Ikavyys 『Halavan himmean alla』より(Einojuhani Rautavaara 作曲)/ 混声合唱とピアノのための「STARS」(根岸宏輔 編曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Ikävyys 『Halavan himmeän alla』より(憂鬱『柳の木陰で』より)
作曲:Einojuhani Rautavaara (エイノユハニ・ラウタヴァーラ)
出版社:Fennica Gehrman
編成:SATB
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語
今、作曲の取材で奄美大島に来ています。1年を通じて温暖な南の島でも、風は秋めいて、朝晩は涼しくなってきました。今年の夏は厳しい暑さでしたが、季節の変わり目は秋分を境に暦通りに来て、地球の秩序を実感しています。私がフィンランドにいたのはずいぶん前ですが、秋の始まり=新学期という感覚があって、涼しくなるとなんとなく緊張感を感じます。これから来る冬に向けて、身体も準備するのでしょうか。北欧特有のこんな秋の気分を体現しているラウタヴァーラの作品、その名も「Ikävyys 憂鬱」を本日ご紹介します。
本作は、『Halavan himmeän alla 柳の木陰で』という組曲の中の1曲目で、完全5度のオスティナートと、半音/全音が織りなすメロディーが高い緊張感を持って絡み合う、神秘的な雰囲気が特徴です。ラウタヴァーラの合唱作品では、歌詞を用いたオスティナートによって、和声を変化させながら空間を作っていく書法がよく使われています。ヴォカリーズやハミングで同じ音をずっと歌うパートの上にメロディーを乗せる、またはコラールのように、全員で同じ歌詞を歌いながら、和声を変えていくスタイルの作品は、メロディーがはっきりと聞こえ、歌詞も伝わりやすいです。しかし、ラウタヴァーラのオスティナートは、むしろメロディーとは異なる時間軸で、文章の始まりや終わりをあえてずらして、ざわざわした空気感を作り出しています。
冒頭、「なんという惨めさ なんという憂鬱だろう 私の魂を囲うのは」とアルト・ベースが地響きのように、低音域で完全音程のオスティナートを歌っています。そこにメロディーはため息のように、ソプラノ・テナーが半音階でボソボソとつぶやいた後、突然1オクターブ以上の跳躍で「すべての努力は無駄であり、苦労も報われず 存在の目的が剥奪されている」と叫びます。その次のセクションでは役割が変わり、少しテンポが上がって、男声/女声によって「天や地獄を追い求めない 苦痛や空虚から逃げさせてくれ」とこの世への絶望が語られます。
その後、「友よ!最後の望みを聞いてくれないか」という歌詞で、初めて全員が同じ歌詞を同じタイミングで歌います。これまでのざわついた空気から、突如縦のラインが揃うことで、「最後の望みを」という部分がより強調して聞こえてくるのです。その望みとは、トゥオニ(フィンランドのカレヴァラに出てくる、Tuonelaという冥界の神)の小屋を作ってくれ、というもの。それまで、下行形や跳躍による短いモティーフのメロディーだったのが、「柳の木陰に私の墓を掘ってくれ 黒土で深く埋めてくれ」という歌詞になると、長いフレーズで上行形からゆっくりと下行形になり、まるで土を被せて墓に埋めるような意味合いを想像させます。「私は永遠の安息の地で眠りたいのだ」という願いを叶えるように。
そして、曲は冒頭部分と同じ音像に戻ります。「誰も私の安息の地が 薄暗い柳の木陰にあるとはわからないだろう」と完全5度のオスティナートの上に、メロディーが増2度でぶつかるように書かれ、不気味な風が頬を撫でるように、ゾッとする体感を残して、曲は終わります。諦めと希望が混じるような、割り切れない複雑な人間の内面が描かれており、非常に奥行きのある作品です。技術的には、完全音程をクリアに保つことと、半音と全音の幅を細かく調整しないと、同じ音に帰ってこられない事件が多発しますが、音程の不思議なマジックも体験できるでしょう。
私はフィンランドに長くいたことから、北欧と南島の民俗的なつながりを見出して、今は南の離島をテーマに創作活動をしています。奄美の人たちが、誰とでも親しみを持って明るく接してくれるのは、太陽の恵みや色彩豊かな自然の影響も大きいはず。そして、フィンランドの人たちが、暗く、寒くなる冬への不安や、憂鬱を感じ、死生観を深めるのも理解できます。改めて、人間は自然に生かされていることを実感するとともに、音楽を通じて、人々やその土地の文化や環境を体験できるという、素晴らしいギフトに感謝する思いです。本作は、「Laulu oravasta リスの歌」「Sydämeni laulu 我が心の歌」と続いています。機会があったら触れてみてください!(堅田優衣)
※楽譜はパナムジカで取り寄せ可能です。

【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●混声合唱とピアノのための「STARS」
作曲:根岸宏輔
作詩:田中章義
出版社:カワイ出版
定価:880円 (税込)
声部:SATB
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/20頁
時間:4分10秒
ISBN:978-4-7609-4753-9
こんにちは、佐藤拓です。
お彼岸を超えて、ようやく暑すぎた夏が終わりを迎え、ほんのわずかの期間の秋が訪れましたね。夜空を見上げると夏の大三角とカシオペアはまだ輝きつつも、冬を代表する星座であるオリオン座もうっすらと姿を現し始めています。星々の輝きは悠久の時の流れと果てしない宇宙の広さを、一時に私たちの眼に感じさせてくれます。
今回紹介する根岸宏輔さん作曲の『STARS』は、そんな星空を眺めているときに沸き上がったイマジネーションを膨らませた作品です。星々の光の何億光年にもわたる旅を人間の人生に喩え、その光の一つ一つが人間らしく手をつないだり、喧嘩をしたり、恋をしたりする…その様子を拍子の変化と和声の色彩で綾なしながら、自然な日本語の語り口の中でドラマを築き上げていきます。もとは「こどもコーラス・セレクション」の1曲として同声合唱のために書かれましたが、より壮大なスケールの音楽を企図して混声合唱版が制作されました。ソプラノのごく一部にdiv.を含みますが、基本的にシンプルな混声四部合唱となっています。
根岸さんによれば、作詩者の田中さんが自分とほぼ同年齢のころに書いたこの詩に惹かれ、若い感性で書かれた詩への特別な想いが選詩のきっかけの一つだったとのこと。是非中高生や若い世代の合唱団に歌われて欲しいとおっしゃっています。
冒頭、繊細なピアノの和音とB♭音の打刻に乗せて女声がユニゾンで歌い始めます。細やかな転調を重ねながら、4/4拍子がやがて6/8拍子の3分割系の拍子に変化していきます。[A]セクションでは変拍子が続きますが、言葉の抑揚とリズムから入るとそれが自然であることが分かるでしょう。あるいは星々の動きの目まぐるしさも表しているのかもしれません。「どんな気持ちで」の箇所で、曲全体のテーマであるE♭-D-B♭のメロディがここで現れます。
[B]~[C]は星を人間に喩えた擬人的な視点で、感情の起伏が、細かいデュナーミクとアゴーギグに映し出されます。そのまま盛り上がって[D]ではテーマ旋律がA母音によるヴォカリーズで歌われ、まるで彗星か小惑星が飛び交うようなスペクタクルを描きます。
レチタティーヴォのような[E]を経て、[F]の「誰が何のために」でテーマ旋律が折り重なり最大のクライマックスを迎えます。最後は再び2分割系の拍子(4/4、3/4など)に回帰し、穏やかで温かみのあるハーモニーの中へ声が溶け込んでいきます。音色の変化と音像の立体感に独自の感性を発揮するこの作曲家の魅力がギュッと詰まった素敵な佳品です。
10月20日に静岡県高文連が主催する高校生コーラス・フェスタ2024で、静岡県下の高校生の合同合唱でこの曲を演奏します(指揮は不肖私です)。作詩者の田中章義さんのご出身が静岡という縁もあるのですが、高校生たち百数十名の歌声でこの作品がどのように響くのか、今からとても楽しみです。

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう・たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
【公式ウェブサイト】https://contakus.com/