Alleluia アレルヤ(Randall Thompson 作曲)/ 男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》(信長貴富 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Alleluia(アレルヤ)
作曲:Randall Thompson(ランドル・トンプソン)
出版社:E.C.Schirmer
声部:SATB/SSAA/TTBB版あり
伴奏:無伴奏
言語:ラテン語
時間:5分

本日は日本でも比較的馴染みのあるアメリカ人合唱作曲家、Randall Thompsonを紹介します。1899年ニューヨーク生まれ、ハーバードとイーストマンで作曲を勉強したのち、カーティス、ヴァージニア大学、ハーバードなど有名な大学で教鞭をとりました。彼の生徒の中にはかの有名なバーンスタインも含まれています。Thompsonはシンフォニーなども作曲しましたが、時代を先取った合唱曲が特に有名です。本日は数多くある彼の作品からアレルヤを紹介したいと思います。
 
Alleluia
Serge KoussevitzkyがBerkshire Music Centerでのイベントのファンファーレを書いて欲しいと委嘱した曲。歌い手は学生であり、かつリハーサル時間が一時間しかないということが前提として書かれた曲です。
作曲者本人が「言葉が少なく」「音取りがむずかしくない」ことを気にして書いた曲といっていますが、実際に歌うには高い技術が必要です。

歌詞はアレルヤのみですが、その意味である“Blessed be the name of the Lord”(日本語では「主の御名をあがめます」「ほめたたえます」と訳されることが多い)を突き詰めた曲です。苦しみ・悲しみの中でもそれらに対して立ち向かうのではなく主を讃え受け入れることを、音をもって表しています。

1940年という世界的に戦争の緊張が高まる中で書かれたこの曲は、今からはじまる悲劇を予告するかのような寂しさを含んでいます。ただこの寂しさの中には希望や喜びも感じられ、この曲が今でも万人に愛されている理由はここにあるのかとも思います。

最後にこの曲について作曲者本人が説明している音源がYouTubeにあがっていますので、それと動画をシェアして今回は終わりたいと思います。(市川恭道)

Alleluia Remarks by Randall Thompson
https://www.youtube.com/watch?v=MtFPz1nsWmU

Randall Thompson ‘Alleluia’ | OU University Chorale
https://www.youtube.com/watch?v=XeQu-te2fgk

楽譜をお求めの場合はパナムジカにお問い合わせください。

市川恭道(いちかわ・やすみち)

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ・やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

三好草平さんと坂井威文さん

「今月のピップアップ」コーナーに、三好草平さんと坂井威文さんのお二人が、新たに執筆者として加わります。お楽しみに!!

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》

●男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》
作曲:信長貴富
出版社:カワイ出版
価格:1,650円(税込)
声部:TTBB+Ten.Solo
伴奏:ピアノ伴奏
時間:13〜14分
判型:A4判・32頁
ISBN:978-4-7609-1869-0

 皆さま、はじめまして!大阪を中心に合唱指揮などの活動をしております、坂井威文と申します。今回より日本の合唱作品紹介の執筆陣に加わりました。どうぞよろしくお願いいたします。
 高校生で合唱を始めたときから日本語合唱曲の魅力に取り憑かれているので、このような機会をいただけて本当に嬉しく思っております。このコーナーを通じて、日本の合唱作品の新たな魅力を皆さまに知っていただければ筆者冥利に尽きます。
 私からの初めての紹介作品ですが、まずは自己紹介も兼ねて……。私の詳しいプロフィールは末尾に掲載しておりますが、一昨年度まで大阪音楽大学大学院の音楽学研究室で学んでおりました。授業のひとつで「音楽はいかに『戦い』を表現してきたか?」というテーマを学ぶ機会があり、その期末発表として取り上げたのが今回ご紹介する、男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》(信長貴富作曲)の分析でした。
 幸いなことに、この発表資料をウェブでお読みくださった名古屋大学の河西秀哉先生からのお声かけで、同大学超域文化社会センターの機関誌『JunCture』第14号( https://www.hum.nagoya-u.ac.jp/tcs/juncture/ )に「信長貴富作曲《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》にみる『公』『私』の視点——戦争を描いた音楽作品の日本での表現の一例として」をご掲載いただきました。本稿はその抜粋となります。

皆さんは「戦争を描いた音楽作品」と聞いてまず何を連想しますか?
 多くの方は、終戦から現在までの日本で生まれた「戦争の悲惨さ」を描いたものが真っ先に思い浮かぶのではないでしょうか。あるいは戦前の日本の「戦争の勇ましさ」を歌ったものが脳裏によぎった方もいるかもしれません。
 「勇ましさ」と「悲惨さ」は西洋においても戦争を描く音楽作品のキーワードです。その転換点となったのは第一次世界大戦でした。しかし、日本においては西洋音楽の輸入時期や第一次大戦への限定的な参戦などの複合的な要因が重なった結果、太平洋戦争の敗戦を機にした「公」と「私」という、先に挙げた西洋型の戦争の描き方とは微妙に重なりつつもまた違った日本型の戦争の描き方が生まれました。
 さて、ここでようやく《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》の曲紹介です。この作品、元は歌曲で2009年に合唱指揮者でもあるテノール歌手・清水雅彦によって初演されました。男声合唱版は同年に栗友会男声合唱団2009によって初演されています。演奏時間は約13〜14分の単一楽章の作品ですが、これまでに何度か全日本合唱コンクール 大学職場一般部門の自由曲として取り上げられており、制限時間の8分半以内に演奏することも可能なようです。(ただし作曲者の許可を得ることは必要)
 「あんまり緑が美しい……」という印象的な独唱で歌われる挿入句を挟みながら、全体は大きく3つの部分に分かれています。日本男児として見事に特攻隊員として死んでいくと歌う「公」の部分、好きで死ぬんじゃないと「私」的でアンビバレンツな感情を歌う部分、そして圧巻となるのが最後の場面。母との最後の思い出を語る感動的な曲調から一転《君が代》が激しいピアノを伴って奏でられます。
 タイトルの「Fragments」は「断片、かけら」という意味ですが、その言葉が示す通り、この曲を通して提示されるテキストは複数人の書き手の手記や作戦文などの断片だけです。先に挙げた「公」「私」どちらからの視点もあり、よくある「戦争の悲惨さ」を訴えるだけの作品とは一線を画しています。(もちろんそういった作品を否定するものではありません)
 初演からまもなく15年。非常に重いテーマでかつ難曲ありながらも再演が途切れず続いています。筆者が知る限りの直近の演奏予定です。

・2023年11月26日(日)
「三原 剛 デビュー40周年記念演奏会」住友生命いずみホール
 第3ステージ 語り、ピアノとバリトンによる《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》
 三原剛(バリトン)田中正也(ピアノ)浜畑賢吉(語り):この編成では初演

・2023年12月16日(土)
「慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 第148回定期演奏会」東京芸術劇場コンサートホール
 第5ステージ 男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》
 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(合唱)佐藤正浩(指揮)前田勝則(ピアノ)
・2024年2月16日(金)
「東京混声合唱団 第246回定期演奏会」第一生命ホール
 男声合唱とピアノのための《Fragments—特攻隊戦死者の手記による—》
 東京混声合唱団(合唱)山田和樹(指揮)福間洸太朗(ピアノ)

 願わくば、この曲の前半で歌われる「勇ましい戦争」のような音楽が氾濫する「新しい戦前」になってしまわないように……。(坂井威文)

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務めたのち、大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻を優秀賞を得て卒業。同大学院音楽学研究室修了。現在、同大学研究生。現在、大阪などで8つの合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。