Fatamorgana 蜃気楼(Pēteris Plakidis 作曲)/ 混声合唱組曲《筑後川》(團伊玖磨 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Fatamorgana(蜃気楼)
作曲:Pēteris Plakidis (ペーテリス・プラキディス)
出版社:Musica Baltica
声部:SSSSSATTBBB
言語:ラトビア語
伴奏:無伴奏
時間:6分

 この頃のリガは、夜の20時になっても外は明るく、待ちに待った春の訪れを感じます。
今回はラトビア人作曲家のペーテリス・プラキディス(1947~2017)のFata morgānaを紹介します。プラキディスの合唱音楽の分野における彼の貢献は大きく、彼の合唱作品の多くはラトビアで定期的に演奏されています。2021年にはシグヴァルズ・クリャーヴァ指揮でラトヴィア放送合唱団演奏の「Eternity(またはMūžība)」と題されたプラキディスの合唱作品の完全版CDがリリースされており、今回紹介するFatamorganaも録音されています。
 この作品は1980年にラトヴィア放送合唱団のために委嘱された作品で、3つの小品からなる小さな組曲です。詩は、極端とも思えるコントラストを特徴とした詩に基づいており、詩人のRainis(ライニス)自身が元々設定していたものに、プラキディスが作曲しています。
 一曲目の「Tuksnešu kartos putekļos」(灼熱の砂漠の砂塵の中で)、バスによって低音域で「灼熱の砂漠の砂塵の中で、突然情景は現れる」と歌い始めます。この旋律はこの作品中に複数、その都度に表情を変えながら登場します。それに対し、ソプラノは甘い幻想の光を見るかのように「a」のヴォカリーゼで歌われ、アルトが艶やかに北の空に突然現れる青白い視界、亜麻色の髪の少年について語ります。再びバスの冒頭の旋律が再び登場すると、突然に不安定さから解放されたかのようにテノールとバスによるFisの三和音が豊かになり響くなかで「愛する兄弟たちはもう争わない」と歌い、下降して締めくくられていた冒頭のバスの旋律は上昇して余韻を残すかのように一曲目は終わります。
二曲目の「Kas kaitēja man dziedāt」(歌うのにふさわしい場所は他にあるか?)は、女声編成で書かれており、ダンスのように遊び心のある喜びが、民謡のテキストで続きます。詩人のライニス自身も民謡の詩を二曲目に設定をしています。 冒頭で歌われる第一ソプラノの旋律を短2度の和音で重ねられたものがカノンで歌われます。その上で第一ソプラノが「太陽は辺り一面を照らし、銀色の粒を降り注ぐのだ」と軽やかにそしてのびやかに歌います。
 三曲目「Meža vīriņš」(森の小人)は、森の男、恵まれた森の中で自由に生きる詩的なおとぎ話の精神、そして想像力の中で広がるモスグリーンの色合いが広がります。二曲目から連続してソプラノたちの「a」で歌われるざわめきの延長から始まり、「メルドリ草の椅子、キノコの枕でもてなします。そして、あなたの喉の渇きを癒します」といざなわれるように歌われ、ソプラノが1曲目のように軽快な旋律を「e」で駆け回ります。ゆったりと移行していくテノールとバスの和音のなかで、「ケシの花のシーツ、ガラスのようなトンボの羽でそよ風を吹かせます」と、ライニスの印象的な詩は、プラキディスにより再び解き放たれ、自由に重ねらています。
 ソビエト連邦からの独立の機運の高まり始めた1980年のラトビア、描かれた作品の情景から、当時の緊張や不安定さ、そして同時に理想の世界への憧れの反映が見えてくるようです。 
 この作品は2024年5月5日(日)に豊田市コンサートホール(愛知県)で開催される名古屋ユースクワイアのコンサートで演奏されます。是非、会場でお立ち会いください。(山﨑志野)

録音: (アルバム/ Eternity/ Mūžība)
https://x.gd/DOg23

楽譜
https://www.musicabaltica.com/753.html

山﨑 志野(やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野(やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

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混声合唱組曲《筑後川》

●混声合唱組曲《筑後川》
作曲:團伊玖磨
出版社:カワイ出版
価格:1,870円(税込)
声部:SATB
伴奏:ピアノ伴奏
時間:約19分
判型:A4判・56頁
ISBN:978-4-7609-1001-4

 クラシック音楽業界の慣習として、作曲家の生没年を基準に生誕⚪︎年・没後⚪︎年を記念した作曲家特集が組まれるというものがあります。近年で印象に残っているのは、2020年のベートーヴェン生誕250年でしょうか。各地で「第九」を中心としたプログラムが予定されていましたが、ご存じのとおり新型コロナで中止が相次ぎました。
 この「記念年」ですが、なにも外国の作曲家だけでなく、もちろん日本の作曲家もその対象です。西洋に比べると歴史が浅い日本のクラシック音楽ですが、ようやく100年級の作曲家の名前が挙がるようになってきました。そう、今年は團伊玖磨の生誕100年なのです(他に大中恩も)。今回は團の合唱における代表作である《筑後川》を紹介します。
 團伊玖磨は1924年4月7日、東京に生まれました。系図を遡ると、祖父の團琢磨は福岡藩士の家に生まれ、岩倉使節団の一員として渡米して帰国後は三井三池炭鉱の発展に尽力するなど、もともと九州にゆかりのある一族でした。
 伊玖磨は東京音楽学校(現・東京藝術大学)に進学するも、学徒出陣で軍楽隊へと駆り出されました。終戦後に復学し、《花の街》(1947年)や《ぞうさん》(1949年)、オペラ《夕鶴》(1951年)などの作品を世に送り出していきます。
 1968年の年明け、福岡の久留米音協合唱団が創立5周年を記念して自分たちのための合唱曲を制作したいと計画しました。この合唱団が練習の本拠地にしていたのが石橋文化センター。この「石橋」とは施設を寄付した石橋正二郎の名前を冠したもので、石橋正二郎は三井三池炭鉱で使う地下足袋の考案などで現在までつながるタイヤメーカー「ブリヂストン」を創業した人物です(ちなみに「ブリヂストン」の社名は「石(ストーン)」と「橋(ブリッジ)」を入れ替えて付けられた)。
 正二郎の息子・幹一郎と團伊玖磨の妹・朗子が結婚していた縁もあり、記念合唱曲を作る白羽の矢は團伊玖磨に立ちました。詩は地元・久留米の詩人かつ医師で、それまでにもいくつか團とのコンビで曲を制作した丸山豊の書き下ろしです。丸山も従軍経験があり、ビルマ戦線で綴った戦記『月白の道』には「戦争から帰ったら、筑後川を水源から河口まで気ままに下ってみたい」と戦友に語る場面があるそうです。
 同年の5,6月ごろ、筑後川に浮かんだ小舟のうえで新しい合唱曲の構想が話し合われました。主題は久留米の母なる川・筑後川ということが決まり、團の頭のなかには1回きりの演奏で終わる記念曲ではなくいつまでも歌い継がれる曲を作りたいという思いがありました。「大いなる愛の川」と副題が付けられた詩は初夏に完成したものの、それまでなかったという現代詩による合唱や、團にとって初の合唱組曲ということもあり、筆は容易に進みませんでした。10月に予定されていた初演は2度延期され、その年の暮れも押し迫った12月20日に初演されました。楽譜の一部が届いたのが演奏会の17日前、最終版の楽譜が揃ったのは実に初演の3日前だったといいます。
 初演の翌年には楽譜が出版され、現在までに20万部を超すベストセラーに。これまでに團自身の手による管弦楽版(1976年)、髙嶋みどり編曲の2台ピアノ版(1989年)、時松康敏編曲の吹奏楽版(1991年)も作られています。また、團と久留米音協合唱団はその後も《海上の道》(1974年)、《大阿蘇》(1978年)、《玄海》(1984年)、《筑後風土記》(1989年)といった連作を制作していきます。

〈みなかみ〉
 筑後川の水源は阿蘇の田の原川に求められる。無伴奏で歌い出される「いまうまれたばかりの川」のモティーフは、この曲最後の「未知のくにぐにへの」と終曲冒頭のピアノで再現される。
〈ダムにて〉
 歌詩にある「非情のダム」とは、うきは市にある夜明ダムのことである。ダム建設中の1953年に大雨による決壊があり、その2日後に團は久留米で被害を直接目の当たりにしている(昭和28年西日本水害)。かつて筑紫次郎と言われた暴れ川の筑後川は、やさしさのなかに秘めた猛々しさイメージとして團のなかへ受け継がれている。
〈銀の魚〉
 「銀の魚」の正体は、エツ(斉魚、鱭魚)という。日本では筑後川でしか獲れない幻の魚。團は構想中に久留米の城島でこれを食し、その味をエッセイ『パイプのけむり』に書いている。詩人はこの詩に男女の綾を織り込んでいる。初演時にはアンコールとしてこの曲が演奏されるなど、作曲者自身はこの曲が一番好きだったようである。
〈川の祭〉
 筑後川流域の河童伝説として、壇ノ浦の戦いで没落した平家を祀るため建立された水天宮に生前の悪行のせいで祀ることを許されなかった平清盛の霊が怒って河童に変わったというものがある。その伝説と、水天宮奉納花火として始まり350年以上の歴史を持つ筑後川花火大会の風景が融合された曲。河童の数をどんどん増やすというのは團のアイデアによるものらしい。
〈河口〉
 詩は当初「河口夕映」の題であったが、河口はゴールではなくまた新たな始まりとして有明海から東シナ海で長江の水と出逢う、という壮大なイメージを持っていた團が「夕映」の二字の削除を求めた。團のことばを借りると「どんなに壮大に歌われても壮大すぎるということはない」。曲中に出てくる「白い工場の群れ」はブリヂストン久留米工場のことであり、この組曲は当時ブリヂストン社長だった義弟の「筑後なる石橋幹一郎に」捧げられている(楽譜冒頭)。
 「人の命は滅びるが作品は何百年も歌われ生き続ける」……團伊玖磨のことばです。そのことば通り、生誕100年となる今年は各地で《筑後川》が演奏されます。筆者が観測した範囲での演奏会を以下に紹介します。(坂井威文)

【関連演奏会】
5月4日(土祝)「團伊玖磨生誕100年記念コンサート」(紀尾井ホール):オーケストラ版
5月11日(土)「神戸市混声合唱団 合唱コンクール課題曲コンサート2024」(神戸文化ホール大ホール)
5月18日(土)「片野秀俊指揮による第10回記念アミーチ・デル・カント≒146」(江東公会堂ティアラこうとう大ホール):2台ピアノ版
7月15日(月祝)「JOINT CONCERT 愛の川」(クレオ大阪中央):大阪府合唱連盟大学部会に所属する8団による合同
8月11日(日祝)「歌のホリゾント2024 作曲家シリーズⅡ生誕100年の巨人たち 團伊玖磨&大中 恩」(住友生命いずみホール)

【参考文献】
『筑後川——合唱組曲「筑後川」とともに辿る』1998年、カワイ出版
中野政則『團さんの夢』2003年、出窓社
中野政則『筑後川よ、永遠なれ——團伊玖磨記念「筑後川」流域コンサート、二十年の軌跡』2018年、出窓社

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務めたのち、大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻を優秀賞を得て卒業。同大学院音楽学研究室修了。現在、同大学研究生。現在、大阪などで12団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。