編曲者 Dr. Dan Wesslerと彼の作品 / 芭蕉の俳句によるプロジェクション(湯浅譲二 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
--------------------------------
アメリカでは7月4日に独立記念日をお祝いしましたが、私はバーバーショップの大会でオハイオ州のクリーブランドにいっておりました。以前にもバーバーショップを取り上げたことがあるのですが、今年も私はバーバーショップ熱におかされているので以前とは別の編曲者Dr. Dan Wesslerと彼の作品を紹介したいと思います。
Dr. Dan Wesslerはイリノイ州生まれ、Bradley Universityで音楽教育の学士を、Western Illinois Universityで合唱指揮の修士を、University of Colorado Boulderで合唱指揮の博程を修めています。現在はカリフォルニア州ロングビーチに住み、Concordia Universityで教鞭をとりつつ私も所属しているバーバーショップコーラスThe Westminster Chorusの音楽監督として活躍しています。Dr. Wesslerは2018年のバーバーショップカルテットチャンピオン・After Hoursのベースでもあり、コンテスト審査員の資格を持ち、またバーバーショップの編曲者としては数多くの作品が近年の国際大会でも演奏されています。
Butter Outta Cream
レオナルド・デカプリオとトム・ハンクスが主演した映画「Catch Me If You Can」(2002年)をベースとした同名のミュージカルの一曲です。パイロットになり経済的に成功した息子が両親のことを心配する中、努力して成功したこの時を十分に楽しむように息子を説得する父親との会話を描いた曲です。DanがAfter Hoursのために編曲した曲で2017年の国際大会で披露されました。難易度はかなり高いですが、難しさを全く感じさせないパフォーマンスを行いました。
After Hours – Butter Outta Cream [from Catch Me If You Can]
https://www.youtube.com/watch?v=fmE5dsP7z_k
Rainbow Connection
映画「The Muppet Movie」(1979年)でカエルの人形がバンジョーで弾き語りをして大ヒットした曲のバーバーショップ版です。ピノキオで歌われる「When You Wish Upon a Star」に影響をうけていると作曲者・作詞者がいっている通り、希望がこもった心温まる曲です。バーバーショップらしい拍子にとらわれないバラード調で始まり、中盤からはバンジョーのリズムが表現され、終盤には盛り上がりその後落ち着いたタグがあります。曲想がころころかわり楽しく演奏でき、聞くほうも飽きない編曲です。
The Timberliners・Rainbow Connection
https://www.youtube.com/watch?v=gf4x4dQbmfQ
オリジナルの動画
https://www.youtube.com/watch?v=fEnC5gwNAN0
Tonight/Something’s Coming Medley
みなさまご存じのWest Side Storyから有名な2曲のメドレーです。典型的な1曲が終わってそのあとに2曲目を演奏するようなメドレーではなく、2曲がうまい具合に入り乱れている工夫にとんだ編曲です。
Space City Sound – Tonight/Something’s Coming
https://www.youtube.com/watch?v=wR3x8br2Gss
最後に少し宣伝にもなるのですが、来月横浜のみなとみらいで日本はじめてのバーバーショップコンテストが開かれます。その大会の審査員としてDr. Dan Wesslerも来日します。コンテストは観客としてみることもできますので、ぜひとも遊びにきてください。
(市川恭道)
Japan Barbershop Convention 2024 website
https://utafes2024.singbarbershop.jp/
おまけ
Dr. Dan Wesslerが指揮をしたWestminster Chorusが国際大会で優勝したのでその動画をのせておきます。
Westminster Chorus・Always Starting Over [from If/Then]
https://www.youtube.com/watch?v=IuWz8kg__F4

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●芭蕉の俳句によるプロジェクション
作曲:湯浅譲二
出版社:全音楽譜出版社
価格:1,650円(税込)
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏、一部ビブラフォン
判型:全音判・32頁
ISBN:ISBN978-4-11-718852-3
こんにちは。佐藤拓です。
NHK交響楽団によって優れた管弦楽作品に対して贈られる「尾高賞」という国内随一の音楽賞がありますが、2024年は湯浅譲二作曲の『哀歌(エレジィ)』が受賞されました。亡き妻への想いを込めて2008年にマンドリンオーケストラのために書いた同名の作品を通常のオーケストラで演奏される楽器のために編曲したもので、オリジナルではない作品が受賞するのは稀なことでした。1929年生まれの湯浅氏は初演当時94歳、尾高賞は5度目の受賞となり同賞受賞の最高齢記録を更新し大きなニュースとなったのは記憶に新しいですね。
名実ともに日本の現代音楽界を牽引し、その地平を切り開いてきた湯浅氏ですが、合唱の分野においても従来の伝統的声楽技法や合唱書法にとらわれないかなりラディカルな作品群を生み出しています。今回紹介する『芭蕉の俳句によるプロジェクション』は今からちょうど50年前の1974年に初演された無伴奏混声合唱曲(一部ビブラフォン付き)で、湯浅氏の「ことば」と「おと」への深い追及とその鮮烈なソノリティによって、湯浅氏の音楽のエッセンスの詰まった作品です。
前書きの中で湯浅氏はこのように語っています。
「言葉の担っている歴史的、文化的な重み、つまり、日本人の感性や論理の殆どすべてを支えている日本語、(中略)こうした意味での日本語を、しかも現代語ではなく、いわば<源>としての言葉を、発音という行為を通しながら、そこに必然的に内包されている音楽性の問題を考える必要があった。つまり、日本語の発音、発声、音楽的身振り、などを、僕たちのもっている西欧と、日本の二つの伝統の中で、考える必要があった。」
芭蕉の俳句における発音、発声そのものの中にある文化的、民族的な身振りを通して、湯浅氏自身の世界観を世界に投企する(projest)ことを目指した挑戦的な作品です。能の謡いのような、子音と母音の緩やかな推移を伴う独特な歌い方を様々な表記法を駆使して表し、グリッサンドやビブラート、点描、唸り、緊密な和音がちりばめられています。
私は高校生の時にこの曲の抜粋をWorld Youth Choir(世界青少年合唱団)の日本公演で目のあたりにし、その作曲世界の宇宙的な広がりと、世界中から集まった歌手が自分の気づいていない日本語の奥深さを体現していることに驚愕しました。
10曲からなり、うち2曲にビブラフォンがつきます。
1、野ざらしを
風の音のような女声の高音の軋みに始まり、謡曲の発声と発音を極限まで引き延ばしたプロローグ
2、いのちふたつの
男声合唱による謡曲、あるいは声明的ヘテロフォニー
3、夜ル竊ニ
無声子音を強調した点描によって月影の虫のうごめきを映す
4、海くれて
女声合唱の弱音のヘテロフォニーが霞のような淡い色合いを生み出す
5、山も庭も
男声による弱吟、強吟の朗々とした謡いに、天から打ち付けるような女声の対比
6、あかあかと
広音域の和音の積み重ねによって冷え冷えとした秋の空気を吹かせる
7、月はやし
緊密な不協和音のロングトーンとキツツキのような同音連打
8、枯朶に
赤外線写真のように、という指示。ビブラフォンとカ行のことばの点描と残響
9、冬の日や
男声のファルセットとビブラフォンが重なり人の声ならざる梵鐘のような響き
10、旅に病んで
ダイナミックなハーモニーと宇宙的なアドリブ、最後には「かけめぐる」のカノンの螺旋
今年95歳となる湯浅氏ですが、8月には合唱作品の個展が予定され、そこでこの『芭蕉の俳句によるプロジェクション』が演奏される予定だそうです。(指揮:西川竜太、混声合唱団「空」・女声合唱団「暁」・男声合唱団クール・ゼフィール、悪原至(ビブラフォン))全曲の実演は珍しいと思いますのでこの機会にぜひ。
https://www.gettiis.jp/event/detail/100395/J30953

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう・たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
【公式ウェブサイト】https://contakus.com/