Solfeggio(Arvo Pärt 作曲)・Nonsence Madrigals(György Ligeti 作曲)/ 混声三部合唱とピアノのための「五つのソネット」(田中達也 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Arvo Pärt: Solfeggio
アルヴォ・ペルト:ソルフェージュ

György Ligeti: The Alphabet (Noncence Madrigals)
ジョルジュ・リゲティ:アルファベット(ナンセンス・マドリガルズより)

2月に配信されたコーラス・スクエアにて、Rihm(リーム)作曲のMit geschlossenem Mund(口を閉じて)という作品をご紹介しました。この作品は全てハミングで演奏される"歌詞がない"作品なのですが、今回はまた少し違った方向から、いわゆる"歌詞"を持たない作品をふたつご紹介します。

合唱作品や声楽作品の多くは先に詩があり、作曲家がその詩から着想を得て音を付けたものです。言葉自体がもつ響き、アクセント、リズム、そして詩の内容や背景、そこに込められた肌触りのようなものをどのように表現しようかと、作曲される方は考えるのではないでしょうか。
器楽作品を分類するときに標題音楽と絶対音楽という言葉を使うことがあります。標題音楽とは、情景、物語、絵画などの”音楽以外のもの”を表現する音楽で、絶対音楽は音楽以外の要素を含まない絶対的な音楽を指します。合唱を含む声楽作品は歌詞がある時点で必然的に音楽以外の要素が含まれるのですが、歌詞を持たない作品、例えばハミングで歌われたり、ヴォカリーゼで歌われるものは絶対音楽的であると言うこともできるでしょう。
今回ご紹介する二作品はその中間に位置するような作品です。

ペルトの「ソルフェージュ」の歌詞は「do re mi fa so la si」のみ。ハ長調で書かれており、do(ド)と歌う時にはC(ハ)の音を、re(レ)と歌う時にはD(ニ)の音を歌います。音は全てロングトーンで歌われ、テンポの変化もなく非常にシンプルな構造の曲ですが、それらの音が混声4部の様々な音高で歌われることにより非常に美しい音響効果が得られます。この作品の場合はdo re mi fa so la siをそのまま歌詞として歌ってしまおうという、あまりに当たり前であるが故に奇抜なアイデアがあり、それがそのまま音楽になっているという点でいわゆる"歌詞"をもつ作品とは一線を画しているように思います。

リゲティの「アルファベット」はご想像の通り「ABC..XYZ」が歌詞となっており、ペルトと同じくロングトーンによる音の重なりが軸となっているのですが、ハ長調の7音のみが現れる「ソルフェージュ」と比べると音のぶつかりは複雑で、またアルファベットの発音そのものが持つ性格から想起されたと思われるアクセントや強弱の変化がppppからffffまでの振り幅で激しく表現されています。つまり、ABCというアルファベットの羅列でありながら、上で述べた「言葉自体が持つ響き、アクセント、リズム」といったものは豊かに表現されているわけです。これは果たして"歌詞がある音楽"、それとも"歌詞がない音楽"というのでしょうか?

ポップスの世界では、先にメロディーが生まれ、そこに当てはまるように歌詞が書かれることも多いといいます。結果として「歌詞のついた音楽」を聞いていたとしても、歌詞とメロディーどちらが先にあったかというのは、音楽の存在の仕方としては非常に大きな違いなのではないでしょうか。
歌詞と音の関わり方に注目して音楽を捉えてみるとおもしろそうですね!(谷郁)

Pärt: Solfeggio:  https://www.universaledition.com/en/Works/Solfeggio/P0034113
Ligeti: Nonsence Madrigals:  https://www.schott-music.com/en/nonsense-madrigals-noc38405.html

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

谷 郁 (たに かおる)

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

日本の合唱作品紹介

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混声三部合唱とピアノのための「五つのソネット」

●混声三部合唱とピアノのための「五つのソネット」
作曲:田中達也

作詩:谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
定価:1,870円 (税込)
声部:SAB
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/44頁
ISBN:978-4-7609-4241-1

混声三部という形態は、いわゆる「クラス合唱」とよばれる教育現場用の作品を中心に広がってきました。それらの作品は音域はもちろんのこと、跳躍や臨時記号の用い方、伴奏の難易度など様々な制限の中で工夫して書かれています。大人が「おいしい」と感じる旋律は、中学校の現場では「難しい」と捉えられることも少なくありません。歌詞もストレートに友情を歌うものが多く、大人が歌うと時によって気恥ずかしさを覚えることもあるかもしれません。
私は予てより「大人の合唱団が楽しめる混声三部合唱」がもっと多く作曲されると良い、と思っていました。東京医科歯科大学混声合唱団を指導するようになって数年、30回の記念定期演奏会を迎えるあたりこれはちょうど良い機会だと思い、田中達也さんへそうした主旨のもと委嘱したのが今回ご紹介する混声三部合唱とピアノのための『五つのソネット』です。
そもそも委嘱はその性質上、音楽的・金銭的に体力のある大合唱団によって行われがちで、少人数の、ましてや混声三部を選択したくなるほどバランスの悪い合唱団ではなかなか機会がないと思います。決して大所帯ではなく、男女バランスも偏りのある大学合唱団で委嘱する機会を与えられたのなら、同じ悩みを抱える合唱団が、じっくり向き合うに相応しいと感じてもらえるような作品を世に送り出したかったのです。
テキストに選ばれたのは谷川俊太郎さんが20~21歳の時に書いたソネットをまとめた詩集「六十二のソネット」からの5編で、初演をする大学生たちと年齢的に重なることと、混声三部という定型がはっきりした編成と、ソネットという定型詩のスタイルとが音楽的に合うのでは、と田中さんが考えたためです。

1.木陰
詩集「六十二のソネット」の中でも第1編に置かれているこの詩は「とまれ(ともあれ)」という言葉から始まります。詩人の見ている世界の果てしなさと向き合いながら、その広大なものから音を掬い取ろうと向き合った、と作曲者が初演に寄せた言葉の中にありました。8小節の前奏中に二度も与えられる”laissez vibrer(鳴らしたままに)”に、「とまれ」の前段に広がる世界を垣間見ることができるような気がします。

2.広がり
組曲中で最も明確に連ごとに音楽が展開するように書かれています。特にそれはピアノパートにおいて顕著で、複合三分形式で書かれたはっきりしたピアノの変化に牽引されながら、合唱が朗々と歌い上げていきます。

3.知られぬ者
前2曲の美しく流麗な旋律から打って変わって、5拍子にストレートに乗せられた言葉が強く迫ります。印象的なG.P.につづいて雰囲気をガラリと変えながらも、どこか不安定な5拍子は貫かれ、やがてそれはaccel.を伴い切迫しながら曲を閉じていきます。

4.私が歌うと
原題は無題で、冒頭の1行をタイトルとしています。スイングするワルツで書かれた曲は、とても軽やかに思ますが、ところどころに現れる鋭い言葉がそこに楔を打っていきます。詩人が親しみ、紡ぎ出すはずの言葉を指して「−私はかれらの骸を売る」と表現する結部では、歌はスイングをやめ、その強い言葉をユニゾンで訴えかけてくるのです。

5.今日
終曲らしい美しさ、安心感のある曲です。女声のユニゾンによる第一声から始まった組曲の終曲が、男声の美しいパートソロで始まるあたりに作曲者の各パートへの愛情、配慮を感じます。「とまれ喜びが今日に住む」と歌い出した組曲が「今日が小さな喪に捧げられる日まで」と結ぶ構成の見事さに感心します。

出版に際し改訂が入り、第4曲以外には男声にオプションのdiv.が付され、ハーモニーの厚さが増しています。
もちろん三声のみでの演奏も可能ですので、合唱団の状況に応じてうまく選択していただくと良いでしょう。

初演のものなので、楽譜とは一部違いがありますが、YouTubeに音源が上がっていますので、よかったらお聞きください。(三好草平)

https://youtube.com/playlist?list=PLL4-SKkt_5ig3NhviiyeNFRuaMEO8Ir7S&si=1h-nAhPpPFNOZh0F

三好草平(みよし そうへい)

【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。