Halleluja, vår strid er endt ハレルヤ、私たちの闘いは終わった(Ørjan Matre 作曲)/ 二部合唱のための3つのソング「ねむりそびれたよる」(信長貴富 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Halleluja, vår strid er endt(ハレルヤ、私たちの闘いは終わった)

●Halleluja, vår strid er endt(ハレルヤ、私たちの闘いは終わった)
作曲:Ørjan Matre (オーヤン・マトレ)
出版社:Musikk-Husets Forlag AS
声部:SSSAAATTTBBB
伴奏:ア・カペラ
言語:ノルウェー語
時間:6分

早いもので今年もあとわずか!クリスマスが近づいてきました。クリスマスコンサートや第九など、恒例の合唱イベントも各地で開催されていますね。ヨーロッパでは、この時期は特に教会に人が集い、何とも言えない温かな空気に包まれます。人々の祈りの力は、どこにいても特別な空気感を生み出しますね。さて、本日はクリスマスのうたとしても素晴らしい空間になるであろうノルウェーの作品「Halleluja, vår strid er endt ハレルヤ、私たちの闘いは終わった」をご紹介します。

本作は、ノルウェー民謡をもとにした編曲作品で、Ørjan Matreによってオスロ室内合唱団のために書かれました。テキストは、Hans Adolf Brorsonによって1700年代に書かれ、讃美歌として出版される際に、この編曲のタイトルの由来となった「Halleluja, vår strid er endt ハレルヤ、私たちの闘いは終わった」の歌詞が追加されました。天国へ還る喜びを歌ったこの詩は、棺を埋葬する際によく歌われたそうです。メロディはー、民謡歌手のOla O. Fagerheimによって書き起こされ、3番まである歌詞の中、1番をクリスマス用の歌詞にすることもできるようになっています。

ノルウェー民謡の特徴として、流麗なメロディーラインとこぶしのような装飾音が挙げられます。民謡といっても各地域で多種多様ですが、ノルウェー民謡は比較的音域が広く、音高が自由に上がり下がりし、跳躍が多い印象を受けます。その中で、音を次の音に引っ掛けるようなこぶしや、フレーズの終わりに音と音を縫うような装飾音が、心の琴線に触れるような感情に訴えかける効果を生み出しています。

編曲においては、この美しい民謡を最大限に聴かせるために、非常に整理された手法が用いられています。各パート3div.の最大12声部で、メロディーは一貫してソプラノが担当します。その背景では、ずっと「Halleluja」を上行または下行のモティーフのみが響きます。民謡のメロディーが4度の跳躍を使いながら、オクターブ内で頻繁に音高が上下することに対比して、背景のモティーフは順次進行と同一音の繰り返しのみで、拡大やずらしのモティーフ操作で歌詞の意味が静かに描かれています。

1番は、天におられるイエス様が、人間の罪を贖うために、地上に降りてきて下さったことを表現するように、男声が5度の上行形によって天を、そして下行形によって地を感じさせます。2番は、神様に愛されることで痛みが癒やされ、地上に平和が訪れるという内容。背景は女声のみで順次進行のつぶやきのようなモティーフがずらされながら構成され、寄り添うように人間をサポートする天使を連想させます。3番は、ハレルヤ、私たちの闘いは終わった。雲の中で御使いたちよ歌え!イエス様と共に天国に行く喜びよ!と力強く歌われます。初めてはっきりとしたハーモニーが採用され、ベースの5度が、勝利の確信を物語ります。溢れる喜び、そして解放される安堵感がハーモニー変化によって紡がれ、天国の素晴らしさが体感できるような6分間になっています。

ノルウェー民謡の明るく、爽やかな美しさと、テキストの意味を身体感覚的に伝える理知的な編曲が、感情を揺さぶるような素敵な作品です。民謡の編曲においては、いろいろな方法がありますが、その土地の持つエネルギーや、何を伝えるうたなのかをよく吟味することが重要だと考えています。本作はdiv.が多いですが、モティーフのずらしや持続の仕方で、エコーのような効果や、倍音の鳴り方を変えるため、生で聴くと天地の広がりを感じられると思います。この作品は、来年2025年2月24日(月・祝)に開催される、Noema Noesis仙台公演「雲の中に虹を置く」にて演奏する予定です。初の東北公演ですので、お近くの方はぜひ会場で体感してください!(堅田優衣)

堅田 優衣(かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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二部合唱のための3つのソング「ねむりそびれたよる」

●二部合唱のための3つのソング「ねむりそびれたよる」
作曲:信長貴富

作詩:みつはしちかこ、石津ちひろ、谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
定価:1,320 円 (税込)
声部:SA
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/20頁
ISBN:978-4-7609-4841-3

今回ご紹介するのは信長貴富作曲、「二部合唱のための3つのソング」です。

ソングは英語で直訳すれば「歌」ですが、ここでいうソングというのは芸術歌曲やポップスの様式とはまた少し違った、作曲家の個性や思想が強く現れつつも親しみやすいメロディをもったうた、といえるでしょうか。林光や萩京子らは多くのソングを生んでいますが、作曲の信長貴富氏もそのような「ソング」への憧れが反映していると、楽譜のまえがきに記しています。

二部合唱版は2023年5月に女声合唱団九月の風 第18回演奏会にて、指揮は栗山文昭、ピアノは須永真美により初演されました。
なお、その後、混声版の初演が翌年1月のグラントワカンタート2024年にて、合唱団響、指揮 赤坂有紀、ピアノ 須永真美で行われています。

女声合唱団九月の風は長い年月、栗山文昭氏とともに歌い続けてきた女性たちで、その深みのある歌声はそれだけで大きな包容力を感じます。同声であればどなたでも演奏可能な作品ではありますが、個人的には特にこのような円熟味のある合唱団に是非取り上げていただきたいなと思います。

〈忘れものをとりにいらっしゃい〉
 詩は漫画家みつはしちかこの詩集『あなたの名を呼ぶだけで』(立風書房)より。詩の中の「九月の高原では いま 風が」という初演の合唱団「九月の風」にリンクするフレーズに惹かれて選ばれています。演奏していると高原の爽やかな風の中を散歩している気分に。

〈ねむりそびれたよる〉
 詩人・石津ちひろの『ラブソング』(理論社)所収の詩。初演指揮の栗山文昭氏があるとき「様々な思いが交錯して眠れなかった」と作曲家に話したことがこの曲の誕生につながっているそうです。眠りと目覚めの狭間を漂いながらも、記憶の中の「君」の歌声に次第に救われていきます。

〈ピカソ〉
谷川俊太郎の詩集『歌の本』のために「作詞」された詩集です。「私が死んだらさ...」と始まる深妙な言葉とは裏腹に、クスッと笑ってしまうような谷川さんの皮肉と、思わずステップを踏みたくなるようなスウィングのリズムが心地良いご機嫌な音楽です。改めて楽譜を眺めていると、今年11月に他界された谷川さんを思わずにはいられません。

2025年1月12日(日)に、島根県松江市で行われる【しまねカンタート2025のフレンドシップコーラスコンサート】で、初演団体の女声合唱団九月の風(指揮 赤坂有紀、ピアノ 須永真美)が出版譜を手にステージに立ちます。
https://www.ploverhall.jp/event/archives/48
お近くの方、是非聴きにお越しください。
私も一緒に歌います! (田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/