Seesama meri 同じ海(Evelin Seppar 作曲)/ 合唱曲「三色草子」(間宮芳生 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Seesama meri(同じ海)
作曲:Evelin Seppar(エヴェリン・セッパル)
声部:SSAATTBB
伴奏:無伴奏
言語:エストニア語
時間:5分

 今年のラトビアの年末は温かく、しっかりと積もっていた雪はあっという間に溶けてしまい、気温も5度とこの季節にしては高く、少し寒さが恋しい今日この頃です。長らくラトビアの合唱作品ばかりを紹介してきましたが、今回はエストニア人作曲家エヴェリン・セッパルの作品を紹介します。日本ではまだあまり演奏をされてはいない作曲家なのではないでしょうか。2017年に名古屋ユースで上田絢香さん指揮でSirelite aegu(ライラックの頃には)が演奏されています。
 セッパルは1986年生まれ、エストニアのタリンを拠点に活動する作曲家。独奏楽器、さまざまなアンサンブルや合唱団、オーケストラのために作曲をしてきていますが、彼女が情熱を注いでいる分野は声楽、合唱であり、アカペラの作品を比較的多く作曲しています。
 この作品はエストニア人の詩人ヤーン・カプリンスキによるエストニア語のテキストが用いられ、単一の単語行で構成され、ミニマリズム的なスタイルで書かれています。恐れ、内なる葛藤を見せる心理的なテーマの中で、比喩として自然を使用し、感情と自然の美が絡み合います。カプリンスキーの詩に対してセッパーは、海と風の描写と矛盾した感情、内なる葛藤という心理的描写を反映し、詩内の感情的な複雑さを表現しています。
 複数の声部のユニゾンを重ね合わせ、タイミングをずらしたり、リズムを変えたりしながら、風や海のゆらぎと感情が波打つような音の空間を描きます。冒頭は、「Seesema(同じ)」「meri(海)」などのの言葉の持つ音そのものが空間を彩る素材のように歯擦音が際立つような短いフレーズを低い音域でミクロポリフォニー的に繰り返されます。曲が進むにつれ、「鼓動」をはじまめる風の音が反映され音域も広がり、激しい高まりを見せ、中間部はソロソプラノで歌われる「avaruse(空間)」という言葉によって突然静寂を際立たせます。そこから「hirm(恐れ)」「pimeduse(暗闇)」のテーマが女声による一連のユニゾンを模倣をしはじめ、不穏な色が現れます。その中で、「sama meri(同じ海)」「ootamas(待っている)」という言葉と共に、恐れに対する決意や反抗を見せるかのように持続した和音が鳴り響きます。そこには恍惚も感じられるような力強さを感じさせます。
 自然の単語に対するワードペインティングの要素も見られつつも、同時に心理的な感情の変化を印象的に表現しています。(山﨑志野)

録音
https://soundcloud.com/evelinseppar/seesama-meri-vox-clamantis

楽譜
https://www.emic.ee/?sisu=tootekataloog2&mid=150&kat=150&id=2148&lang=eng&tid=2148&kataloog=1
※楽譜はパナムジカでも取り寄せ可能です。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●合唱曲「三色草子」
作曲:間宮芳生
出版社:カワイ出版
価格:1,650円(税込)
声部:SSAA
伴奏:無伴奏
時間:12分
判型:A4判/32頁
ISBN 978-4-7609-6177-1

明けましておめでとうございます。佐藤拓です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて今回ご紹介するのは間宮芳生さんの1981年の同声合唱作品≪三色草子≫です。静岡児童合唱団による委嘱で、作曲者自身の指揮によって初演され、同年度の文化庁芸術祭優秀賞を受賞しました。
この曲のテキストは『田植草紙』から取られています。『田植草紙』は現在の中国地方山間部の田植え芸能(囃し田、花田植、供養田植と呼ばれる)で歌われていた田植唄の歌詞を書き留めたもので、その成立は近世(室町末期~江戸初期)にさかのぼるといいます。これらの田植え芸能は現在でも伝承されていますが、おそらくその形式や唄の旋律は時代とともに大きく変質しており、この歌集が書かれたころの姿をうかがい知ることはできません。
間宮氏は残された歌詞の合間から、当時の民衆の「とても明るくてユーモアにあふれた、そしてやさしい心」を見出し、そのことばのこだまの中から失われたしまった旋律を甦らせました。独創的で自由な精神によって紡がれた音楽は、ありきたりな「民謡っぽさ」にとどまることなく、新鮮な合唱の響きを生み出しています。民謡の旋律をもとに作曲する、というものは多いですが、歌詞だけが残された民謡から全くのオリジナル作品を生み出すというのは珍しいですね。他に思いつくのは間宮氏の「コンポジション第17番」や末吉保雄さんの「田歌四題」など数えるくらいです。
同声四部合唱で書かれており、児童合唱団が歌うことを想定した曲でしょうが、大人の女声合唱団はもちろん、男声合唱でもおもしろい響きが生まれる作品のように思います。

1、 うぐいす
のど自慢のウグイスをほめるようで実はからかっている可愛らしい詩。地謡風の旋律が平行五度や二度のぶつかりを生み出し、その響きはさながら東ヨーロッパの民俗合唱のよう。中間部には西洋風のポリフォニーも挿入されます。

2、 向いの大寺
ユニゾンを基調としながら、ドローン(持続音)の交代によってプリミティブなポリフォニーを形成します。旋律は都節音階と民謡音階による素朴なもの。曲の後半には平行和声によるフォーブルドンが現れ、やはりヨーロッパのポリフォニーサウンドへのオマージュを感じます。(この曲のみ鈴が必要です)

3、 かかし
混合拍子の溌溂とした歌いだしに続き、猿がササラをすり、狸が腹の太鼓を打ち鳴らす様子が、「デコデン ダンダカ」「デコトシャレ ツーツクツ」「サラサラサラリ」などの口唱歌(くちしょうが)で賑々しく歌われます。初期コンポジションシリーズの発想に最も近い一曲。
(佐藤拓)

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
World Youth Choir(世界青少年合唱団)元日本代表。アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/