A Poison Tree 毒の木(Laura Sippola 作曲)/ 混声合唱のための「三節」(夏田昌和 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●A Poison Tree(毒の木)
作曲:Laura Sippola(ラウラ・シッポラ)
出版社:Sulasol
編成:SSATBB
伴奏:無伴奏
言語:英語
時間:4分

木は古来から、聖なる存在として世界の様々な地域で信仰の対象となってきました。人よりも遥かに長い間生き、一つの場所で繁栄できるのはとてつもないパワーですよね。聖書においても、人間や動物を生かす命そのもの、また霊的な命の象徴として木がたくさん出てきます。旧約聖書の創世記では、食べてはならない知識の木から、蛇にそそのかされたエバ(イヴ)とアダムが善悪の実を食べたことから、人間に罪が入ったと記されています。また新約聖書のマタイの福音書では、「良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます」と書かれており、人としての本質を神様は尋ねているように感じるのです。本日ご紹介する「A Poison Tree 毒の木」は、ウィリアム・ブレイク(1757-1827)が聖書で書かれる木を象徴的に用いて、人間の罪を描き出した詩を、ポップスやジャズのような軽快なスタイルで音楽にしている作品です。

8分の6拍子の心地よいグルーヴに乗って、テナーが主にメロディーを歌う本作。歌詞の内容とサウンドのミスマッチが「何か気になる」魅力的な点です。冒頭”dyndyn…”とベースがリズムを刻み、女声がため息のような”aa”と和声を動かしていく役割で進んでいきます。

 友達に腹がたっても
 怒りはやがておさまる
 だが敵に腹がたつと
 怒りは決しておさまらない

と全体に低音域で、静かな怒りが表現されます。リズムは一旦凪となり、テナーのメロディ以外全員が、aaと和声の微かな変化で主人公の心のうちを描写しているようです。

 朝夕入念に涙で水をやり
 ほくそ笑みと欺瞞で怒りを暖めれば
 怒りは日ごとに大きくなり
 やがて見事なりんごの実がなる

と聖書を思い起こさせるストーリー展開になっていきます。大切に育てているこの木は、どんな実になるのでしょうか・・・次第に女声も歌詞を呟くようになり、音の輪郭がはっきりしていきます。クレッシェンドの後、sub.p(急に小さく)になった先は、

 敵は輝くりんごを見ると
 それが私のものだと知って
 夜の帳が下りるのを待ち
 私の庭に盗み入ったが
 憎い敵は夜明けとともに
 りんごの木の下でのびているのだ

敵も敵ですが、主人公も相当怖い!!というところで、主人公が高笑いをしているように、fffで再び”朝夕入念に涙で水をやり”というテキストに乗せて、初めてtuttiで歌詞をリズミカルに歌います。作曲者のシニカルなアイディアが人間の誰しも持っている、妬みや憎しみが表出しているようで、おどろおどろしく言われるよりも背筋が凍ります。そして最後は、その毒の木が、敵のみならず本人に対して一体どういう影響を及ぼすでしょうか?という投げかけ、解釈は演奏者に託されるように静かにtuttiで「poison tree」と言って終わります。

作曲者のLaura Sippola(1974-)は、フィンランドのピアニスト、シンガーソングライターで、フリーランスとして現在もヘルシンキを中心に活動しています。シベリウスアカデミーで学び、2017年に博士号を取得しました。フォークやブルース、ジャズやポップスなど幅広いジャンルで創作活動をしています。

ポップスのスタイルで、普遍的な問いを音楽にしている本作は、Noema Noesis10周年コンサート「ARCHE -根源」名古屋公演で演奏します。前半は木をテーマにとした北欧の作品を取り上げており、教会音楽もあれば、民謡もあり、様々なサウンドが楽しめるはずです。お近くの方はぜひ聴きにいらしてください!会場でお待ちしております。(堅田優衣)

堅田優衣(かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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混声合唱のための「三節」

●混声合唱のための「三節」
作曲:夏田昌和
出版社:マザーアース
税込価格:2,090円
編成:SSATBB
伴奏:ピアノ(フルート)
時間:14分
判型:A4
ISBN:979-0-65002-606-2
収録曲:そうらん節,黒田節,八木節

こんにちは。佐藤拓です。
本日紹介するのは夏田昌和さん作曲の日本民謡編曲集・混声合唱のための「三節(さんぶし)」です。
夏田昌和さんは1968年生まれ、東京芸大作曲科を経てパリ国立高等音楽院で学び。出光音楽賞(1992年)や芥川作曲賞(2002年)をはじめ、現代音楽の作曲と指揮の両分野で活躍されています。器楽作品が作品表のほとんどを占めていますが、声楽アンサンブルVox humanaの委嘱による「ノヴァーリスの詩によるコラール - 12声部のための」(2006年)、「りんごへの固執」(2019年)といった高度な演奏技術を要する合唱作品も書かれています。
上記の略歴だけを見ると演奏至難な作品ばかりだと想像されるかもしれませんが、実はアマチュア合唱団の委嘱に応えて書かれた作品もあります。今回紹介するこの曲も横浜市青葉区のシニアコーラス団体「混声♪青葉」(指導:酒井沃子)の委嘱で2011年に作曲され、作曲家自身の指揮で初演されました。「~節」と呼ばれるよく知られた民謡を3曲取り上げていますが、いずれもD音からの上昇音型を共有しており、陽-陰-陽の旋法の配置、Andante-Adagietto-Allegroという中庸~緩~急のテンポ変化などに趣向が凝らされ、さながら民謡による幻想組曲的な構成をもっています。
合唱パートはユニゾンやカノン、オスティナートの効果的な使用によって、ソルフェージュ的には優しいながらも効果的な音響空間を表出できるように書かれています。フルートとピアノを伴いますが、フルートがない場合のためのピアノのossia譜も添えられており、ピアノと合唱のみでも演奏可能です。(でも、フルートが入っていた方が一層華やかで祝祭的であることは間違いありません!)

1、 そうらん節
アカペラによる力強い”ヤーレンソーラン”の掛け声で勇壮に幕開け、男声の手拍子と掛け声に合わせて女声が旋律を展開させます。2番は女声の掛け声と男声のメロディーがそれぞれカノン、特徴的な半音下降のゼクエンツをもつ中間部を経て、3番は男声のハミングによるオスティナートで穏やかな雰囲気。4番は再びホモフォニーに回帰して力強いユニゾンで終止します。

2、 黒田節
やはりアカペラによるユニゾンで開始。ピアノの伴奏パターンは3音の下降音型パターンを八分→三連符→十六分と徐々に音価を短くしながら展開していきます。合唱はカノンを基調とした変奏で、特に3番は夜桜の散り際を連想させるような幻想的なシーン。中間部に現れるピアノと男声の半音上昇→下降のハーモニーが一瞬のクライマックスを形成します。弱音のヴォカリーズに収束してアタッカで次の楽章へ。

3、 八木節
一転、ユニゾンを基調とした快活な盆踊り唄に。“チャカポコチャカポコ”というオノマトペは樽をバチで叩くときの口唱歌(しょうが)で、明朗でユーモラスな音空間を生み出します。中間部ではポリフォニックな絡み合いが生まれ、特に2倍の音価に引き延ばされたアルトの対旋律の主張が際立ちます。
最後は再びユニゾンとなり威勢のいい“ヤァ!“;の掛け声で締めくくります。
(佐藤拓)

佐藤拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。(公式ウェブサイト https://contakus.com/