Die erste Elegie 第一の悲歌(Einojuhani Rautavaara 作曲)/ 女声合唱組曲「あいたくて(瑞慶覧尚子 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Die erste Elegie(第一の悲歌)
作曲:Einojuhani Rautavaara (エイノユハニ・ラウタヴァーラ)
出版社:Fennica Gehrman
声部:SATB div.
伴奏:ア・カペラ
言語:ドイツ語
時間:10分
今回紹介するのは、2016年にこの世を去った、フィンランドの作曲家エイノユハニ・ラウタヴァーラ(1928–2016)によるDie erste Elegie《第一の悲歌》です。
テクストは、オーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケ(1875-1926)のDuineser Elegien《ドゥイノの悲歌》の第一歌より。ラウタヴァーラはリルケの詩作に青年期から強い影響を受けていることを公言しており、なかでも詩集《ドゥイノの悲歌》は、どんなときも必ず携帯していたほどだったといいます。とりわけこの詩のなかで度々登場する〈天使〉の概念に強くインスパイアされ、Angel of Lights《光の天使》、Angel and Visitations《天使たちと訪れ》といった、それにちなんだ交響曲・管弦楽曲を作曲するなど、(リルケがいうところの)〈天使〉ということが、彼の作曲上の主要なテーマにすらなっているほどです。
リルケの《第一の悲歌》はワード数760近くある長い詩ですが、ラウタヴァーラの本曲においてはその何割かをカットしながらも、豊かな構築の音楽としてテクストの世界が立体的に表現されています。カットされた部分が省略されるのではなく、音楽の展開の一部として別の形に「翻訳」されているような印象を受けます。
冒頭、女声パートがd-moll (A D F), C-Dur (G C E), gis-moll (Gis, H, Dis), Fis-Dur (Fis, Ais, Cis)を時差を伴いつつ展開させます。これは音の重複しない4つの三和音による十二音音楽的なアイデアに基づくものですが、いわゆる無調音楽とはだいぶ印象の違う、空間に対して有機的で美しい響きの遷移を聴き取ることができます。それに対し、テノールによる10度の音域を増音程を伴いながら一気に駆け上る痛切な旋律(テクストは「もしわたしが叫んだとて」)が強烈に差し込まれ、十全な美の具現である〈天使〉と、十全な美であるがゆえにそれを怖れる人間との対比が表現されます。その苛烈なコントラストは、自問自答、あるいは〈天使〉からの諭し──これらはいずれも本質的には同じことかもしれません──を受けながら、やがて宇宙をも包摂する大きな全体のなかにいま在る、生者としての自己と、そして生者と死者の区別をすらしない〈天使〉の超越性をともに讃美するような結末を迎えます。コーダ部は冒頭4つの和音のひとつであるFis-Durを起点に、バスの執拗なFisでのオルゲルプンクトを経ながらも、Fisから五度圏で最も遠いC-Durに向けての規格外的なカデンツを行って曲を半ば強制的に閉じます。
ラウタヴァーラにとってその作曲思想の土台となっているともいえるこのリルケのテクストを彼は長い間大切に温めてきましたが、1993年、Europa Cantatの委嘱によりついに合唱曲として日の目を見ることになります。20世紀の無伴奏合唱作品のうちで最も優れた、そして重要な作品であることは言うまでもありません。ぜひ、お聴きになってみてください。できるならば、《ドゥイノの悲歌》のテクストを読みながら。(柳嶋耕太)
録音
https://www.youtube.com/watch?v=0JImEID4h8k
2025/2/20 東京カテドラルにて開催されるvocalconsort initium ; 9th concertにて本作品が演奏される予定です。
※チケットのお求めはこちら→ https://teket.jp/4479/42497
【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●女声合唱組曲「あいたくて」
作曲:瑞慶覧尚子
作詩:工藤直子
出版社:カワイ出版
定価:1,870円 (税込)
声部:SSA div.
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/44頁
ISBN:978-4-7609-4803-1
今回ご紹介するのは沖縄の作曲家、瑞慶覧尚子さんによる女声合唱組曲『あいたくて』です。 2018年に国立音楽大学附属高等学校合唱部の創部25周年を記念し委嘱され、2020年に初演の予定がコロナ禍の影響により2023年に全曲が初演されました。8月にご紹介した森山至貴さんの『あたらしい住みか』も作曲から初演までに4年の歳月を要しましたが、こうして同様の事例に触れると、改めてコロナ禍が遺した傷跡の大きさを思わずにいられません。ましてや学校の部活動には卒業があることにより、本来歌うはずだった生徒さんが歌えなくなってしまっていることを思うと、胸が痛くなります。
工藤直子さんは合唱曲として付曲されることの多い詩人ですが、その中でも表題曲でもある「あいたくて」は特に多くの作曲家によって書かれている印象があります。”だれかに あいたくて/なにかに あいたくて/生まれてきた”という書き出しがとても印象的で、人は皆生きる理由を持って生まれてきたんだ、生きていていいんだ、と背中を押されるような、そんな言葉が多くの人に共感を呼び、その心を捉えるのだと思います。瑞慶覧さんも楽譜の前書きにおいて、この詩を引用しながら、詩と時間をかけて向き合う中で、そこから受ける印象が変化していったことなどに触れています。
1.めがさめた
工藤直子さんらしい、人と自然(山)と会話する形で書かれている詩。冒頭人から山への呼びかけはG-durで書き出され、それに対し冬を越え春を迎えんとする山は、A-Durから更にH-durへとそのテンションを上げながら笑い出すのです。まさに「山笑う」春の訪れは人の視点にもどったG-durで結ばれます。
2.だれですか
「そこにいる あなた/わたしは だれですか」と問う詩と、詩人の小学生時代のエピソードから得た神秘性をEドリアのスケールに乗せた組曲中唯一の無伴奏という形態によって表現しています。
3.いのち
"きのうのからすの死"の後に"きょう白菜が葉をのばす"様が描かれる。めぐるいのちの物語を瑞慶覧さんは3段のピアノや、最大で6段にまで拡がる合唱によってドラマチックに描き出しています。
4.夏がきた
太陽の光の糸で綿雲の虫歯を抜くという「おはなし」のような詩に命の鼓動を見出した瑞慶覧さんは、まずIntroductionとしてボディーパーカッションを配し、それに続くピアノの左手が生み出すグルーヴと、合唱の躍動感に溢れる旋律とで表現しています。
5.あいたくて
抒情性のある美しいメロディがとても印象的な1曲です。組曲の終曲として歌った時に特に効果的に、メッセージ性を伴って強く訴えかけてくるように感じます。
(三好草平)
【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。