作曲・編曲者 Stacey V Gibbs氏の作品 / 混声合唱のための「寺山修司のテキストによるコンセプションⅠ」(三宅悠太 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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アメリカでは大統領選挙が終わり、いろんな「とんでもニュース」で賑わっております。その中、マイノリティをサポートする諸団体は特に今後起こる差別について警鐘をならしています。皆様ご存じの通り、政治・宗教と音楽は離しても離しきれない関係にあり、今後また差別に対する音楽が多数でてくると思われます。
今回はその流れを先取りするように黒人霊歌の作曲・編曲者であるStacey V Gibbs氏の作品を数点紹介したいと思います。
Stacey V. Gibbs氏はミシガン州デトロイト在住の音楽家で黒人霊歌の作曲・編曲で有名です。Kentucky State Universityで学生指揮者として活躍したようですが、それ以外の経歴は1964年生まれ(2024年時点で60~61歳)という以外は公表されていないようです。
Gibbs氏はACDAの会員であり、ACDAコンヴェンションで多数のワークショップを開き作曲家としてだけではなく講師としても世界各地で活躍しています。彼の作品はKing’s Singers、St.Olaf Choir、Stellenbosch Choir of South Africaをはじめ数多くの有名合唱団に委嘱され、演奏されています。
日本でもなじみのある黒人霊歌の編曲がたくさんありますので、目新しい編曲としてレパートリーに取り入れてみてはいかがでしょうか。
Ezekiel
19世紀初期に歌われ始めた”Ezekiel Saw the Wheel”のダブルコーラス編曲です。Gibbs氏は黒人霊歌を現代風(Modernize)することで有名ですが、この曲はその代表例です。ダブルコーラスによるCall and Responseの要素を顕著に残しつつ、片方のコーラスを「伴奏」として扱ったりジャズ要素の多いコードを多用するなどコンサートに使う作品として楽しめる要素を多分に使っています。
William Dawsonも同曲を現代的にアレンジしていますが、Gibbs氏の編曲はさらに数十年先に進めたように感じます。
Ezekiel arr. By Stacey V. Gibbs
https://www.youtube.com/watch?v=hInwzh_adPc&t=21s
Wade in the Water
Ezekielと同様19世紀に歌い続けられ、1901年にFisk Jubilee SingersによるNew Jubilee Songs内ではじめて出版された”Wade in the Water”の編曲です。黒人霊歌の特徴でもあるCall and Responseとコーラス(サビ)の必要なまでの繰り返しが取り入れられていますが、複雑な伴奏パートと重なり合わさっている重厚なハーモニーが伝統的な曲を現代的なコンサートピースに仕上げています。水をかき分けて試練をこえていく様子をテキストペインティングで表現されていますが、繰り返す度に代わるテキストペインティングの方法が大きな魅力であるといえます。
Wade in The Water, arr. Stacey V. Gibbs – University of Pretoria Camerata
https://www.youtube.com/watch?v=UPLf-frx-xA
Be Still and Know
詩編46:10を歌詞として使ったGibbs氏のオリジナル作品です。編曲作品ではなく独自の作曲ですが、黒人霊歌の特徴と古典的な作曲法と現代的なハーモニーが使われています。メッセージを繰り返し(黒人霊歌)する中でも7thや9thを多用(現代的ハーモニー)し、また対位法を用いた(古典)セクションが複数あります。3行で完結するメッセージをいろんな方法で伝えようとするこの作品は一見の価値ありです。(市川恭道)
Be still, and know that I am God.
I will be exalted among the nations,
I will be exalted in the earth!
Be Still and Know (SATB Choir) – by Stacey V. Gibbs
https://www.youtube.com/watch?v=uqNJtSdKdAI
譜面の購入はパナムジカまでお問合せください。
【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●混声合唱のための「寺山修司のテキストによるコンセプションⅠ」
作曲:三宅悠太
作詩:寺山修司
出版社:音楽之友社
価格:2,090円(税込)
声部:SATB div. 最大24部
伴奏:無伴奏
時間:約166分50秒
判型:A4判・40頁
ISBN:9784276547353
こんにちは、佐藤拓です。
今回紹介するのは三宅悠太さんの新刊、混声合唱のための『寺山修司のテキストによるコンセプションⅠ』という作品です。今年の5月にvocalconsort initiumによって委嘱初演されました(指揮:谷郁)。
「作品のテーマ・編成・時間などの枠に捉われず自由に書いてほしい」というオーダーにのっとって生み出されたこの作品は、三宅さんの既出の作品と比べるとかなりコンテンポラリー色の強く、演奏者の移動や隊形の変化を伴うことで客席まで含めた演奏空間をデザインする“シアターピース”となっています。筆者は特にその和声の移ろいのデリケートさ、色彩感にこの作曲家の真骨頂を見る思いがします。
曲は5曲からなっており、それぞれが異なるコンセプト・音響的発想をもっていますが、テーマとなるコラール旋律をちりばめることで組曲としての統一性をも併せ持っています。
1、なみだは
9人のソリストが客席上に散らばって立ち、無調的な音列の旋律を折り重ねます。舞台上にはソロ以外の合唱団が「うみ」の歌詞で波のようなコラールを歌っており、ソリストたちは歌いながら舞台へ移動してやがて合流します。それぞれの「なみだ」が大きな「うみ」へと溶け込んでいくかのようです。
2、流れ星のノート
スタッカートを基調とした硬質な男声が音楽を進めますが、女声は客席に背を向けた状態で「林檎」「葡萄」と断片的に歌い始めます。やがて女声は前面に向き直り、それぞれの音響とキャラクターが溶けあいはじめ、最後には虚脱感のあるホモフォニーへと帰結していきます。
3、ひとり
ソロと合唱のコントラストによって人間の孤独を浮き彫りにする小品。中盤からはテノールソロが先導し、内面的なドラマを抑制的に表します。最後には無音に溶けこむように静かに幕を閉じます。
4、汽車
24声(男女ペアの12グループ)で書かれた大作。合唱団は舞台上で内を向いた円環となり、八分音符で分断された詩をエコー(またはハウリング)のように奏でます。汽車が走るように音源が円周上を移動していく音響効果が意図されています。
5、海を見せる
男声ソロの朗読を中心として、二群に分かれた合唱団は第1曲のコラール旋律の展開形を歌い交わします。2群になったことで音が立体交差し、寄せる波と引き波のテクスチャーが一層あらわになります。最後はコラール旋律によって「海を知らぬ少女の間に・・・」の短歌がホモフォニーで奏でられ、茫漠の水平線を望むように終止します。
筆者自身もこの初演に参加しており、これまでの“三宅悠太”像を覆すような試みの数々に驚きながらも、その新鮮なサウンドに魅了されました。作曲者はこれまでも寺山修司の詩による作品をいくつも書かれていますが、この作品ではその「孤独感」に殊にフォーカスしているように思われ、ある種の冷たさ、無機質さをも包含した意欲的な一作になったと感じます。高度なソルフェージュ力、アンサンブル力、音楽の構築性が必要とされますが、初演者の一人として是非たくさんの方に挑戦していただきたいと願っています。
(佐藤拓)
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。(公式ウェブサイト https://contakus.com/)