Vierstimmige Gesänge Hob.XXVc: 1-9 4声の歌(Joseph Haydn 作曲)/ ちょっとオシャレな女声合唱曲集「恋におちて-Fall in Love-」(松波千映子 編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Vierstimmige Gesänge Hob.XXVc: 1-9(4声の歌)

●Vierstimmige Gesänge Hob.XXVc: 1-9(4声の歌)
作曲:Joseph Haydn (ヨーゼフ・ハイドン)
出版社:Peters
編成:SATB
伴奏:ピアノ伴奏
言語:ドイツ語

ハイドンという作曲家は音楽の教科書にも必ず載っているような有名な作曲家ですが、合唱を愛好する皆さんはハイドンの合唱作品を歌ったことがあるでしょうか?「古典派」と呼ばれる時代の作品は、ベートーヴェンの交響曲第九番、モーツァルトのレクイエム、ハイドンのミサやオラトリオ天地創造など、演奏される機会が非常に多い一方で、いずれもオーケストラを伴う作品であり演奏時間も長く、小規模な合唱団が取り組むにはハードが高いかもしれません。。そんな中で今日ご紹介するハイドンの「Vierstimmige Gesänge(4声の歌) Hob.XXVc: 1-9」は、混声4部合唱とピアノで演奏できる3分程度の短い9曲です。

これらの作品はハイドン自身の言葉によると「con amore in glücklichen Stunden, ohne Bestellung​​(愛を持って、幸せな時に、注文なしに)」作曲されたそうで、まさにその言葉の通り枠に捕われず、自由に、ユーモアを持って、リラックスして書かれた作品のように思えます。ハイドンは30年近くエステルハージ家に仕え、その求めに応じて作曲をしていたわけですから「注文なしに」自分の書きたい曲を書く、ということ自体が彼にとっては特別なことだったと言えるでしょう。今回ご紹介するのは以下に列挙する混声4部のための9曲ですが、他にも3声の作品など含めて13曲が同じ時期に書かれています。

XXVc:1 Der Augenblick(瞬間)
XXVc:2 Die Harmonie in der Ehe(夫婦の調和)
XXVc:3 Alles hat seine Zeit(全てにはその時がある)
XXVc:4 Die Beredsamkeit(雄弁)
XXVc:5 Der Greis(老人)
XXVc:6 Die Warnung(警告)
XXVc:7 Wider den Übermut(傲慢さに対して)
XXVc:8 Aus dem Dankliede zu Gott(神への感謝の歌より)
XXVc:9 Abendlied zu Gott(神への夕べの歌)

タイトルを見ただけでも内容が気になってくるのではないでしょうか?全ての曲の内容は紹介しきれませんが、
「Der Augenblick(瞬間)」は以前日本のコンクールの課題曲にもなったので、歌った方もいらっしゃるかもしれません。Inbrunst(情熱)、Zärtlichkeit(やさしさ)、Sorgen(不安)といった趣の異なる言葉がシンプルなリズムで並び、それぞれをどのように表現するか悩むのがとても楽しい一曲です。
「Die Beredsamkeit(雄弁)」は、「水は(人を)静かにさせる。それは魚を見ればわかる。しかしワインは逆だ。それはテーブルを見ればわかる。諌めたり、教えようとしたり、喧嘩したり。誰も他の人の言うことなんか聞いちゃいない。」というテキストで、300年前も今と何も変わらないことを教えてくれます。音楽的にも非常に軽快でユーモアに溢れており、ドイツ語の響きとハイドンらしいコロコロと転がるような音符の動きがよくマッチしています。曲の最後は「Stumm(黙る)」という言葉で終わるのですが、なんと音が書かれておらず、代わりに「聞こえないほど静かに、口の動きだけで「Stumm」と言ったことがわかるように」という指示書きがあります。
「Der Greis(老人)」は、「私の力はなくなってしまった、老いて、弱く、頬の赤みはどこへ...」と、年老いた悲しみをユーモアを交えて嘆いていますが、最後は「調和の取れた歌が私の人生の経歴であった」と締め括られます。

全体的に音価が細かくテンポが速めなので、ドイツ語を語るのが少し大変かもしれませんが、その分ドイツ語の語感がよく感じられる、歌っても聴いてもとても楽しい作品です。ぜひ一度取り組んでみてください!(谷郁)

音源(Die Beredsamkeit):https://www.youtube.com/watch?v=l8wWbxffa8Y
楽譜:https://www.fabermusic.com/shop/9-four-part-songs-p35601
※楽譜はパナムジカで取り寄せ可能です。

谷 郁(たに かおる)

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

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ちょっとオシャレな女声合唱曲集「恋におちて-Fall in Love-」

●ちょっとオシャレな女声合唱曲集「恋におちて-Fall in Love-」
編曲:松波千映子
出版社:カワイ出版
定価:1,870円 (税込)
声部:SMA
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/48頁
ISBN:978-4-7609-4393-7

今回ご紹介するのは、松波千映子さんの編曲による「ちょっとオシャレシリーズ」の第2弾です。前作は「ウイスキーが、お好きでしょ」と題して、お酒のCMに使用された曲をJazzテイストなピアノに乗せて混声アレンジしたものでしたが、今作は、数多ある恋愛ソングの中でも、不倫や叶わぬ恋をテーマに集めたというのがまた面白い着眼点です。最近のヒットソングをあまり知らないので比較は出来ませんが、二十世紀後半のポップスでは、こうしたテーマの歌は多かったし、それらがヒットチャートの上位によく上がっていたイメージがあります。現実では許されない行為、関係性はこうした"物語"の中では特に魅力的に見えるものだ、ということもありますよね。
松波さんはこれらの曲を、第1曲はメゾから、第2~4曲はアルトのメロディーから始まるように編曲しており、ソプラノのみが主体的なメロディーパートとなるアレンジよりも多角的な表現が為されるように意図されています。

1.他人の関係
1973年にリリースされた金井克子の代表曲で、「バンバンババンバン」というスキャットと指差し確認のような振付が印象的です。1990年代には全農パールライスのCMソングとしても用いられ、金井克子自身が茶碗としゃもじを持って当時の振り付けを再現しました。2012年には一青窈がカバーし、いわゆる不倫ドラマの「昼顔」の主題歌となったためご記憶の方も多いのではないでしょうか。
松波さんの編曲ではメゾ、アルト、メゾ、ソプラノとメロディーを歌い繋いで行く1番に対し、2番は全音上に転調し、さらにスウィングの指示が加わります。ストレートに戻った後半ではmp dolceという新たな指示により、グッと惹きつけるような表現を求められます。
スキャット部分ではぜひ振りをつけながらの演奏に挑戦してほしいですね。

2.LOVE AFFAIR~秘密のデート~
1998年のドラマ「Sweet Season」の主題歌としてリリースされた、サザンオールスターズの楽曲。タイトルの「Love affair」は浮気・不倫などを意味するのだそうで、不倫相手も家族捨てられない男の心情が歌われています。
あえて前奏をなくし、アルトの第一声といういきなり聞かせどころから始まります。最初の2ページにはソプラノが出てこない(!)というのもかなり強い"狙い"を感じます。まあ、一番耳馴染みのあるサビでは結局ソプラノにメロディーが行くんですけどね(笑)

3.マンハッタン・キス
1992年、同名の映画の主題歌として書き下ろされた竹内まりやの曲。映画はニューヨークを舞台にした不倫劇で、歌詞にもそれが色濃く反映されています。
曲集中では初めてしっかりとした前奏から始まり、アルトの弱音によるメロディーから切々と歌い繋いでいきます。1番を歌った後の間奏で印象的に奏でられるサックスはピアノの右手に(即興的に)という指示と共に現れます。原曲でも転調を伴って表れる落ちサビはやはり重要な聞かせどころとなりそうです。

4.恋に落ちて-Fall in love-
1985年にリリースされた小林明子のデビューシングルで、不倫ドラマで有名な「金妻」シリーズ第3弾「金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて」の主題歌として採用されました。もともとは別の歌手のために小林が書いたものが、その歌手の引退のためにお蔵入りとなったそうです。それが偶然ドラマ関係者の耳に入り、湯川れい子に改めて作詞を依頼し、デモ用に歌った小林の声が良い、とそのまま小林自身が歌うことになったそうです。「ダイヤル回して 手を止めた」の歌詞に、まさに昭和の光景が垣間見えます。
ソプラノの皆さん、お待たせしました。曲の初めのアルト→メゾのメロディーリレーの後は、大部分でソプラノにメロディーが配されています。落ちサビの英語歌詞をどう聞かせるか、も合唱団のセンスの見せ所となりそうです。

前作「ウイスキーが、お好きでしょ」と同様にコードが併記され、ピアノパートも記譜通りでなくても構わないし、楽器を加えるなど自由にアレンジして楽しむことができます。
ポップスの語法を取り込みながら、タイトル通り「オシャレ」に合唱を楽しみたいですね。(三好草平)

三好草平(みよし そうへい)

【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。