Raua needmine 鉄への呪い(Veljo Tormis 作曲)/ 女声合唱とピアノのための「熟れる一日」(西下航平 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Raua needmine(鉄への呪い)
作曲:Veljo Tormis(ヴェリヨ・トルミス)
出版社:Fennica Gehrman
声部:SATB+Ten.& Bas.Solo
伴奏:無伴奏、シャーマンドラム
言語:エストニア語
時間:10分

コンサートやコンクールにおいて、「選曲」は非常に重要で、もうそこから演奏が始まっているといっても過言ではありません。何を歌うか、というのはただ歌いたいものを並べればいいのではなく、そこから何が伝わるのかを客観的に想像して決めなければならないので、最初の悩みどころではないでしょうか。特に昨今、私たちを取り巻く環境や社会が揺れ動いていて、合唱や音楽で何を伝えられるか、聴いてくださる方と何を共有できるかは繊細な問題だと考えています。

エストニアの作曲家、ヴェリヨ・トルミス作曲の「鉄への呪い」は、強烈なメッセージが込められた作品で、演奏には覚悟と集中力が求められます。1970 年にモスクワで開催された音楽会議で、ステージ上で太鼓を持って演奏する本物のシャーマンを見たことが、この作品を書くための重要なインスピレーションとなったそうです。1972年にテノール、バリトン、混声合唱団、シャーマンドラムのために書かれており、フィンランドの国民的叙事詩『カレヴァラ』のテキストに基づいています。「おお、呪われた邪悪なる鉄よ」から始まり、カレヴァラの物語と現代を重ね合わせながら、戦争や破壊のためのテクノロジー(=鉄の悪用)への警告を込めた、反戦をモチーフにした作品です。

トルミスの作品は、繰り返しを巧みに使った技法が特徴ですが、この作品は首尾一貫同じリズム、同じ音型の繰り返しで作られています。歌うのは大変ですが、その繰り返しがシャーマニックな儀式的な雰囲気の鍵となっています。テノールまたはベースが、2度か3度の狭い音程の中で語るように歌う歌詞を、合唱が応唱するという形で曲は進んでいきます。シャーマンドラムが刻む八分音符が作品を通底する背景となり、太鼓が始まったり、止んだり、突然鳴ったりするコントラストが、何が起きるのかドキドキする恐怖を感じる所以かもしれません。

ずっと低音域でつぶやいていた合唱が、しばらくして少しずつ音域を上げていき、tuttiに。「鉄は獣の脂のように伸び上がり、湧き出る唾のように滴り落ちて」とまた下行し、今まで簡素な響きだった合唱が、急にクラスターになります。曲の中盤、テノールとベースの完全4度で「創造主よ、我らをお守りください」という叫びの周りで、合唱が大砲、戦闘機、戦車、武装した軍隊など、鉄でできた物体や物質をジェスチャーと共に表現します。楽譜には、「gesture of fright 恐怖の仕草」と書かれており、視覚的にも具体的で強い印象を与えます。カオスとなった合唱がサイレンのような叫びとなり、急に冒頭の不気味な静けさに戻っていきます。「この大地を分かち合うために生まれてきた、我ら全てを永遠に癒す大地を」と歌うテノールとベースのユニゾンに続けて、合唱がそのテキストを初めてテヌートで歌うので、ここにトルミスのメッセージが込められているのではないかと思います。その後、2度のぶつかりの持続がppからffまで高まったところで、シャーマンドラムによって音が息絶えるように曲が終わります。

この作品は、ソ連政府によって演奏が禁止されていたくらい、音楽から発せられるメッセージが明確です。受け取り方は様々だと思いますが、戦闘や戦争が現実に起きている今、作品としてではなく、今の状況を多角的に見る体験になるのではないかと考えています。先週12月4日に命日を迎えた、中村哲医師をテーマとした作品「Dona nobis pacem- Water, not weapons」と合わせて、本作「鉄への呪い」は来年2024年2月12日(月・祝)に東京オペラシティ・リサイタルホールで開催するNoema Noesis 10周年記念コンサート「ARCHE- 根源」で演奏する予定です。ぜひ会場でお立ち会いください。(堅田優衣)

堅田優衣(かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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女声合唱とピアノのための「熟れる一日」

●女声合唱とピアノのための「熟れる一日」
作曲:西下航平
作詩:吉野弘
出版社:カワイ出版
価格:1,760円(税込)
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
時間:18分
判型:A4判/48頁
ISBN 978-4-7609-1796-9

こんにちは、田中です。今年もさまざまな作品をご紹介してまいりましたが、年内は私の最後の担当回となりました。

今回は西下航平さんの初の女声合唱組曲となる「女声合唱とピアノのための組曲 熟れる一日」をご紹介いたします。

この作品はカワイ出版の委嘱により、2018年1月8日に日立システムズホール仙台コンサートホールで行われた《The Premiere vol.4「歌の誕生日~新進作曲家による新作コンサート」》で合唱団「六月の歌声」、女声合唱団「和ぐ」、仙台杜の女声合唱団、そしてラ エトワールの4つの女声合唱団(今井邦男指揮、野田久美子ピアノ)により初演されました。

テキストには吉野弘の詩集から4編が選ばれています。どれも生活の中で垣間見える風景なのですが、人の心の在り方を探る詩人の言葉は読み手にじんわりと染み入ってきます。 

それはどこかロマンチックだったり、ときに感傷的にも感じられるのですが、西下さんはその情緒に寄り添い過ぎることなく、それぞれの詩を違った音楽のスタイルに当てはめて爽快に仕立て上げられています。そんな意外性が面白く心地よい作品です。

1. 素直な疑問符
「小鳥が首を傾げた様子が疑問符の形のよう。私も素直にかしぐ小鳥の首でありたい」という言葉が、お洒落なシャンソン風の音楽にのってしまったこところがとてもチャーミングです。また色彩が自在に変化していく様子も小気味よいです。

2. 夏の夜の子守唄
夜更けの停車場に待機する機関車の中、疲れ切ってうとうとする母親とグズッて眠らない赤ん坊。退廃的な香りのする詩がジャズのミディアムスウィングとなって揺られます。途中の口笛ソロはフルートなどの楽器でもOKだそう。ウッドベースの動きが全体を支配しています。

3. 熟れる一日
真っ赤に熟れた夕焼けを神様がスプーンで掬って召し上がるという。雄大な夕暮れの風景と夕焼けというキーワードが感傷的な音楽を連想させるのですが、音楽はボサノヴァのリズム。気分は一瞬でブラジルへふっ飛んでしまいます。

4. 小さな出来事
美しい3声のア・カペラで静謐な雰囲気が漂う歌い出しに、それまでの3曲から一気に引き離されます。そのあとは鐘の響きに包まれて幕が開きます。田んぼを唄わせ、田植えをする人々に降り注ぐ雨。そこで一人静かに涙を流す早乙女の背中も雨は等しく濡らします。作曲家はこの女性と同じように生きる悲しみを抱えた全ての人々へ向けて、音楽で癒しの雨を降らせています。雨のシーンでは合唱団のフィンガースナップの音で雨音を再現。実際ホールで聴いてみたいです。

Div.が少ない女声三部合唱で、全曲演奏すると18分程度。演奏会の1ステージにピッタリです。

このような作品をサラッとオシャレに、そして面白く演奏するためにはテクニックと表現の幅が必要になってくるでしょう。そういう意味で取り組み甲斐があり、演奏者の表現の幅を広げられるチャンスにもなるでしょう。(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/