis-Fisの和音で奏でられる音が汽笛のように鳴り響きます。この時ようやく初めて、5線譜に設定された音が現れ、そこから、この「A-Gis-Fis」の音は、鼻声で自由なリズム、テンポで各々で歌われたり、バスによって一音ずつ音を積み重ねられながら登場し、クライマックスでは全声部がトゥッティでこの音で重厚に歌われます。
 囁き声はもちろん、紙をくしゃくしゃにする動作で起こる音、子音のŠ(シュ) やŽ(ジュ) 、H、 Fなどが効果的に配置されおり、様々な音を声で体験するのにとても良い作品でしょう。歌い手たちの配置を自由にすることで、風があちこちから吹いてくるような体験もできておもしろいかもしれません。麦畑を渡り歩くような風、遠くから聞こえてくる風、吹き荒れる風など様々なラトビアの風の表情を、実際に奏でることによって体験できる作品です。(山﨑志野)

【楽譜】
https://www.musicabaltica.com/2899.html
※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

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男声合唱組曲《昼夜、想う中也》中原中也の5つの詩

●男声合唱組曲《昼夜、想う中也》中原中也の5つの詩
作曲:池辺晋一郎
出版社:カワイ出版
価格:1,980円(税込)
声部:TTBB.
伴奏:ピアノ伴奏
時間:約18分
判型:A4判・56頁
ISBN:9784760943432

 大河ドラマや映画の劇伴のようなポピュラリティーのある音楽から、シリアスな交響曲まで。現代においてこれほど多彩な才能を発揮している作曲家を、池辺晋一郎以外にはあまり思いつきません。校歌などの小品まで含めるとその作品数は何千曲にもなるとか。N響アワーの司会を長年務められるなどきちんと世間にも認知されている作曲家が、全日本合唱連盟や日本のうたごえ協議会などとも付かず離れず活動されているのは、合唱人にとってまことに幸福なことだと思います。
 池辺晋一郎といえばダジャレ。「僕はしがない作曲家なので歌が好きなんです。“詩がある”から」という定番のネタは何度聞いてもクスッとしてしまいます。たまにダジャレを使用した曲名もあります。筆者が好きな例をひとつ挙げると、「《ライオン》4×4金管群のために」。トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニウム・テューバの4セクションがそれぞれ4人ずつ。計16人の奏者が必要な器楽曲ですが、どういったダジャレがかかっているかお分かりになりますでしょうか。答えは「シシ・ジュウロク」……「獅子」だから「ライオン」。。。音楽自体は大真面目な曲なのでぜひご一聴を。
 合唱には「詩がある」からか、そういった池辺の遊び心が発揮されたタイトルはほとんどありませんでした。唯一とも言えるのは、東京混声合唱団が1977年に初演した《エンカテインメント》ぐらいでしょうか。日本音楽や演歌の書法を超絶技巧の無伴奏ヴォカリーズ・スキャットで展開するという怪作です。
 そういった意味で今作は、池辺のダジャレ曲名の合唱曲というある意味で記念碑的な(?)作品と言えます。「昼夜を問わず、中也を愛している。それをそのままタイトルにした。もちろん言葉遊びも含んで。」(前書きから)
 初演は昨年の11月。池辺が団歌《札幌気質》も書くほど信頼を寄せる男声合唱団ススキーノの創立20周年記念コンサートで演奏されました。
 中原中也といえば、30歳で夭折したこともあってかどこか影のある薄幸の詩人というのが筆者のイメージでした。三善晃しかり多田武彦しかり鈴木輝昭しかり……中也の詩による合唱曲はそうした暗いイメージがなんとなくつきまとってしまいます。しかしこの《昼夜、想う中也》は、そうしたイメージを覆すほど明るく健康的な響きが多めに描かれています。
 〈早春の風〉:2/4拍子で推進力を持って進む音楽。ピアノの音型が風を表しています。爽やかな春といった印象の曲です。
 〈湖上〉:詩に合わせたセレナーデ、ワルツ風の楽章。前曲とも共通するのですが、最初のテーマがラストに再現されるので、思わず口ずさみたくなるメロディが耳に残ります。
 〈間奏曲〉:「間奏曲」というタイトルの詩が、組曲の真ん中でまさに“間奏曲”の役目をしているという仕掛け。中間部のカノンのように展開するところは、きちんと鳴らすことができればかなり立体的な音響になると思います。
 〈子守唄よ〉:「ひと晩ぢう」(一晩中)という語句に合わせてか、4/2拍子というなかなか現代合唱曲では見慣れないビート感で気倦げに歌われます。
 〈夏〉:曲冒頭でffのユニゾンで歌われる「血」がショッキングなほど鮮烈に響きます。そのモティーフは中間部から展開されますが、やはりラストには同じ形で回帰します。男声合唱の魅力がたくさん詰まった曲です。
 折しも、中原中也と文芸評論家の小林秀雄のあいだで気持ちが揺れ動く新進女優・長谷川泰子を描いた映画「ゆきてかへらぬ」が公開されました。木戸大聖が中原中也を演じています。(坂井威文)

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。現在、同大学研究生。大阪などで13団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。