Gartenlieder op.3 庭の歌(Fanny Mendelssohn-Hensel 作曲)/ 女声合唱組曲「あしたが ある」(山下祐加 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Gartenlieder op.3(庭の歌)

●Gartenlieder op.3(庭の歌)
作曲:Fanny Mendelssohn-Hensel (ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル)
出版社:Carus
声部:SATB
伴奏:ア・カペラ
言語:ドイツ語

合唱に限らず、音楽に親しむ方であれば必ず出会うであろうドイツの大作曲家フェリックス・メンデルスゾーン、ファニーはその4歳年上の姉です。幼い頃からピアノや音楽理論の教育を受け、弟と同じように並外れた音楽的才能を見せたと言われ、作曲にも早くから取り組みますが、女性の活躍の場が圧倒的に少なかった当時、弟と同じように評価される機会が与えられなかったことは想像に難くありません。そんな状況下でも彼女はピアノ曲と声楽曲を中心に多くの作品を残しており、彼女の作品を性別に関係なく再評価しようという動きはますます高まっています。今回はその中から代表的な合唱作品であるGartenlieder(庭の歌)をご紹介したいと思います。

Gartenlieder(庭の歌)は次の6曲から構成されています。

1.Hörst du nicht die Bäume rauschen(木々のざわめきが聞こえないか)
2.Schöne Fremde(美しき異郷)
3.Im Herbste(秋に)
4.Morgengruß(朝の挨拶)
5.Abendlich schon rauscht der Wald(夕暮れに森はざわめく)
6.Im Wald(森で)

6篇の詩はアイヒェンドルフなど4名の詩人によるものが集められていますが、その中にはファニーの夫であるヘンゼルの詩も含まれています。タイトルから想像できる通り、いずれも自然にまつわる美しい情景が謳われており、そんな詩に寄り添うような、やわらかく浮遊感に満ちた美しい音楽になっています。作曲上の特徴の一つとしては経過音を中心とした非和声音の使用が多く、そのことが順次進行を多く含む旋律のやわらかさ、また和音の変化がグラデーションになることにより和声的な浮遊感に繋がっているのではないかと考えられます。また印象的なのは、6曲を通して頻繁に用いられるソプラノ1パートに対して他の3パートが呼応する書法で、そのことも相俟ってか、全体的に女声の印象が強い作品ともいえるでしょう。
ドイツ語の世俗作品なので、言葉を扱う難しさはあると思いますが、その美しい旋律とハーモニーは、特にドイツロマン派音楽が好きな方にとっては、歌っても聴いても楽しい作品だと思います。弟フェリックスの作品とはまた味わいの異なる6曲をぜひ一度聴いてみてください。(谷郁)

楽譜つき音源:https://www.youtube.com/watch?v=EXN-eqaxpMw

谷 郁 (たに かおる)

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

日本の合唱作品紹介

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女声合唱組曲「あしたが ある」

●女声合唱組曲「あしたが ある」
作曲:山下祐加
作詩:工藤直子
出版社:カワイ出版
定価:1,760円 (税込)
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/40頁
ISBN:978-4-7609-4402-6

今回ご紹介するのは山下祐加さんによる女声合唱組曲『あしたが ある』です。この組曲もまた、これまでに紹介してきた森山至貴さんの『新しい住みか』や瑞慶覧尚子さんの『あいたくて』と同じようにコロナ禍の影響を強く受け、2019年に作曲されたものが4年の歳月を経た2023年に初演されました。
山下さんは工藤直子さんの詩に「会う」ということを見出し、自然や物など、工藤さんとユニークな友達との出会い(挨拶、自己紹介、会話)など、日々を楽しむヒントが詰まった詩を集めて構成しています。全体に前向きで、明日を生きる活力をもらえるような、そのままで大丈夫だよとそっと背中を押してくれるような、そんな言葉が詰まった、自分自身へ贈る応援歌のようにも感じます。
組曲を通して、ごく僅かな音を除きdivisiを使用せず、音域的にも無理なく取り組めるよう配慮されています。6曲全体で14分ほどと短めの曲が多く、色彩の使い分け豊かで、自然と団の様々な魅力を引き出してくれる、そんな作品です。

1.こんにちは
空、地面、風、におい、様々なものが「こんにちは」と声を掛け合う様を、ごくシンプルに2声で書くことにより、組曲の第一声という歌い手にとってやや緊張するシーンをスムーズに超えて行ける工夫がなされています。転調によって姿を現した「わたし」が、「いる」と「いきる」を実感する時、歌はクライマックスを迎えます。

2.わたし?
「わたし」と向き合う歌。この詩の中で、私は「わたし」自身と出会っているのかもしれない。そうして「わたし」の気持ちを受け止めることで、ちょっと前に進める。そんな前向きな音を感じます。

3.身の上ばなし
台所でタマネギや干しシイタケ、エビが話す様はコミカルに。組曲のタイトルにもなっている「あしたが ある」と歌う結部は実感と安心感とに包まれます。

4.ひかる
花はみんなにこにこひかって咲き、にこにこひかって散るのだという、やはり前向きな詩に落ち着きと温かみのある曲が付けられています。

5.あるく
“ねむれない夜”を象徴するようなちょっとアンニュイでブルージーな曲調がおしゃれな一曲。それでも最後は”日の射すほうに 歩きましょう”と明るく終止します。

6.なんとかなる
不安なことや上手くいかないことがあってっも、きっとなんとかなる、と思わせてくれる、終曲にふわさしくタイトル通りに力強く前向きな曲です。
(三好草平)

三好草平(みよし そうへい)

【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。