Drei Sechsstimmige Chöre op.39 3つの6声の合唱曲(Max Reger 作曲)/ 混声合唱とピアノのための「新しい住みか」(大崎清夏 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Drei Sechsstimmige Chöre op.39(3つの6声の合唱曲)
作曲: Max Reger (マックス・レーガース)
出版社:Universal Edition
編成:SAATBB
伴奏:無伴奏
言語:ドイツ語
今回はドイツロマン派の巨匠、Max Reger(マックス・レーガー)本名Johann Baptist Joseph Maximilian Reger(ヨハン・バプティスト・ヨーゼフ・マクシミリアン・レーガー)の作品をご紹介します。レーガーについては2020年にEs waren zwei Königskinder(二人の王の子らがおりました)という作品をご紹介したことがあるので覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
レーガーは1873年3月19日生まれで、同時代を生きた作曲家としては、同年生まれのラフマニノフ、一つ年下のシェーンベルク、二つ年下のラヴェルらがいます。没年は1916年で、ロマン派から近代といわれる時代への以降が1920年ごろであることを考えると、まさに後期ロマン派の作曲家と呼ぶことができるでしょう。ロマン派は調性音楽が極限まで発展した時代といわれていますが、レーガー作品の魅力もまさに、調性のなかで目一杯羽を広げた和声展開ではないかと私は思っています。
前回ご紹介したEs waren zwei Königskinderは、素朴な民謡の旋律を損なうことなく独特な和声で彩った大変魅力的な作品で、レーガーはそういった編曲の分野でも高く評価された作曲家だったのですが、今回ご紹介する作品39はオリジナル作品です。
G.Falke(ファルケ)の詩によるSchweigen(沈黙), A.H.Plinke(プリンケ)の詩によるAbendlied(夕べの歌), N.Lenau(レナウ)の詩によるFrühlingsblick(春のまなざし)という三篇から構成され、いずれも自然の美しさや静けさ、そしてそこから生まれる小さな心の動きを描いたやわらかく美しい音楽なのですが、それらを彩るレーガーらしい精緻な和声ゆえに演奏難易度は決して低くありません。大雑把な言い方になってしまいますが、レーガーの合唱作品には非常に高い頻度で八分音符が使われており、旋律の裏で動き続ける八分音符が音の色彩を常に変えていきます。私は留学中によくレーガー作品のアルトパートを歌っていたのですが、八部音符があまりに連続的かつ臨時記号の入り乱れる複雑な進行を続けるために、自分が今どこを歌っているのか、なんの音を歌っているのかよくわからなくなるほどでした。しかし八分音符単位で和声が変わり続けることによる浮遊感がこの三曲のやわらかさや神秘的な美しさを表現していることは間違いなく、難しいながらも取り組みがいのある作品だと感じています。
本作はタイトルにある通り混声6声(S, A1, A2, T, B1, B2)で書かれているのですが、その6声が時に旋律と和声という役割に分かれ、時に女声合唱と男声合唱の掛け合いとなり、また時に対等な6パートとしてポリフォニックに絡み合い、様々な表情を楽しめる作品でもあります。
ドイツロマン派の音楽がお好きな方は、ぜひ一度レーガーの作品に取り組んでみてください!(谷郁)
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https://panamusica.co.jp/ja/product/1531/
【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。
日本の合唱作品紹介
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●混声合唱とピアノのための「新しい住みか」
作曲:大崎清夏
作詩:森山至貴
出版社:音楽之友社
定価:1,870円 (税込)
声部:SATB div.
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/40頁
ISBN:9784276545588
この組曲は札幌で活動する混声合唱団のリトルスピリッツにより委嘱され、2019年3月のリトルスピリッツ 4th Concertにて第3曲の「炊飯器」が先行して初演されました。その翌年に"森山至貴作品個展Vol.1"を開催し全曲初演をする予定でしたが、新型コロナウィルスの影響によって延期。それから4年の時を隔てた2024年3月の5th Concert森山至貴作品個展Vol.1にて、全曲が初演されました。組曲が書きあがってから5年、演奏会へ向けた練習でほぼ音楽的な完成をみていた状態から4年ものあいだ時間をおいて初演されることになったのは、あまり類を見ないことだと思います。初演の指揮を務めた北田悠馬さんに終演後のロビーでお話を伺った際「振り返ると、一度作り上げたものを寝かせ、熟成し、再構成する時間があったのは結果としてよかった」と述懐していました。状況としてはかなり特殊な、しかし、幸せな初演になったと言えると思います。
森山さんが個展で初演する作品を書くにあたり、書店でふと手に取ったのが大崎清夏さんの詩集『新しい住みか』でした。組曲の第3曲におかれている「炊飯器」の詩を読んだときに「ここに書かれているのは私だ」と感じたといいます。
日常を感じさせる大崎さんの詩は、多くの人にとって共感をしやすく、森山さんのアプローチもまた、演奏者がそれぞれ自身を投影しやすい作品として仕上がっています。
タイトルこそ"混声合唱とピアノのための"と記されていますが、"混声合唱とピアノ、語りのための"と表記するのが自然と思えるほど語りが重要な位置を占めます。初演でも合唱団で語りを担当した男女2名ずつがステージの最初から最後まで前に出て演奏をしていました。"語りと歌の相互浸透の中で立ち上がる豊かな声の表現"を目指した作品は、合唱の表現の幅を無理なく広げ、言葉をよりストレートに伝えてくれます。
1.月光
この曲と、第4曲の「気球」は、大崎さんが海外の詩祭に参加し、様々な国籍や文化を持つ詩人たちと過ごしたときの出来事がモチーフになっています。
ピアノでも合唱でもなく語りによる"まず簡単な あいさつを学ぶ"という第一声からからこの組曲が始まります。合唱そのものも自然な語り口でフレーズを継いでいくのは、森山さんのスタイルの1つですが、語りパートとの掛け合によってより効果を発揮しているように感じます。
曲の最後にドビュッシーの「月の光」がほんの一節引用されるのも森山さんらしさですね。
2.うまれかわる
大崎さんが渋谷区に住んでいた頃に、リサイクルセンターに行った時の思い出を元に書かれた詩です。
組曲中で唯一語りを使用せずに作曲されています。さまざまな物とそこに染み込んだ情念とをまとめて捨てることで身軽になる様が、ピアノの軽妙なリズムにのって歌われます。
3.炊飯器
大崎さんが東日本大震災のドキュメンタリー番組で見た親子の面影がこの詩の「あなた」と「わたし」の中にいるのだと言います。
森山さんの曲は、詩を繰り返したり、順番を入れ替えたり、省略したりすることが少ないように感じます。詩をその形のまま、改行や連の句切れなども大切にし、音楽と言葉が自然に寄り添っているのです。
それ故に、合唱と語りとが同じ長いフレーズをそれぞれに語る部分に、森山さんがこの詩で伝えたかったことへのフォーカスが当てられていると感じます。この曲におかれたそれは、ある種の「赦し」であり「安堵」であると思うのです。
4.気球
"詩人がその想いを文字として発露することへの恐怖や躊躇"のようなものを感じるこの詩に、森山さんはこれまでの曲における合唱と語り手のとの掛け合い方とは少し違う方法を提示しています。
第1曲で引用された「月の光」が再び現れ、ふと聞き手の目線を上へと向かせたのち、語り手による第一声ではじまったこの組曲が、最後には言葉ではなく長いハミングで結ばれる、というのがとても印象的です。
作曲者による巻頭言は多くの楽譜に採用され、私達が演奏をする際の大きなヒントとなってくれますが、この楽譜ではさらに詩の作者である大崎さんのコメントが巻末に記されています。音楽之友社の「立ち読み」機能でどちらも読むことが出来ますのでまずは是非ご一読ください
https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=545580
初演の映像がYouTubeに公開されていますのでぜひご覧ください
https://youtube.com/playlist?list=PLWURoPh0FdvIUoIDWV5NmnYtSQkOiqZp1&si=jhURl-HViAtJMJXc
※出版に際し語りは男女1名ずつでできるように改訂されています
(三好草平)
【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。