The Tyger 虎(Emil Råberg 作曲)/ 合唱ミュージカル「こころって な~に?」 同声(女声)合唱とピアノのために(新実徳英 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●The Tyger(虎)
作曲:Emil Råberg(エミール・ローベリ)
出版社:Bo Ejeby Forlag
声部:SATB
伴奏:ア・カペラ
言語:英語
時間:3分30秒

「虎よ!虎よ!」で始まる、ウィリアム・ブレイク(1757-1827)による「The Tyger」は合唱作品のみならず、ロックやSF小説、映像作品にもインスピレーションを与えています。『無垢と経験の歌』(The Songs of Innocence and of Experience)に収められたこの詩は、虎という象徴を用いて、虎を創造した神をイメージさせる深みがあります。原文には God という言葉は使われず、直接神に言及することはありませんが、トラのたくましい体、手や目に、神への畏怖がこめられているようです。

スウェーデンの作曲家である、Emil Råberg(エミール・ローベリ 1985-)は、Jan Sändströmに師事し、2009年に発表した本作「The Tyger」によって世界中に知られることとなりました。合唱作品のみならず、交響楽団、室内楽など器楽作品も多くあるそうです。詩に登場する様々な言葉:虎、森、翼、金槌、などを、シンプルに、かつ立体的にイメージさせる書法が魅力です。

”Tyger! Tyger! burning bright”(虎よ!虎よ!明々と燃えている)という歌詞で、力強く始まります。tuttiのようで、各パートがタイミングを微妙にずらされた半音階によって、森でうごめく虎の存在が表現されています。その後、この作品で一番耳に残るであろう八分音符のモティーフ、”Tyger! Tyger! burning bright in the forests of the night”(虎よ、虎よ、明々と夜の森で燃えている虎よ)が、アルトから徐々にパートを増やし、tuttiによってppで歌われます。冒頭の半音階と、この八分音符のモティーフが、線と点のような役割をしており、そのコントラストの使い方によって疾走感や興奮が持続・発展していくような作りになっています。

続いて、”どれほど深く、もしくは空高くから、お前の眼は燃えていたのか?お前を造った者は、どんな翼で天に昇り、どんな手であの火をつかんだのか?”という歌詞を、テノールが歌います。その周りでは、八分音符のモティーフが常に取り囲んでいます。そして、”どんな肩が、どんな技が、お前の心臓をねじったのか?お前の心臓が鼓動し始めたとき、どんな手、足をつかったのか?”という歌詞は、アルト、ソプラノへと受け渡されます。同じモティーフを使いながら、少しずつ和声の変化も加わり、森よりも広い空間へと視野が広がっていきます。

突如としてユニゾンとなるのは、

”どんな金槌?どんな鎖が?どんな炉がお前の脳を造ったのか?どんな鉄床が?そしてどんな留め金が、お前の恐ろしい考えを把握できたのか?”

という部分で、虎そのものから、虎を創造した神へと意識が移っていきます。

”星たちがやりを地上に放ち、その涙で天を覆いつくしたとき、彼はお前をみて微笑んだのか?

子羊を造った彼が、お前も造ったのか?”

と初めてのソプラノソロ+ヴォカリーズという編成になり、地上から天空へと時空が広がります。

子羊=イエス・キリストのような真実な方も、虎のような獰猛な存在も神様は創られていることへの神秘を感じるような、落ち着いた雰囲気の直後、また冒頭と同じずらされた半音階と八分音符のモティーフに突如戻り、pの世界で不安や喜び、期待など複雑な感情を伴って、Bの音のユニゾンで曲は終わります。

人間には、神様への信頼を感じる心と、他人を妬み欺くような心、どちらもあると思います。その事実を客観的に理解し、自らの行動を選択していくことが必要な時代になっていると感じています。この作品は、来年2024年2月12日(月・祝)に東京オペラシティ・リサイタルホールで開催するNoema Noesis 10周年記念コンサートで演奏する予定です。会場でぜひ聞いてみてください。

堅田 優衣(かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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合唱ミュージカル「こころって な~に?」 同声(女声)合唱とピアノのために

●合唱ミュージカル「こころって な~に?」
同声(女声)合唱とピアノのために
作曲:新実徳英
作詩:谷川俊太郎
出版社:カワイ出版
価格:1,870円(税込)
声部:SA div.
伴奏:ピアノ伴奏
時間:14分30秒
判型:A4判・44頁
ISBN:978-4-7609-4312-8
収録曲:
こころ ころころ/こころのうぶ毛/道/うつろとからっぽ/ダンスナンバー/こころから/フィナーレ

「こころってどんなかたち?どんな色?どんな手触り?」そんな、つかみどころのない「こころ」の姿がテーマとなった作品です。フォーラム21少年少女合唱団の委嘱作品で、今年の4月に名古屋文理大学文化フォーラムで行われた「フォーラム21少年少女合唱団 第30回定期演奏会」で初演されました。

「合唱ミュージカル」というとソロやダンスが散りばめられたミュージカルの舞台を強くイメージしますが、実際の内容は「まるでミュージカルのように歌ったり踊ったりする」曲をイメージして書かれたオムニバス曲集なのだそうです。
谷川俊太郎さんの『こころ』という詩集から選ばれた5扁の詩で構成された7曲が、通しで演奏できるように書かれています。また、1曲ずつ取り出して演奏もできるよう演奏例も紹介されています。

Ⅰ.こころ ころころ
タイトルの通り、音符がころころと転がっていく音符たちが目に飛び込んできます。「ころころわらうこころ」、「よろよろよたるこころ」、「のろのろめをさますこころ」。勢いをどんどん変えながら駆け抜けていく心が描かれています。

Ⅱ.こころのうぶ毛
こころのうぶ毛に触れる優しい音楽、美しいものを感じることのできる心をうたいます。ゆったりした二拍子で、ヨーデル風のメロディが愛らしく、中間部ではシューベルトの即興曲(Op. 142 No. 3)に合わせてゆったりと踊り、ハ長調の高らかな三部合唱のエンディングに向かって歌い上げます。

Ⅲ.道
今度は優雅なワルツに乗って。迷っていたこころが自分の「道」を見つける瞬間を歌います。途中のシュプレヒコールの言葉の中には、作曲家の遊び心により「道の道なるは常の道にあらず」(老子)が紛れて登場します。

Ⅳ.うつろとからっぽ
曲頭に記載された(J.S.Bach→T.NIIMI)の表示に目を奪われます。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」1番のコード進行を元としたピアノパートの上に、美しいオリジナルの旋律が添えられた魅力的な楽曲です。

Ⅴ.ダンスナンバー
タイトルの通りピアノのリズミカルな音楽に合わせて体を動かしたりします。変拍子の音楽に合わせて手拍子したり。言葉は「こころ」と「ころころ」の2つだけで、スキャットのように使われています。

Ⅵ.こころから
自分でも見えない自分のこころを歌います。小節ごとにポーズを決めたり、パートの追い掛けっこに動きをつけたり。力強い3拍子の音楽が心の内側の様々なうねりを作り上げ、曲集のクライマックスへと運んでいきます。

Ⅶ.フィナーレ
前半には「Ⅰ.こころ ころころ」の冒頭が再登場。「Ⅴ.ダンスナンバー」と同様に「ころころ」「こころ」の二つのことばで遊び尽くして、最後にはpで「ころん」と冗談めいて終るのも可愛らしいです。

収録の7曲は童声(女声)の二部合唱、あるいは三部合唱になっていて、それぞれ全く違った音楽のスタイルを体験することができます。また、歌うだけでなく手拍子や叫び、様々な身体表現もあって子どもたちが全身で楽しく表現できるに違いありません。

なお、この曲集は2022年NHK全国学校音楽コンクール小学校の部・課題曲『とどいてますか』の拡大版として書かれているので、楽譜を見比べてみるのも楽しいかもしれませんね!(田中エミ)

田中エミ(たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ(たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/