Mēness vokalīzes 月のヴォカリーズ (Evija Skuķe 作曲)/ 混声合唱のための《三つの交響(KŌKYŌ)》(千原英喜 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Mēness vokalīzes(月のヴォカリーズ)
Evija Skuķe (エヴィヤ・スクッケ)

●Mēness vokalīzes(月のヴォカリーズ)
作曲:Evija Skuķe (エヴィヤ・スクッケ)
出版社:Musica Baltica
編成:SATB div. S soli, A soli, S solo
伴奏:ア・カペラ
言語:ラトビア語
時間:4分40秒

 今回は、ラトビア人作曲家のエヴィヤ・スクッケによる作品「月のヴォカリーズ」を紹介したいと思います。
 作曲家のエヴィヤは私と同世代1992年生まれで、現在作曲活動に加え、彼女の出身校でもあるラトビアの名門エミールス・ダルジンシュ音楽高校でソルフェージュを教えています。彼女の作品では、躍動とユーモア、想像性豊かなアイディアに溢れ、彼女の表現力豊かなリズムの語彙を操ります。本楽曲は、2011年に当時彼女も歌っていたユース合唱団カメールのために作曲されましたが、これは合唱団の依頼を受けたわけではなく、自らの意思で書き上げ、持ち込んだものでした。当時はまだ、ラトビア音楽院の作曲科の学部1年生だったエヴィヤは、テキストに月にまつわるラトビア民謡をいくつか組み合わせたものを用いて、音の素材としての声を多彩に操り、自身のヘビーメタルへの強い関心が随所にみられる、ユーモア溢れる作品を書き上げました。声は、「ノーマル」「喉声」「ささやき」「柔らかい声」「鼻声」「倍音唱法」とすべて合わせて6種類の指示があり、積極的にヴォイス・パーカッションのような「dff dff」「css css」などのリズムを刻むパートが登場し、ラトビアのラトガレ地方の民謡の歌い手を彷彿させる勇ましい声が登場します。
 導入には、月夜の中へと誘うかのように、バスのFの音の上でランダムに倍音を鳴らし、テノールのグリッサンドを織り交ぜた4度の動きなど、ハミングで静かに始まり、テノールは囁き声で「kkkk…」を八分でリズムを刻みながら、ソプラノとアルトが「Mēnestiņš!」(お月さま!)と3和音の響きでリズムカルに月を呼ぶます。テノールとバスがパーカッションのように伴奏を歌い、その上でソプラノとアルトは、「お月さまは夜に動きだす!」と民謡のテキストを「ノーマル」な声で軽やかに踊るように歌いだします。中間部では、伴奏に徹していたテノールとバスが「喉声」でヘビーメタルを彷彿するリズムの中で「お月さまは黄金のスカートをはき、鋭い角を持ったお月さまは夜に動き回った。」と歌いだし、それに応えるように女声のソリがラトビアのラトガレ地方の民謡の歌い手のように3和音で並行して進行する旋律を勇ましく、しかし神秘的に「AE」で歌いあげられ、そこからアルトが民謡のテキストを「喉声」で土着的に歌います。その背景ではソプラノとテノールが「鼻声」で神秘的に民謡を彷彿させる旋律をヴォカリーゼで描き、4パートでの重厚なホモフォニックな響きで「太陽の娘は黄金のほうきを腕に抱えて、サウナの中に入りました。お月さまは銀の杯で水をサウナの石にかけ、、、」と歌いあげ、息をのむような休符フェルマータの後、「星々はダイアモンドのコップでお水を運びます!」と光を解き放つように踊りのように歌われます。
 総じて作品は、民謡、メタル、クラシカルなホモフォニックな合唱が織り交ぜられており、作品の終わりは、バスによって声がうなりになるまで低音へ降りて行って終わる、など、エヴィヤ自身のユーモアに溢れた音のパレットがちりばめられています。テキストはラトビアの民謡を集めているので、ラトビアの人々にとっての月、を見ることができます。
 ヴォカリーゼというタイトルでありながら、歌詞がとても多いのですが、それすら乗り越えてしまいたくなるような音がちりばめられた作品です。
 是非、みなさんのレパートリーにいかがでしょうか。(山﨑志野)

【録音】
You Tube (アルバム/ The Moon Songs より)
https://youtu.be/5QRO8VqEJYU?si=omm-w1xbFMVIQz9J

【楽譜】
https://www.musicabaltica.com/2902.html

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

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混声合唱のための《三つの交響(KŌKYŌ)》

●混声合唱のための《三つの交響(KŌKYŌ)》
作曲:千原英喜
出版社:全音楽出版社
価格:2,420円(税込)
声部:SATB
伴奏:無伴奏
時間:約32分20秒
判型:全音判・88頁
ISBN:978-4-11-719412-8

 「千原ワールド」と呼ばれる独特の音楽世界を繰り広げる千原英喜。昨年全曲初演され、このたび出版された最新作が《三つの交響(KŌKYŌ)》です。合唱曲なのに「交響」というのは若干の違和感を覚えるタイトルですが、音の層がダイナミックに混じり響きあう、声によるシンフォニーを目指したとの言が前書きにあります。
 テキストは、作曲者が愛する北原白秋・島崎藤村・宮沢賢治の3人による近代名詩が選ばれています。この3篇を選んだ理由も前書きにあり、美文や懐かしさのためではなく「狂いたい」から、という驚愕の理由を挙げています。

Ⅰ.邪宗門秘曲
 邪宗門は江戸時代に禁教とされたキリスト教のこと。白秋の眼を通して描かれた切支丹の不思議な世界は、千原の代表作《おらしょ》とも通じるテーマ性を感じられます。
 冒頭から、有声音・無声音の入り混じった「魔睡のMISTERIOSO」を背景に、「邪宗門扉銘」が語られます(“魔睡”は「邪宗門秘曲」が収められている詩集の章題)。ソプラノ・内声・バスがそれぞれリズムの独立したメロディで盛り上がり「邪宗門」の世界は幕を開けます。
 詩の二連目に相当する部分に差しかかると南蛮船員の掛け声が大航海時代の到来を告げ、波濤を表したような激しい音楽に転じます。中間部で「麻利耶(まりや)」の語句に反応してグレゴリオ聖歌風の旋律が歌われる前後は一旦静かな雰囲気になりますが、再びの掛け声をきっかけに音楽は最高潮へと向かっていきます。オプションでカスタネットも登場し、「幻惑の南蛮船甲板上で繰り広げられる歓喜狂乱のフラメンコ」を盛り立てます。

Ⅱ.小諸なる古城のほとり
 長野県の千曲川沿いにある小諸城。美しくも切ないその情景を描いた詩に、作曲者のイメージは全世界的に膨らみます。
 タイトルの語句からムソルグスキーの《展覧会の絵》から〈古城〉のメロディが導入部に引用され、滔々と語られるテキストの裏にベドウィンの雄叫びやコンドルの鳴き声がオーヴァーラップします。途中「キャラバン」と付けられた部分ではタング・スラップやヴィブラスラップが登場し、シルクロードの異国情緒を掻き立てます。途中「小諸馬子歌」があえてヘテロフォニーを許容して歌われると、「再びのキャラバン」が戻ってきます。一度めの「キャラバン」との違いは、馬子歌の鈴と掛け声が追加されているところです。
 筆者は大阪音大時代に千原先生の管弦楽法の授業を履修したのですが、その期末試験はボロディンの《中央アジアの草原にて》のスコアの読み解きでした。2種類のメロディが中間で交錯・交歓し、後半は演奏する楽器群が入れ替わるという名曲です。筆者の想像ですが、この曲の底にはそのイメージが流れているように思います。

Ⅲ.春と修羅
 千原英喜と宮沢賢治といえば、これまでにも《雨ニモマケズ》や《わたくしという現象は》といった曲があるが、そうした賢治×千原ワールドの決定版といった趣きの作品。原詩以外に賢治作品の特徴である多彩なオノマトペが登場し、「1922年4月10日にタイムスリップしよう」との言葉が前書きにあります(余談だが、この日付は「春と修羅」ではなく詩集で次に収められている「春光呪詛」の日付のはず)。
 「ZYPRESSEN(西洋糸杉)」の語句から作曲者はゴッホの絵画の世界を想像します(また余談だが、千原は自身のピアノ曲集にゴッホと同じ《星月夜》という題を付けている)。終結部はゴッホの筆使いを意識した激しい筆致で、「fffff」まで到達します。
YouTubeにはパナソニック合唱団による初演の演奏動画が公開されています。出版されたバージョンとはすこしの異同があり、聴き比べるのもまた一興です。(坂井威文)

https://youtube.com/playlist?list=PLXHuCUmhlQerLhZoT3mYHH1L2KpLGSj-p&si=O3WF1cXllCYpEBBO

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。現在、同大学研究生。現在、大阪などで12団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。