Ben Bramの編曲 / 混声合唱とピアノのための「恋の色彩」(田畠佑一 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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先月3週間ほど日本に帰国しておりましたが、横浜でうたフェスといっしょに開催したJapan Barbershop Conventionもいろんな方々のおかげで大盛会に終わりました。まだまだ残暑厳しいなかでしょうが、今日はシャンとして気持ちのいいBen Bramの編曲を紹介したいと思います。
Ben Bramはロサンゼルスを拠点に活動するアレンジャーです。University of Southern Californiaでジャズヴォーカルと音楽ビジネスを学んだBramは在学中にSoCal VoCalsというアカペラグループに所属しておりInternational Championship of Collegiate A Cappella(ICCA)の大会でディレクター・アレンジャーとして5度入賞・優勝に導いています。
2011年にはICCAを通じて交流があったScott Hoyingといっしょに作ったグループPentatonixのアレンジャー・プロデューサーとして一世を風靡し、その後はPitch Perfectシリーズ、The Sing-Off、またGleeなどの大きな制作にかかわっています。現在はPentatonixの旧メンバーであるAvi Kaplanとともに立ち上げたA Cappella Academyで若手の育成に力をいれているようです。
今日は彼の編曲作品から私が歌ったことのある男声作品3点を紹介したいと思います。(混声作品・アカペラ作品なども多数ありますので、興味があれば下記ウェブサイトをご覧ください)
Down by the Salley Gardens
歌詞のもととなっている詩はアイルランドの詩人William Butler Yeatsによって1889年に発表されています。Yeatsは昔歌われていたフォークソングを思い出して自分の詩にしたといっています。この詩はのちにHerbert Hughesが復興したアイルランドのフォークソングのメロディーの一つに使われ今にいたっています。
優しいメロディーにバグパイプの伴奏が入ったかのような編曲は躍動感のある作品となっています。
Down By the Salley Gardens – Arranged by Ben Bram
https://www.youtube.com/watch?v=kV-CqD18dg8&t=250s
Mr. Blue Sky
70年代後半から80年代に活躍したイギリスのバンドElectric Light Orchestra(ELO)が原曲です。近年でも映画などでよく使われおり、マーベル映画のGuardians of the Galaxy Vol.2やThe Super Mario Bros内でも聞くことができます。
[参考動画] Guardians of the Galaxy 2, Mr Blue Sky, Electric Light Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=B0vkw5XK-a8
[編曲の演奏動画]
Westminster Chorus – Mr Blue Sky
https://www.youtube.com/watch?v=kIqckCHv9sg&t=1s
Bridge Over Troubled Water
おなじみのサイモンとガーファンクルの明日に架ける橋の編曲です。ソロ、カルテット、コーラスが交互にフィーチャーされており、原曲の良さにさらに深い味がついたような編曲です。
”Bridge Over Troubled Waters”-Westminster Chorus w/ the OC Times
https://www.youtube.com/watch?v=2E5EEUv5ves
最後に、一番のお気に入り編曲がPublishされておらず紹介できないのですが、下記のビデオだけでもお楽しみください。譜面をお求めの場合はいつものとおりパナムジカまでお問合せください。
Smile (a cappella)
https://www.youtube.com/watch?v=hT4hFR2bBGU
Ben Bram本人のウェブサイト
https://thebenbram.com/
【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●混声合唱とピアノのための「恋の色彩」
作曲:田畠佑一
テキスト:古今和歌集より
出版社:全音楽出版社
価格:2,200円(税込)
声部:SATB div.
伴奏:ピアノ伴奏、一部無伴奏
時間:約15分25秒
判型:全音判・68頁
ISBN:978-4-11-719542-2
こんにちは、佐藤拓です。
今回紹介するのは“新進気鋭”の枕詞がいま最もふさわしい作曲家・田畠佑一さんのデビュー作でもあり初出版作品でもある『恋の色彩』です。
2022年度の朝日作曲賞を受賞され、第2曲が昨年度の全日本合唱コンクールの課題曲に選ばれたことで、コンクールに携わる方にとってはおなじみの作品でしょう。私自身もコンクールの審査等で多くの演奏を聴くことができました。
作曲はほぼ独学という田畠さん、この作品の最初の構想は19歳の時にあったそうで、じっくりと時間をかけて完成させたということです。古今和歌集から恋にまつわる歌を29編選び出し、胸を締め付けるような苦くも哀しい恋の顛末を描いています。19歳でこれほどの苦悶を表出するとは、いったいどんな恋愛を経験されたんでしょうか・・・(笑)。
作曲者はもともとピアニストを目指していたそうで、ピアノパートには高度なテクニック、アゴーギグ、ニュアンスの変化が要求され、一部では特殊奏法も使われています。歌詞はもちろんすべて古語ですが、あえて日本的な音階や和声に頼らず、現代的な感覚の中に恋愛の機微を投影した作品です。2024年7月、湘南ユースクワイア(指揮:岩本達明、ピアノ:作曲者)によって全曲公開初演されました。
序
F#音のドローンに導かれ、「秋風に山の木の葉のうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ」の一首が訥々と、独り言つようにアカペラで歌われます。風が通り過ぎるようなヴォカリーズに溶けて、最後はC#音に収斂します。
Ⅰ -空と涙について-
6/8拍子の浮遊し続けるピアノに乗せて、"空"と"涙"にまつわる歌が次々と現れます。中間部では突如3/4拍子のアカペラとなって深いメランコリーを催しますが、やがて元の拍子に戻って「大空は恋ひしき人の形見かは」でドラマティックな頂点を見せます。最後には徐々にパートを減らしながら、諦めのまなざしで天を仰ぐように静かに消えゆきます。
Ⅱ -これは理性の届かない世界-
ベースのF#音の上にテノールの不穏な旋律が始まり、すぐにAllegro indegnato(怒ったアレグロ)に突入して♩=200以上という爆速で変拍子ゾーンとなります。恋の理不尽によって胸も頭もぐちゃぐちゃに狂わされてしまったかのよう。中間部で再び冒頭のテノールのテーマが現れ、その後ブルース風の3拍子では「hide madness」という指示があり、比較的平穏な歌に対してピアノの各所にクラスター奏法や破裂音のような唐突な高音が脈絡もなく現れます。その後再びAllegroとなり、最後はFeroce(凶暴な)でマシンガンのように言葉を放出して終わります。
Ⅲ -もっと直接的な方法で-
前曲とはうって変わってAs durの柔らかなアカペラに始まります。それまでは#系の調がほとんどだったのが、この曲では♭系の調が主体となり、転調を繰り返しながら様々なテーマが折り重なるように立ち現れます。作曲者によれば「うまくいかない恋による精神状態、脈絡のない感情的な思考」を表現しているとのこと。長い休符の後、曲頭のテーマが再現し、ここからフィナーレへと突入します。最後の二首には"春"を歌ったものが選ばれており、序の"秋"からの時の流れ、何らかの物語の転回が偲ばれます(それが始まりなのか終わりなのかはわかりませんが)。
この原稿を執筆している段階では詳細不明ですが、9月23日に開催される東京都合唱コンクール一般の部混声部門において、Combinir di Corista(指揮:松村 努 ピアノ:織田 祥代)によって混声合唱とピアノのための「狂恋の一滴 〜恋の色彩抄〜」という作品が演奏されるようです。こちらも要注目ですね。
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう・たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
【公式ウェブサイト】https://contakus.com/