Tag des Jahrs その年のその日(Kaija Saariaho 作曲)/ 混声合唱とピアノ連弾のための組曲「いつか必ず光は」(森山至貴 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Tag des Jahrs(その年のその日)
作曲:Kaija Saariaho(カイヤ・サーリアホ)
作詩:Friedrich Holderlin
出版社:Chester Music
声部:SATB div.
言語:ドイツ語
伴奏:無伴奏(ライヴ・エレクトロニクス)
時間:15分

坂本龍一が亡くなって、1年が過ぎました。

これは筆者の体感でしかないのかもしれませんが、この2年間くらいの間に、あまりに多くの大切な作曲家・音楽家がこの世から去ってしまったように思われてなりません。

https://musicalics.com/en/composers-deceased?page=1
例えばこのサイトに直近に亡くなった作曲家が時系列上に示されています。

私たちは作品を通して彼らを記憶し、継承することができます。音楽のもつ大きな力ですね。それでもさびしいものはさびしい…。

今回紹介するフィンランドの作曲家カイヤ・サーリアホ(1952-2023)も、昨年6月に惜しまれながらこの世を去った作曲家のひとりです。

このTag des Jahrs(その年のその日)は、ヘルダーリン(1770-1843)による春、夏、秋、冬をタイトルとする4編のドイツ語詩をテクストとして作曲されています。最大で8声となる混声合唱と、ライヴ・エレクトロニクスという編成の作品です。

テクストに用いられている詩には不思議な特徴があって、この4篇のそれぞれの詩の末尾に、「1842年3月15日」「1758年5月24日」「1759年11月15日」「1743年1月24日」という実際に作詩した日付とは間違いなく関係のない日付と、「Scardanelli」というヘルダーリンよりもさらに数世紀前の名前を使って署名されています。

この独特で鮮烈な時間的感覚を思い起こさせる仕掛けが、当時、脳溢血をわずらうなかで「時間」と「場所」という概念が認知から欠落した親しい友人と交流していたサーリアホに、この作品を創り出すインスピレーションを与えました。

実際の作品を紐解いてみると、21世紀初頭に作曲された合唱曲として考えるならばかなり古典的な部類というか、詩のテクストを五線譜上の時間軸に素直に捉え、《ふつうの》美しい合唱曲として聴くことのできる作品です。サーリアホの合唱曲の過去作品と比べてもかなりシンプルで美しい旋律線が特徴的。

そのうえで、ライヴ・エレクトロニクスによる変調されたナレーション、打楽器、鳥や風の音が音響に含まれ、テクストのもつサウンドの世界観が合唱を中心とし、自然環境をまなざすように拡張されています。

時空に散らばったヘルダーリンの詩と、その広がりを包摂したまま音楽としての15分間につなぎとめるサーリアホの楽曲。この作品は、サーリアホの母のために捧げられています。(柳嶋耕太)

演奏動画(1,3,4のみ)
https://www.youtube.com/watch?v=dTopolRjcak

楽譜
https://www.boosey.com/shop/prod/Saariaho-Kaija-Tag-Des-Jahrs-SATB/2390505

柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)

【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

混声合唱とピアノ連弾のための組曲「いつか必ず光は」

●混声合唱とピアノ連弾のための組曲「いつか必ず光は」
作曲:森山至貴
作詩:塔和子
出版社:音楽之友社
定価:2,200円 (税込)
声部:SATB div.
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4/56頁
ISBN:9784276545571

今回ご紹介するのは昨年3月に初演、7月に出版をされた、混声合唱とピアノ連弾のための組曲「いつか必ず光は」です。
この組曲は、私が作曲家の森山至貴さんと共に活動している企画合唱団Lux Voluntatisの委嘱によって作曲され、「連弾×合唱」というジョイントコンサートの中で、薄木葵さんと森山さんのピアノによって初演しました。
作詩の塔和子さんは元ハンセン病患者でらした方で、用いる言葉は基本的に平易であるものの、その来し方を思うと言葉の意味合いや重みが変わってくる、そんな詩がたくさん遺されています。

1.忘却
「忘却」では、ぜったいに忘れまいと思う、そんな出来事ですら、忘却によって癒されてしまう、と書かれています。
彼女は、我々の生活の中では想像もつかないような"ぜったいに忘れまいと思う"出来事をきっといくつも経験して来られたのだと思います。それは一方で自分自身の歩んできた消すことのできない歴史でもあり、だからこそ忘却によって癒されることを恐れ、抗ってもいるのです。
その出来事の重さをユニゾンという強い表現で提示し、vocaliseやピアノパートが繰り返すことで更に印象付けています。そしてその出来事によって生じた悲しみ、怒り、その強い思いが自らの身を焦がすほどに燃え滾る様子がテンポの速い五拍子によって刻み込まれていくのです。
だが、それらの出来事は、まるで指の間から水がこぼれ落ちていくように忘れていってしまう、その様が四拍子を刻み続ける歌と、そこからほつれるように散漫になっていくピアノによって描き出されます。そうして忘却によって癒されていく様が美しいアカペラによって歌われた後、そのことに抗うようにピアノが奏でられるのです。

2.欲
ピアノが6/8で"欲"を表現し、それに負けまい、飲み込まれまいと合唱は4/4で歌い続けます。
食欲、物欲、性欲などいくつも羅列される欲はしかし、三大欲求であるはずの睡眠欲が出てきません。これはきっと塔さんの生活において、この欲だけは飽きるほどに満たされていたからではないでしょうか。
欲があるからこそ、暗い人生の中にも燃える炎を感じ、欲によって活気づけられ、その先にほんの少しの希望を見出せるなら、どこまでも歩いていける。そう歌い終えると共に激しく奏で昇り詰めていくピアノにご注目ください。

3.待つ
この詩では待つことが希望だ、と歌います。きっと、塔さんは待つことしかできなかったのではないでしょうか。
彼女が発病したのは11歳、療養施設へ入所し親元からも世間からも隔離されたのはたった13歳の時のことでした。22歳の頃に特効薬ができ完治するものの、ハンセン病患者の生活を大きく制限していた「らい予防法」が廃止になるのはさらに40年以上後の1996年。法律がなくなれば偏見もなくなる、残念ながらそんな単純なものではありません。見た目に大きな変化をもたらす病気だから、外へ出ても好奇の目に晒されることばかりだったのだと想像されます。
それでも、ただひたすらに「待つ」それを希望だと、その希望があるから”どんなにくらいところででも生きていられる”のだと、彼女は書くのです。
森山さんの音楽は救い、希望を感じさせてくれます。だが、同時にそれは、彼女の経験してきた絶望を、暗い人生を感じさせもするのです。闇があるからこその光なのだと思います。

正面から向き合うと重たいテーマであることは間違いありません。でも、だからこそ、私達は歌という手段を通じてそうしたものと向き合うのではないでしょうか。
様々な世代の人たちに歌っていただきたい、そんな大きなテーマと音楽的スケールを持った作品です。(三好草平)

初演の模様をYouTubeにアップしてありますのでぜひお聞きください
https://www.youtube.com/watch?v=iNepSN2cwoY&feature=youtu.be

三好草平(みよし そうへい)

【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。