Ululurations 嘆く声(Žibuoklė Martinaitytė 作曲)/ 「笑顔で歌おうプロジェクト」(カワイ出版 出版社)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Ululurations(嘆く声)

●Ululurations(嘆く声)
作曲:Žibuoklė Martinaitytė (ジブオクレ・マルティナイティーテ)
出版社:Fenica Gehrman
声部:SSSSAAAATTTTBBBB
伴奏:ア・カペラ
言語:なし
時間:12分

 今年のラトビアの冬は暖冬か、例年なら最高気温も氷点下という冬ですが、今年は最低気温もプラス。雪もまだ数えるほどしか降らず、少し物足りない今日この頃です。
 
今回は、以前も紹介したリトアニア人作曲家、ジブオクレ・マルティナイティーテのアカペラ作品を紹介します。マルティナイティーテはリトアニア生まれで、現在はニューヨーク在住です。今回の紹介する作品は、11月にリリースされたラトヴィア放送合唱団の演奏によるマルティナイティーテの合唱作品アルバム「Aletheia」に含まれている作品です。(以前紹介した作品アレテイアも録音されています。)このアルバムには4作品録音されていますが、全作品において歌詞を用いられておらず、母音と子音の自由な組み合わせたもの、擬似擬音的な発音を用いて書かれています。そこから表現される音は、アンデルス・ヒルボリの作品をも連想させるものの、マルティナイティーテは特徴的なモティーフの繰り返しを用いながら、瞑想的なミニマリズムの要素も含みます。しかし、それは心地の良さ、にとどまらない感情を生み出します。

 「Ululations」(嘆く声)作品は、は舌を素早く動かしながら「Ulululu…」と、短2度をグリッサンドをかけて下降する一声から始まり、それがこだまし合うかのように声部が加わって行きます。マルティナイティーテは古代から世界中で人々が悲しみや喜びを表現するために使われてきた「吠える」という動作を、哀悼の儀式的表現として捉えて作品で表現しています。自身は楽譜のキャプションに、作品について、森の中で夜中に鳴くフクロウと、戦死した家族や愛する人を失い悲しみに暮れる女性が大声で嘆いている想像から発展している、と記しています。女声によって嘆きのジェスチャーである下降短二度「ulululu….」が複数に歌われ、男声は逆に上向短3度の繰り返しに基づいて反抗するように力強い表現で現れます。これらのモティーフは何度も繰り返され、瞑想的な空間を生み出し、クライマックスへと向かうます。クライマックスでは全体が大音量で「a—o」の発音でトゥッテイで不協和音を奏で、そこからうねるように女声と男声のモティーフが融合していきます。

 作品の録音は、複数の音楽サービスからアクセスができるので、是非聴いてみてください。(山﨑志野)

【録音】
(アルバム/ Aletheiaより)
https://x.gd/XAtL9

【楽譜】※パナムジカで取り寄せ可能です。
https://fennicagehrman.fi/zibuokle-martinaityte-ululations-for-mixed-choir/

山﨑 志野(やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

「笑顔で歌おうプロジェクト」

●「笑顔で歌おうプロジェクト」
出版社:カワイ出版

 あけましておめでとうございます。今年も本連載をよろしくお願いいたします。今回ご紹介させていただくのは、「笑顔で歌おうプロジェクト」のために書かれた20人の作曲家による22作品! 新年ということで福袋を意識してみました。
 「笑顔で歌おうプロジェクト」は2023年10月に始まったカワイ出版の創立50周年を記念した新作の公開とその演奏動画を募集した企画。楽譜はカワイ出版のウェブサイトで無料ダウンロードができました。当初は2024年2月末までのイベントでしたが、能登半島地震の発生を受けて、2011年の東日本大震災に同社が行なった「歌おうNIPPON」プロジェクトを再度立ちあげたのに伴い、ほとんどの作品はそちらでも引き続き公開されました(2024年3月〜9月末)。そんな作品群が昨年12月にピース譜として一挙に発売されました。
 以下、作曲者のあいうえお順に紹介します。

相澤直人:「明日(あした)」無伴奏混声合唱曲
価格:550円(税込)
時間:約2分30秒
判型:A4判/8頁
ISBN:978-4-7609-4765-2
 童話作家である新美南吉の名詩に、divisionなしの混声合唱が付けられた作品です。中間部は主調のG-Durから半音低いFis-Durに転調しますが、作曲者によると「♯6つの輝きが明日への希望を彩る」という意味だそうです。

浅子勝也:「雲の息子」混声合唱曲
価格:880円(税込)
時間:約4分30秒
判型:A4判/20頁
ISBN:978-4-7609-4766-9
 ピアニストとしても活躍する作曲者の美しいピアノパートが際立つ1曲。擬人化の名手である工藤直子の「雲の息子」が海を目指すという詩と、カワイ出版のこれまでの軌跡とこれからの旅路を重ねたというドラマチックな構成です。

アベタカヒロ:「名前」女声(同声)二部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分10秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4767-6
 元小学校教諭である高丸もと子の平易な詩に合わせたシンプルな二部合唱曲(一部div.あり)。夕日のなかで名前を呼ぶという情景と内面的な心象の対比が効いています。作曲者による高丸もと子の詩への付曲はこれで2作目。1作目である同声三部合唱曲「晴れた日に」は、カワイ出版から「こどもコーラス・コレクション−シニア−」として出版されていますので、そちらと組み合わせて選曲してもおもしろそうです。

石若雅弥:「私たちがここに」女声(同声)二部/混声三部合唱曲
価格:770円(税込)
時間:Ver.1:約4分20秒/Ver.2:約3分10秒
判型:A4判/16頁
ISBN:978-4-7609-4768-3
 こちらの連載でも2024年1月14日号で紹介した同作曲者の《歌は歌に》と同じく、混声三部としても歌えるし、男声パートを省略した同声二部としても歌える編成の曲です。さらに本作はテンポがゆったりめのVer.1とすこし速めのVer.2の2つのピアノパートが併記されており、さまざまな組み合わせを可能性に入れると1冊で6パターンの演奏が可能な作品。銀色夏生の詩に合わせて曲が1番、2番と繰り返されたあと、エンディングへ向かう流れはカタルシスがあります。

片山 柊:「雨、雨の日」女声合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約4分40秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4769-0
 作曲者のおそらく初めての合唱作品。4年前に自宅で雨を眺めていた際に着想を得たそうです。普段はピアニストとしても活動されており、雨だれを表す前半のピアノパートの美しさにはドキリとさせられます。詩は八木重吉の短詩を2つ組み合わせて作られています。ちなみに(男声)合唱人におなじみの多田武彦〈雨〉とは別の詩です。

北川 昇:「明日(あす)」無伴奏混声合唱曲
価格:660円(税込)
時間:4分50秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4770-6
 先日惜しまれつつ世を去った谷川俊太郎の詩に作曲。冒頭に掲載されている詩を見るとかなり文量があるように感じましたが、推進力のある筆運びで音楽が前に進められるので歌いごたえはバツグン。繰り返し歌われる明日への希望が、作曲者が前書きに記す通りほど良い距離感・温度感で寄り添ってくれる作品です。

瑞慶覧尚子:「雨どーい(あみどーい)」無伴奏混声合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分00秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4771-3
 作曲者が得意とする沖縄を題材にしたわらべ歌の編曲もの…かと思いきや! 2ページ目からは「Jazzy medium tempo」の指定があり、そこからスキャットとともに元の素材がかなり自由に展開されていきます。ヴォーカルアンサンブルや海外の合唱団などにも歌われる可能性を感じる1作。

田中達也:「消印」混声合唱曲
田中達也:「消印」同声三部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分40秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4772-0 / 978-4-7609-4773-7
 「ふとしたことからよみがえる記憶や時間を越えて人々へ受け継がれる想い」や「そこから見えてくるいくつもの美しい風景」を作曲者が感じたという、まるで短編小説のような美しい詩に優しい旋律がうまくマッチしています。作詩者である峯澤典子も詩の世界が音楽によって広がったことを発信しています。

土田豊貴:「Cantate Domino」無伴奏混声合唱曲
価格:550円(税込)
時間:約2分20秒
判型:A4判/8頁
ISBN:978-4-7609-4774-4
 詩篇第98番「主に向かって歌え」をテキストにしたラテン語の小品です。ファンファーレのような祝祭的な響きと2度のぶつかりが特徴的です。作曲者が前書きに印通り、教会のような残響時間の長い場所で聞いてみたい作品。

なかにしあかね:「大好きなあなたへ」二部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約5分30秒(繰り返し無し:約3分30秒)
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4775-1
 作曲者自身によるテキストは、「あなた」との来し方を振り返りつつ語りかけるような言葉遣いで「ありがとう」の気持ちを伝えます。メロディもユニゾンが主体でかなり取り組みやすい1曲。卒業や卒団などの場面のレパートリーにオススメです。

西下航平:「旅」混声合唱曲
価格:770円(税込)
時間:約3分40秒
判型:A4判/16頁
ISBN:978-4-7609-4776-8
 南方戦線で散ることになる森川義信が1935年に書いた、病床から旅への憧憬を書いた詩と新型コロナで翻弄されたこの数年が重なったという1曲。題材は重そうに思えますが、軽やかなピアノパートに引き出されるように歌われるふわりとした手触りのメインテーマが不思議と心に残ります。

根岸宏輔:「星に祈りを」混声合唱曲
価格:770円(税込)
時間:約4分30秒
判型:A4判/16頁
ISBN:978-4-7609-4777-5
 6/8拍子に乗せて紡がれるメロディは、タイトルから連想されるようにまるでディズニー映画のよう。障害を抱えながら生きる詩人・大越桂の壮大なスケールの世界観が響きます。

信長貴富:「いっしょに うたおう」同声二部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分30秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4778-2
 絵本作家の石津ちひろによる、歌がうまく歌えないとモジモジしている子とお手本を見せてあげる子の2人の登場人物の掛け合いが、そのまま合唱曲になりました。新しい人を歓迎するシチュエーションやコンサートのオープニングにもぴったりな1曲。

松下 耕:「Sanctus in F」無伴奏混声六部合唱曲
価格:600円(税込)
時間:約2分40秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4779-9
 作曲者のアトリエがある八ヶ岳山麓の自然の空気感をラテン語の典礼文のテキストで表現したという1曲。要求される音域が広いほか、かなり技術を試されるソプラノ(もしくはメゾソプラノ)ソロなどもあり、腕に覚えのある合唱団に取り組んでほしい作品。

松下倫士:「すき」同声二部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分50秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4780-5
 谷川俊太郎がいろいろな「すき」について書いたひらがな詩を、吹奏楽作品が多い作曲者は曲調を変化させつつ表現します。大人が歌うにはすこし気恥ずかしい内容ですが、童心に返って歌ってみるのもおもしろいかもしれませんね。

松波千映子:「こんにちは あした」女声二部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約4分30秒
判型:A4判/12頁
ISBN: 978-4-7609-4781-2
 児童詩を書く内田麟太郎の詩に作曲。「わたしはきぼうにさようならをいわない」の一行とそれに付けられたメロディにグッと心を掴まれる1曲。

松本 望:「心よ」無伴奏女声合唱曲
松本 望:「心よ」無伴奏男声三部合唱曲
価格:550円(税込)
時間:約2分30秒
判型:A4判/8頁
ISBN:978-4-7609-4782-9 / 978-4-7609-4783-6
 八木重吉の同題の詩2つを組み合わせて作られた作品。「励ましの歌を」のリクエストに対して、ゆっくり寄り添うかたちでの「励まし」を想定されて作られました。出版譜にはありませんが、作曲者自身によるピアノ伴奏が付けられた演奏がYouTubeにあります(合唱はなにわコラリアーズ)。

三宅悠太:「にじ」混声三部合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分10秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4784-3
 流れるような8/12拍子で描かれるまど・みちおの「にじ」の世界。作曲者は笑顔の源泉になるのはなにかを考えてこの詩に行きあたったそうです。短いなかにも起承転結のはっきりしたドラマ性があります。

名田綾子:「花」女声合唱曲
価格:660円(税込)
時間:約3分10秒
判型:A4判/12頁
ISBN: 978-4-7609-4785-0
 詩人の池井昌樹が花に感じた素朴な感情を詩にしたものに作曲。花の美しさと中間部で見せる感情的な部分との対比が見事な筆致で描かれます。

山下祐加:「地図」混声合唱曲
価格:770円(税込)
時間:約3分10秒
判型:A4判/16頁
ISBN:978-4-7609-4786-7
 高階杞一の詩は「地図が旅へと誘う」という大意のものですが、作曲者はこの「地図」を「楽譜」に見立てて作曲しました。そう思って詩を読むとまさにぴったりくるような気がしてくるのが不思議です。これからも「地図」は僕たち合唱人を見知らぬ土地へ導いてくれるのでしょう。
 50周年のお祝いということで明るい作品ばかりかと思っていたら、過去を振り返り未来を見据える本格的な歌いごたえのある作品ばかりで驚きました。また、「歌おうNIPPON」プロジェクトにも応用されたように辛いときやさみしい時にも寄り添える作品も多く、このプロジェクトからのアラカルトで1ステージを構成しても印象深いものとなることでしょう。
 今年こそは「笑顔で歌おう」ができる一年であることを願っています。(坂井威文)

坂井威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井威文(さかい たかふみ)
1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。現在、同大学研究生。現在、大阪などで12団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。