Saulīt’ vēlu vakarāi 夕暮れの太陽(Andris Sejāns 作曲)/ 無伴奏混声合唱のための《二つの絵葉書/梨の木/Anonym》(鈴木輝昭 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Saulīt’ vēlu vakarāi(夕暮れの太陽)
作曲:Andris Sejāns (アンドリス・セヤーンス)
出版社:Musica Baltica
声部:SSAA
伴奏:ア・カペラ
言語:ラトビア語
時間:5分29秒
今回は、女声合唱団のためのラトビア人作曲家アンドリス・セヤーンスによる作品「夕暮れの太陽」を紹介します。歌詞はラトビアの民謡から用いられており、ラトビアでは著名な作曲家陣、Jānis Cimze(ヤーニス・ツィムゼ)、Jāzeps Vītols(ヤーゼプス・ヴィートルス)、Emīls Melngailis(エミールス・メルンガイリス)にも編曲をされています。今回紹介するのは、2014年にアンドリス・セヤーンスによって編曲された作品で、4声で書かれており、2023年の歌の祭典のステージでも演奏された作品であり、ラトビアの女声合唱団はもちろんのこと、少女合唱団にもよく演奏されます。
編曲をしたアンドリス・セヤーンスは、合唱作品や演劇のための作曲を多く手掛けており、合唱作品は、自身が2000年代に活躍したヴォーカル・グループCOSMOSのメンバーであったこともあることから、耳になじみやすく、ポップな曲調の作品やアレンジが多くみられます。中でも、子どもの合唱のためのラトビア民謡の編曲集も作曲しており、ラトビアの子どもの合唱団には欠かせない作曲者でもあります。一人1パートのアンサンブルで歌っても、とても美しい作品も多く、今回のこの「夕暮れの太陽」も例外ではなく、ラトビアの女声ヴォーカル・グループAnima Sollaによって録音されたものもリリースされています。
編曲されたテキストは、母のような存在である太陽を待ち望む孤児たちについて歌われているもので、太陽を母親にたとえ、孤児たちを温めて守る存在として描いています。孤児たちは夜に泣きながら太陽を待ち、その涙が「黄金の露」として集められる、という美しい表現もあり、太陽は言葉を話さないけど、優しく見守る存在と歌われます。
セヤーンスの作品では1-6番の歌詞を用いられ、ホ長調で書かれています。作品は静寂な夕暮れを描くようなハミングではじまり、外声部でそよ風のように2声で短い旋律歌い終わるたびに、静寂の中かから内声部が持続するEの音が夕暮れの光が差し込むように響きます。1-3番まで、ソプラノ1が旋律を歌い、3番に向かって番を重ねる度、下の声部は加わっていきます。「太陽は金色の舟に乗り、舟を泳がせます。」という場面では、ソプラノ1と2の美しいエコーのような掛け合いがあり、アルトの1と2が風をなびかせるように8分音符の連なりで歌われます。4番では何百もの小さな孤児たちが、裸足の小さな足で太陽を探しまわります。その描写をホ単調で、そして1声部だけが旋律を歌い、孤独を誘うように他声部は「u」で静かに表現されます。太陽が子どもたちの涙を集めると歌われる5番では、外声部のハミングのもと、内声部がマルカートで鼓動のような、モールス信号のようなEの音のもとで八分音符で歌詞が歌われ、劇的なクレッシェンドを伴い、クライマックスへとむかい、4声部でホモフォニックに暖かな母のような太陽を歌います。作品は余韻を表現するかのように、前奏と同様のハミングで締めくくられます。
素朴で美しい旋律、そして悲しくも暖かく美しい詩をセヤーンスの編曲では描写が空間に現れるように書かれています。少人数の団体や、中高生の団体、広い層におすすめのできる作品です。是非、取り組んでみてください。(山﨑志野)
【録音】
(アルバム/ The Moon Songs より)
You Tube
https://youtu.be/-5fwqah-6OI?si=1j9kyymwjnFpVcSG
【楽譜】※パナムジカでお取り寄せ可能です。
https://www.musicabaltica.com/1794.html

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。
日本の合唱作品紹介
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●無伴奏混声合唱のための《二つの絵葉書/梨の木/Anonym》
作曲:鈴木輝昭
出版社:音楽之友社
価格:2,090円(税込)
声部:SATB(〈梨の木〉のみSATBB)
伴奏:無伴奏
時間:約15分50秒
判型:A4判・48頁
ISBN:9784276546646
谷川俊太郎と鈴木輝昭といえば、現在でも歌われ続ける女声合唱の金字塔『女に』(第1集・第2集・第3組曲がある)や、2010年にNコン高校の部の課題曲になった〈いのち〉など、数々の名曲があります。
今回出版された表題作も、谷川俊太郎の詩による鈴木輝昭の作品を3つ収録しています。ただし、ウィリアム I.エリオットと川村和夫が訳した英語詩に作曲した曲も収録されているという変わった特色を持っています。これまで鈴木輝昭はラテン語や英語という合唱によく歌われる言語だけでなく、古代ギリシャ語やゲール語、アイヌ語などに作曲しており、そうした経験が日本語作品の韻律にも関わっているように感じます。多くの日本人にとって英語はそこまで抵抗のある言語ではないと思います。この作品に取り組むことで、日本語の合唱曲を一歩外から眺められることに繋がるのではないでしょうか。
《二つの絵葉書》は詩『旅 1』の日本語〈旅〉と英語〈Journey〉それぞれに作曲されたもの。委嘱・初演予定はアメリカの合唱団のアジアツアーでしたが、新型コロナウイルス流行の影響で初演機会を失った作品でした。日本国内では、福島県のChoral Auroraさんが今年〈旅〉を取り上げています。
前書きにある「同じ内容の詩でも言語の違いによって全く違う音楽になる」のコンセプトで作られており、旋律や強調される単語の違いなどが時には語順を入れ替えて作曲されています。しかしながら、作曲者が「二つの楽章を繋ぐ架け橋である」と語るヴォカリーズや、両楽章に共通するソロや中間部の急な部分など、筆者には「ことばの向こう側にある世界」に通底した精神性を描いたように感じられます。
2曲合わせて約8分。コンクール自由曲としても、《二つの絵葉書》のみのワンステージとしてもちょうどいい長さの曲です。正式な全曲初演はまだのようなので、それを狙ってもよいかもしれません。
〈梨の木〉は岩国混声合唱団の第50回記念定期演奏会のために書かれた曲。日本語で歌われます。曲中に何度か印象的に繰り返されるヴォカリーズから立ち上がる、「梨の木は本当だった」から始まる詩句は人間の実存を問うています。この楽譜中、この曲のみソプラノ・アルト・テノール・バリトン・バスの混声五部合唱で描かれています。
〈Anonym〉は合唱指揮者・栗山文昭の還暦を祝う「だかあぽこんさあと」で17人の作曲家に委嘱された作品のひとつ。谷川俊太郎の元の詩『anonym 6』はことばにならない抽象的な概念を詠っていますが、英訳はそのまま直訳というよりも意訳をしつつ書かれています。作曲者もその英語詩に対して、良い意味で掴みどころのない音楽を描きます。
2002年に書かれた〈Anonym〉から2023年に書かれた《二つの絵葉書》まで、作曲者のこれまでの多言語的な活動を俯瞰するのにも興味深い1冊です。また11月にはカワイ出版から同じく谷川俊太郎の日本語詩と英語詩に作曲をした、無伴奏同声合唱のための《旅二景》が出版されます。(坂井威文)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。現在、同大学研究生。現在、大阪などで12団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。