To see a World (Sven-David Sandström 作曲)/ 大中恩二部合唱曲集「サッちゃんはね」(大中恩 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●To see a World
作曲:Sven-David Sandström(スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム)
出版社:Gehrmans
編成:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:英語
時間:4分
合唱の魅力の1つに、声の振動が身体に直接伝わることが挙げられるのではないでしょうか。コンサートで初めて合唱を聴いた方からは、声の響きに包まれた、聴いていた感覚がまだ残っている、などの感想をよくいただきます。耳で聴く、頭で理解する、を超えて、身体全体で感じ取れる根源的な美しさが、他者と声を合わせることで生まれるのだと思います。本日はその声の振動を最大限生かしたSven-David Sandström(1942-2019)の「To see a World」をご紹介します。
To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
一粒の砂の中に世界を見
野の花に天国を見るため
おまえの掌に無限を掴み
一時のうちに永遠を掴め
というテキストは、Wiliam Blake(1757-1827)による詩。
ppppから始まる静かなモティーフは寄せては返す波、または記憶の奥にある音の断片のような、ささやかで短いメロディです。ソプラノのみでハミングだったものが、言葉が付き、繰り返すごとに少しずつ輪郭を見せていきます。”To see a World in a Grain of Sand 一粒の砂の中に世界を見る“というテキストが、パートが増えるたびにハーモニーが付き、tuttiになるまで最大11回のリピートされます。pの繊細なグラデーションによって砂がさらさらと手からこぼれ落ちるような印象的な表現です。ここで特徴的なのが、Flatterzunge:喉を震わせる唱法。管楽器ではよく見かけますが、合唱でも使い方によってとても効果的です。本作では、男声が低い声で時折フラッターをすることで、綺麗なだけではない、時空が歪むような違和感が生まれています。フラッターがなくなり、全員でテキストを決然と歌った後は、「天国の」という言葉によって、クラスターを作りながら最高音に上ります。ffまで行き着いた後は、なだらかに下行し、“Hold Infinity in the palm of your hand おまえの掌に無限を掴み“と男声の5度の支えで、大地を感じるような安心感へ。最後は初めての7度の跳躍によって、ソプラノが“Eternity”と天と地をつなぐように歌い、ppppへと収束して終わります。
自分の手のひらにすべてがあり、一瞬は永遠であるという哲学的なテキストが、非常に静かで微細な書法で描かれた作品です。よく響く会場のコンサートなどで、声が身体に響く体験をしてみていただけたらと思います。(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●大中恩二部合唱曲集「サッちゃんはね」
作曲:大中恩
作詩:阪田寛夫、北原白秋、寺山修司、谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
編成:SB or SA or TB
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4判/28頁
ISBN:978-4-7609-4223-7
収録曲
サッちゃん/おなかのへるうた/わたりどり/九月/かなしくなったときは/きみ歌えよ
今年は大中恩の生誕100年。各地で記念イベントが企画されています。カワイ出版では昨年12月から今年の4月にかけて大中恩作品が再編・出版される予定です。
今年1月1日に既に発行された大中恩二部合唱曲集「サっちゃんはね」を今回ご紹介します。
大中恩は1924年に「椰子の実」で有名な作曲家、大中寅二の子として生まれました。東京音楽学校(現・東京藝術大学)作曲科に入学後、太平洋戦争が激しさを増す中で海軍に入隊。3度も特攻隊に志願したけれど、出撃することはなかったそうです。
戦後は合唱曲を中心に作曲活動を展開、やがて中田喜直らと5人で「ろばの会」を結成、童謡と出会います。2000年の解散まで、45年にわたり子どものための音楽の創造と発展に尽くされました。ここで作られた「サッちゃん」、「いぬのおまわりさん」、「おなかのへるうた」は今日も日本人に愛され続けています。
1957年、自作品のみを演奏する合唱団「コールMeg」を主宰し、数々の混声合唱作品を送り出しています。言葉の力を信じ、子供たちが喜んで歌いたくなる歌を作り続けた94年でした。
大中恩二部合唱曲集「サっちゃんはね」に収録されている6作品は全て二部合唱とピアノの編成となっています。混声合唱としても、同声合唱としても、また1オクターヴ下げて男声合唱としても、2人以上いれば演奏可能です。
ピアノはシンプルながら詩の情景を繊細なひだで表現されていて、ピアノパートを弾いている(聴いている)だけでもとっても楽しいです。
サっちゃん 詩 阪田寛夫
オリジナルの童謡は1959年(39歳)にNHKラジオ「うたのおばさん」放送開始10周年記念リサイタルにて発表されました。第IIパートが無伴奏で「サッちゃん」を連呼する中、みんなが知っているメロディが始まるというユニークなアレンジ。
おなかのへるうた 詩 阪田寛夫
オリジナルの童謡は1960年(36歳)に、カワイ楽譜の雑誌『チャイルドコーナー』10月号に掲載されました。ⅠパートとⅡパートが交互に旋律を担当。「へるのかな?」の合いの手も可愛らしいです。
わたりどり 詩 北原白秋
1943年(19歳)のとき、召集令状を受けて戦地に赴く前に書かれた作品です。乗鞍岳の雪山を舞う渡り鳥にどんな想いを馳せたのでしょうか。なだらかで雄大なその地形のようなメロディに寄り添うハーモニーが美しい。
九月 詩 阪田寛夫
2001年(77歳)におさの会「歌創り50年記念コンサート」にて初演されました。恋に落ちる秋(fall)? ちょっぴり大人な詩をシャンソン風に歌い上げるお洒落な小品です。
かなしくなったときは 詩 寺山修司
「人生はいつか終わるが うみだけは終わらない」と歌います。海の波に揺られるようなしっとりとした歌曲です。オリジナルは1985年(61歳)、寺山修司の詩による歌曲集《ひとりぼっちがたまらなかったら》に収録されています。
きみ歌えよ 詩 谷川俊太郎
1977年(53歳)歌曲版 「谷川俊太郎の詩による《朝ゆえに》」に収録されています。二部合唱になることで友との掛け合いのような躍動感が生まれています。人と音楽への愛情溢れる、リズミカルで明るいソングです。
童謡から歌曲まで、大中恩作品のエッセンスがたっぷり詰まった曲集となっています。記念の年、大人も子どもも一緒に大中作品を歌えたら素敵ですね!(田中エミ)
【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/)