Klusas dziesmas 静寂の歌(Peteris Vasks 作曲)/ 混声合唱・男声合唱のためのカンタータ《土の歌》(佐藤眞 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Klusās dziesmas(静寂の歌)

●Klusās dziesmas(静寂の歌)
作曲: Pēteris Vasks (ペーテリス・ヴァスクス)
出版社:Schott Music
編成:SATB
伴奏:無伴奏
言語:ラトビア語
時間:10分

 現在のラトビアは白夜。陽がなかなか沈まないので、コンサートの開演時間は20時、時に21時などと遅く、人々は長い一日をめいっぱい楽しむかのよう。1年分の太陽を浴びるように、子どもたちも夜遅くまで外で遊んでいます。ラトビアにいると、年間を通して、日照時間が劇的に変化します。とても長く、寒く、暗い冬を生き抜いた先に春がやってくる、そんなサイクルの中で暮らすと、年々、太陽への憧れは増していきます。
 今日は世界で最も有名なラトビアの作曲家の一人、ペーテリス・ヴァスクスの作品を紹介します。「静寂の歌」は4つのアカペラの小品からなる作品集で、ヴァスクスはまだラトビアがソビエト連邦の占領下であった1979年に1曲目「Nosāpi pārsāpi (傷つき、痛みを越える)」を作曲し、残りの3曲「Dusi dusi(ねむれ、ねむれ)」、「Trīs meži(三つの森)」そして「Paldies tev vēlā saule(ありがとう、沈みゆく太陽よ)」は後に作曲され、独立を迎えた1992年に4曲すべてが初演されました。ラトビアのソビエト連邦に占領されてきた当時が自然の描写から映し出す詩を、ヴァスクスによってシンプルなテクスチャと柔らかいダイナミクスと共にコラールのように、4作品全てが統一してホモフォニックに書かれています。歌詞は、Knuts Skujenieks(クヌッツ・スクイェニエクス)とLeons Briedis(レオンス・ブリエディス)の詩で書かれており、どちらも反ソビエト活動を理由に国や教育機関から追放された過去を持つ詩人でした。当時の詩人たちはソ連占領下の自由の最大の代弁者でもありましたが、当時の詩の自由な言葉は、厳しい監獄の独房に閉じ込められ、詩人たちは比喩や暗示を使ってしかメッセージを表現できませんでした。この曲集に扱われる詩の言葉は、緑のハンカチーフ、夕陽の太陽、黒い馬、森が扉を叩く、あたたかな母のような太陽などの言葉があり、そこから生と死の境界が垣間見えてきます。悲哀を彷彿させながらも、どこかに一筋の希望の光、あたたかな愛を感じさせる音で折り重ねられており、ヴァスクス自身は「この静寂の歌は夜更けの光に照らされています。」とコメントしています。
 ヴァスクスは、この小品集はまだ開かれたものであり、まだ他の歌を作曲するかもしれない、とOndineのCD「Plainascapes」に掲載されているインタビューで話しています。また、小品全ての歌を一度に歌わないといけない理由はない、ともコメントしています。
4声部で書かれており、各曲それぞれがコンパクトなサイズで、ラトビアならではの詩の質感や、ヴァスクスの音に触れたい、という団体にはぴったりな作品かもしれません。是非取り組んでみてはいかがでしょうか。

また、この作品は7月27日(土)にコンサート「麦穂の祈り」京都復活教会にてEnsemble Musicus(アンサンブル・ムジクス)と、そして8月10日(土)には「II Dusi dusi」をコンサート「RĪTAUSMA」東京のタワーホール船堀小ホールにてKoris Krāsas(合唱団クラ―サス)と演奏する予定です。京都では、祈りの文脈での「静寂の歌」を、そして、東京では夕べの光という文脈での「静寂の歌」をお楽しみいただけます。お近くの方はぜひ聴きにいらしてください。(山﨑志野)

[コンサート情報]
7月27日(土)「麦穂の祈り」
https://www.facebook.com/share/p/N2GUxQW75faSgzME/

8月10日(土)ラトビア音楽の夕べ vol.2 “RĪTAUSMA”(夜明け)
https://www.confetti-web.com/events/776

[録音] (アルバム/ Plainscapes)
Spotify: https://x.gd/fZTVw
Apple music: https://x.gd/KAqi5

山﨑 志野(やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野(やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

混声合唱のためのカンタータ《土の歌》
男声合唱のためのカンタータ《土の歌》

●混声合唱/男声合唱のためのカンタータ《土の歌》
作曲:佐藤眞
出版社:カワイ出版
価格:2,200円/2,310円(税込)
声部:SATB/TTBB
伴奏:ピアノ伴奏
時間:約24分
判型:A4判・80頁
ISBN:978-4-7609-1265-0/978-4-7609-1848-5

 戦後日本の芸術文化を振興に資することを目的に、1946年から現在まで毎年秋に行なわれている芸術の祭典、文化庁芸術祭。その歴史のなかで数々の合唱曲を産み出してきた時代があった。その参加作品リストを見ると、当時よく歌われたり現在でも一定の評価があったりといった合唱曲が多い。さらに、芸術祭への参加を機に合唱曲を書き、その後も合唱界の担い手となっていった作曲家が多いことでも、芸術祭の意義を感じることができる。佐藤眞と《土の歌》もその芸術祭の影響を受けている。
 芸術祭合唱曲コンクールの初回が開催された1961年、佐藤はニッポン放送からの委嘱で《蔵王》を書いた。入賞とはならなかったもののこれが人気作となった佐藤のもとに、日本ビクターから翌年の芸術祭に参加する作品の依頼が舞い込んできた。
 作品を応募できるのは放送局のみだった芸術祭にビクターが名乗りを挙げたいきさつは不明だが、当時のビクターはNHK交響楽団・東京混声合唱団・大木惇夫と専属契約を結んでおり役者は揃っている状態だった。
 その時、佐藤は東京藝大専攻科に在学する24歳。第30回日本音楽コンクール作曲部門で《交響曲第1番》が第一位と特別作曲賞を受賞するなど勢いのある若手作曲家だった。1962年の歌会始のお題からテーマは「土」に決まり、せっかくの機会にと大編成で挑戦的な作品を構想していた佐藤だったが、当時67歳の詩人・大木惇夫の書き下ろした詩がそうした音楽にそぐわない“古さ”だったためにその構想を断念し古典的な音楽に留まっている。しかし、却ってそれが普遍性のある作品を産む結果となった。
 その年に録音されるはずだった《土の歌》だったが、N響の客演指揮者だった小澤征爾へのボイコット(いわゆる「N響事件」)の余波を受け一時お蔵入りになる。1967年に岩城宏之の指揮による録音(SJV-1514)でようやく音として陽の目を見ることになる。(1964年LP発売という佐藤の発言もあるがおそらく誤り。またLPジャケットに第22回芸術祭参加という記載があるが参加作品としては確認できない)
 1970年代から移調とピアノ伴奏へのリダクションをしたアマチュアでも歌いやすい楽譜が普及し始め、一時期は東京音楽社・音楽之友社・カワイ出版の3社から同時に出版されていたこともある。1983年にカワイ出版から「改訂新版」が出され、その版を元に新たに管弦楽の編成を三管から二管に減らしたオーケストラ伴奏版が1986年に完成する。(初演版の編成を四管とする情報もあるが佐藤の発言では三管)その後も合唱譜への改訂はたびたびあり、「2000年改訂版」と男声合唱版の誕生をきっかけとした「2009年改訂版」がある。以上が複雑極まりない《土の歌》にまつわる「バカせまい史」である。誤りがあればぜひお知らせいただきたい。
第一楽章〈農夫と土〉
 詩人はまず土と関わりの深い農夫を描くことから始めた。クリスチャンであった大木の「種を撒く」は聖書のことばとも共鳴しているかもしれない。
第二楽章〈祖国の土〉
 マーチで奏でられる祖国愛。何度かの転調を経てイ長調に回帰する。
第三楽章〈死の灰〉
 広島生まれの詩人の絶望が反映された楽章。半音階の動きが不安をかき立てる。
第四楽章〈もぐらもち〉
 うってかわって諧謔的(スケルツォ)な楽章。「死の灰」を恐れる人間をもぐらの目線から嘲笑する。
第五楽章〈天地の怒り〉
 「地震雷火事……」ではないが、あらゆる災害が人間に襲いかかってくるもっとも激しい楽章。
第六楽章〈地上の祈り〉
 前楽章に対して、人間の祈りを優しく描いた楽章。中間部のハミングによるコラールは終結部において楽器で再現される。次楽章の前奏と並んでピアノ版とオーケストラ版の違いを堪能できる部分である。
第七楽章〈大地讃頌〉
 言わずと知れた合唱曲の名曲だが、佐藤によるとこの曲は「結論」のようなものであってここに至る「過程」を知って歌ってほしいという希望があるという。まさに壮大なフィナーレを飾る楽章である。
 今回この曲を取り上げたのは、筆者の住む関西で同じ時期にオーケストラ版《土の歌》を取り上げる演奏会が連続しているからという理由もある。オーケストラ版での男声合唱・混声合唱の聴き比べはまたとない機会になるだろう。

【関連演奏会】
7月7日(日)「男声合唱と管弦楽の調べ~JOINT CONCERT in OSAKA~」(枚方市総合文化芸術センター 本館 関西医大 大ホール)
7月10日(水)「大阪フィルハーモニー交響楽団 神戸特別演奏会」(神戸国際会館)
【参考文献】
戸ノ下達也/横山琢哉編『日本の合唱史』2011年、青弓社
「教育音楽」編『クラス合唱名曲秘話——楽譜に書ききれなかったこと』2023年、音楽之友社
音源各種ブックレット・ジャケット

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。現在、同大学研究生。現在、大阪などで12団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。