Savel 旋律(Toivo Kuula 作曲)/ 二部合唱のためのソング集「人よ、うたを思い出せ」(信長貴富 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Savel(旋律)
作曲:Toivo Kuula(トイヴォ・クーラ)
出版社:Fennica Gehrman
声部:SATB div.
言語:フィンランド語
伴奏:無伴奏
時間:3分
今年も桜が咲き、少しずつ温かくなりました。日本の春は美しいですね!フィンランドにいた頃は、イースターやスプリングコンサートで合唱の本番がたくさんある時期で、5月1日のVappu (メーデー)を待ち侘びていたことを思い出します。音楽と記憶は脳内で深いつながりがあるそうで、作品と季節もなんとなく結びついているような気がします。春の生命力に満ちた、湧き上がるような喜びを歌ったトイヴォ・クーラの「Savel 旋律」を本日はご紹介します。
タイトルの「Savel」ですが、直訳すると「旋律、メロディー、音」など、和音を伴っていない単音、または音の連なりを意味します。フィンランドの作品は、どちらかというと和声的なアイディアを用いて、どのように空間を響かせるかに重きを置いている場合が多いです。本作は、タイトル通り、美しいメロディーが様々な変化を見せ、情景を描写していく構成になっています。
「遠く、輝く地の旋律」という歌詞で始まる冒頭は、ppによって、本当に遠くから朧げに聞こえる旋律のように女声が歌い出します。そこにテノール、ベースと加わっていき、最低音に到達すると、「喜びの声を上げよう」と上行+クレッシェンドで力がみなぎっていき、決然と「立ち向かうのだ」と言い切ります。
すると一転、テノールが不安げに歌い出します。クーラ特有のフーガの始まりです。クーラの合唱曲は、中間部にフーガが入っているものが多く見られます。作品の雰囲気によってモティーフは様々ですが、本作のフーガは短いモティーフで軽く、現れては消える、という儚さが特徴です。
Soios sieluun, joss’ on tuska ankee 陰鬱な痛みを抱えた魂に響け
niin kuin paivan sadesade lankee 降り注ぐ昼光の雨のように
フーガに使われているテキストの語尾に注目していただきたいのですが、「ankee 陰鬱な」「lankee 降り注ぐ」という単語が韻を踏んでおり、「ankee」はため息を、「lankee」は雨を彷彿とさせる下行形が使われています。さらに面白いのは、各パートの3分の2がメロディーを歌い、残りの人はankee, lankeeの語尾のみに参加、かつ上行形の音階で次のメロディーに橋渡しする役割を担っている点です。物理的に人数が減るので軽く聞こえるのですが、人数が減ったことによる心もとなさが自然に出ること、また下行→上行を全員で歌うことで、痛みを抱えながらなんとか立ち上がろうとしている瞬間が印象的に聞こえます。その後、ソプラノ・アルト・テノールが「sadesade」と雨粒のようにパラパラと降ってくるような描写をする下で、ベースがモティーフを歌い始めます。「荒れ果てた大地で消えゆく 命ある日を一瞬でも照らしてください」という切実な願いが、パートを増やしながら天に向かって歌われるように、tuttiでffを迎えます。
そして、「いつも灰色の日々を過ごし、疲れて立ち上がれない人へ」というテキストが、フーガのモティーフによって歌われます。モノフォニーでフーガよりもテンポを落とすことにより、それまでの軽く粒だった音像から、疲れ切ってもう動けないという表現へと変化しています。そこから一瞬の男声合唱で、「死の陰の地から解き放たれ」と大地から聞こえ、「喜びの声を上げよう、立ち向かうのだ」と再起するようにパートが重なっていき、光の方に意識を向けながら最高音の調和されたハーモニーで曲を閉じます。
季節が移ろうように、感情や感覚の波が繊細に、かつドラマティックに描かれるすてきな作品です。本作は、5月5日(日)に豊田市コンサートホールにて、名古屋ユースクワイアと演奏する予定です。今年は、ラトビアから山﨑志野さんも指揮者として登場します。多彩なプログラムですので、お近くの方はぜひ聴きに来てください!(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
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●二部合唱のためのソング集「人よ、うたを思い出せ」
作曲:信長貴富
作詩:栗原寛、覚和歌子、いずみ凛、宮本益光
出版社:音楽之友社
定価:1,870円 (税込)
声部:2部合唱
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/40頁
ISBN:9784276584068
こんにちは。佐藤拓です。
ここ数年の顕著なブームでしょうか、ピアノ付きの「二部合唱」作品がたくさん生み出されています。児童合唱のための作品や、合唱ビギナー向けの編曲ものだけではなく、混声・男声・女声など様々な編成、年代層の演奏を想定した多種多様な作品が多くの作曲家によって書かれています。コロナ禍における合唱人口の減少傾向を踏まえて、少ない人数でも演奏が成立することや、コンペティティヴ(competitive)でない愛唱作品への志向もそのブームを後押しする一因になっているのかもしれません。
信長貴富さんは二部合唱という編成にいち早く関心を示したうちの一人でしょう。現在も人気の『思い出すために』(2002年)はもともと女声二部合唱のために作曲されました。大人の合唱団が歌うにふさわしい寺山修司の詩をえらんだこの曲集は、旋律の美しさを明快に感得できる曲ばかりで、この作曲家のメロディメーカーとしての才能がいかんなく発揮されています。
今回紹介する信長氏の最新の二部合唱作品『人よ、うたを思い出せ』は、信長氏と親交の深い4人の詩人による書下ろしの詩に基づくアンソロジーで、いずれも「人はなぜ歌うのか?」という問いをテーマとして書かれています。数年にわたり「歌うこと」そのものを制限され続けて、それでもなお人が歌のものとに集うには、表層的でない強烈な渇望がその奥底にあるはずです。神戸市役所センター合唱団(指揮:山本収)の委嘱によって書かれ2023年11月に初演されました。
Ⅰ、かぎりない理由のためにうたう歌
合唱指揮者・ピアニストで歌人でもある栗原寛さんによる詩。10首の「歌をうたおう」と呼びかける連作短歌が、シンプルで伸びやかなメロディーにのせてポップス的なスタイルで歌いあげられます。ポジティブで爽やかなエネルギーに満ち満ちています。
Ⅱ、なぜ
合唱界でも人気の詩人・覚和歌子さんによる詩。なにげなく、ささやかな世界の機微の中から「歌」がたちおこる隙間を見つめるようなことば。揺らぐような転調に彩られる有節的な構成で、バラード風の緩徐楽章。
Ⅲ.鳥は
劇作家で、信長氏のオペラ『ルドルフとイッパイアッテナ』の台本を執筆したいずみ凛さんによる詩。軽快な6/8拍子に乗せて、鳥に憧れる無邪気な明るさの中に一抹の哀しさをのぞかせます。1番と2番でリズムが異なるため2段に分けて書かれています
Ⅳ、人よ、うたを思い出せ
バリトン歌手で詩人でもある宮本益光さんによる詩。行進曲のような力強いビートにのせて、うたうことを忘れ他者を傷つけるようになった人間への警鐘をまっすぐに歌っています。この曲のみ終結部分は混声4声で書かれ、ダイナミックなスケール感を生み出しています(もちろん2声で歌うことも可能です)。
あらゆる年代、編成に適した作品であると思いますが、個人的にはある程度年齢を重ねたシニア団体のサウンドで聴いてみたいと感じました。私自身の指揮するシニア男声合唱団の選曲候補にも含めているところです。
第1曲のみ、初演時の演奏が公開されています。参考になさってください。
https://www.youtube.com/watch?v=cO-bTIzs5Rw (佐藤拓)
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
(公式ウェブサイトhttps://contakus.com/)