Aletheia (Žibuoklė Martinaitytė 作曲)/ 女声合唱とピアノのための沖縄のうた「かりゆしぬうた」・伴奏女声合唱のための沖縄のうた「みやらびぬうた」(瑞慶覧尚子 編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Aletheia(アレテイア)

●Aletheia(アレテイア)
作曲:Žibuoklė Martinaitytė(ジブオクレ・マルティナイティーテ)
出版社:Fennica Gehrman
声部:SSSSAAAATTTTBBBB
伴奏:ア・カペラ
言語:テキストなし [母音、子音の組み合わせ]
時間:15分00秒

 2022年2月24日にウクライナ戦争がはじまってから、2年が経ちます。今でも戦争は止むことなく、胸の痛むニュースは途絶えません。今回紹介する作品「アレテイア」はリトアニア人作曲家ジブオクレ・マルティナイティーテが当時影響を受け、「Baltic Music Days 2022」でのラトヴィア放送合唱団による初演作品のために書かれた作品です。   

 時は遡1992年、バルト三国では数十年にわたるソビエト連邦からの独立を求めようと人々が歌を歌い訴えた「歌の革命」が起こりました。ここでは人間の声は、人々が自由と独立への決意を表現するために使用した唯一の武器でした。その革命を経験したマルティナイティーテは、このウクライナ戦争が起こったとき、戦争でどんなに破壊的な状況下でも人々が持つ唯一の戦う武器は「声」であると思い出します。想像を絶する恐ろしい出来事に出会うと、それを言葉で表現をするとき、言葉では表現しきれないものがあります。マルティナイティーテは、その言葉では表現をしきれない複雑な感情を、瞬時に共有するため、あえて言葉というテキストを用いず、母音や、「a ya ya」や「ha ha」「o yo yo」などの母音と子音の組み合わせた音を基に作品を書いています。特定の母音を繰り返し発語させたり、維持させることで生まれる微妙な変化は倍音の雲のような音空間を作りだし、繊細に層を折り重ねていきます。その雲の中で、半音でポルタメントで上がり下がりしたり、指で唇を震わせて奏でるトレモロ、またアクセントと摩擦音と共に激しく「ha-ha」と歌われるモティーフは、嘆き、うめき、怒りを生みます。

 タイトルの「アレテイア」は、マルティナイティーテがルイス・ハイドの著書『忘却のための入門書』の中で出会った「アレテイア」という言葉の語源から用いたものです。「アレテイア」は、「非閉鎖性」、「非隠蔽性」、「開示」、「真実」などと訳されますが、ギリシャ語で否定を意味する接頭辞「a-」と忘却を意味する「lethe」 から構成され、更にはインド・ヨーロッパ祖語の「leh」 (隠す) からの 「letho」 (気づかれないようにする、隠れる) に関連しています。真実とは、明らかにされるもの、または隠れていた場所から取り出される物事のことを指し、真実を隠蔽や曖昧さから明るみに出すプロセスを暗示しています。

 マルティナイティーテは、この作品において、私たちが直面する真実は、言葉以前のコミュニケーションを通してのみ直接的に表現できると捉え、この作品を通じて、私たちにその真実への責任を思い起こさせます。
 作品は、作曲家自身のウェブから作品の録音を聴くことができます。是非、聴いてみてください。(山﨑志野)

録音
https://www.zibuokle.com/choral/index.html

楽譜
https://webshop.fennicagehrman.fi/page/product/aletheia-for-mixed-choir/4863472
※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

女声合唱とピアノのための沖縄のうた「かりゆしぬうた」

●女声合唱とピアノのための沖縄のうた「かりゆしぬうた」
編曲:瑞慶覧尚子
出版社:カワイ出版
価格:1,760円(税込)
声部:SA div.
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4判/40頁
ISBN 978-4-7609-4390-6
収録曲
久高万寿主(沖縄県北谷町・栄口エイサー)/ちょっちょい小(沖縄本島わらべうた)/根間ぬ主(宮古島民謡)/ばんがむり(宮古の子守唄)/漲水ぬクイチャー(宮古島民謡)

伴奏女声合唱のための沖縄のうた「みやらびぬうた」

●伴奏女声合唱のための沖縄のうた「みやらびぬうた」
編曲:瑞慶覧尚子
出版社:カワイ出版
価格:1,870円(税込)
声部:SSA div.
伴奏:無伴奏
判型:A4判/44頁
ISBN 978-4-7609-4391-3
収録曲
谷茶前節(沖縄民謡・舞踊)/てぃんさぐぬ花(沖縄本島わらべうた)/安里屋ユンタ(八重山民謡)/ふーゆべまー(竹富島わらべうた)/月ぬ美しゃ(八重山民謡)/山の子守歌(詞:宮良高司/曲:宮良長包)/えんどうの花(詞:金城栄治/曲:宮良長包)

今回は、瑞慶覧尚子さんの待望の新譜、2冊をまとめてご紹介します。

瑞慶覧尚子さんは沖縄生まれの作曲家。沖縄の古謡や民謡を素材に作品を創り続けていらっしゃいます。これまで瑞慶覧さんが作り温められてきた沖縄の歌の編曲作品をア・カペラとピアノ付きに分けて同時出版するという大胆な企画となりました。

女声合唱とピアノのための沖縄のうた《かりゆしぬうた》
「かりゆし(嘉利吉)」とは「めでたい、縁起がいい」という意味だそうです。全体に元気な曲、めでたい曲、力をもらえる曲、という内容の5曲が収録されています。

久高万寿主 本島中部北谷という場所の栄口に伝わるエイサー。エイサーは盆踊りではあるけれど先祖供養とは関係のない民謡を歌っています。2声、または3声部のシンプルな編成。太鼓のリズムもきこえて、1曲目からもう踊りたくなってしまう作品です。

ちょっちょい小(ぐわ) ちょっちょい小はうぐいすのこと。中間部のヴォカリーズ以外は1声、または2声部のシンプルで楽しい歌と、ピアノは低音のソステヌートペダルを使用し右手は高音をキラキラ奏でる美しい音楽です。

根間ぬ主(にいまぬしゅ) 航海安全を祈る宮古島の民謡。船旅の多い沖縄の人々にとって海は生活の一部。琉球の役人が首里に出張にいく際に妻がうたった唄がそのまま生きた編曲となっています。

ばんがむり  宮古の子守唄。宮古や八重山では地域の子どもたちを皆で育てる風習があったそうです。子守りをする守姉さんが愛情をもってうたう唄です。やさしいメロディに絡むヴォカリーズが美しいアレンジ。

漲水(ぱるみずぃ)ぬクイチャー 元々は雨乞のための祈りの歌がのちに人頭税廃止を願って歌われるようになったそうです。景気の良い掛け声からはじまり、民衆の力を感じる迫力ある編曲です。

無伴奏女声合唱のための沖縄のうた《みやらびぬうた》
「みやらび(美童・女童)」 は「美しい娘」のこと。前半は女性が主人公の歌、後半は沖縄の作曲家・宮良長包の作品の編曲となっています。

谷茶前節(たんちゃめーぶし)
琉球舞踊のひとつである「谷茶前節」は明治以後にできた雑踊り。口三味線ならぬ口三線、掛け声、足踏みや手拍子やお囃子もあってとっても楽しく賑やかです。半音下の転調が哀愁深く響きます。

ふーゆべまー 竹富島に伝わる手遊び歌。もと唄の言葉が可愛く「ジョロジョロ」とくすぐるような手の動作も微笑ましいですが、編曲はなかなかスリリングなテンポの中でおどけた感じを演出しているのがユニークです。

月ぬ美しゃ(つくぬかいしゃ)竹富島のわらべうた、そして子守唄でもあります。「月がきれいなのは十三夜、娘のきれいなのは十七歳」と歌っています。こちらは緩急のある編曲となっています。

山の子守歌 1931 年沖縄の作曲家 宮良長包により作曲。メロディを歌うソロパートと伴奏パートという形の編曲です。仲間で素敵なソリストがいたらぜひ。

えんどうの花 1924年に宮良長包により発表された歌。作詞の金城栄治が教員時代、エンドウの花が咲く季節に迎える教え子たちとの別れを想い書かれたそうです。心に寄り添うような優しいメロディとそれを包み込むハーモニーが広がります。

どちらの楽譜にも作曲家による丁寧な解説が添えられており、作品の背景を知ることができるのも嬉しい楽譜です。特にア・カペラ作品はDiv.の少なめな女声3部合唱が多く、奇をてらわず素朴で美しい沖縄民謡の楽しいアレンジをお探しの方にぴったりの曲集です。お手にとってみてください。
(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/