Légende de la femme emmurée 壁に埋められた女の伝説(Ēriks Ešenvalds 作曲)/ 無伴奏混声四部合唱曲「おてわんみそのうた」 東京のわらべ唄(三善晃 作編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Légende de la femme emmurée(壁に埋められた女の伝説)

●Légende de la femme emmurée(壁に埋められた女の伝説)
作曲:Ēriks Ešenvalds(エーリクス・エシェンバルズ)
声部:ボーカル・アンサンブルソロ ATTBB +混声合唱 SSSAATTBB
伴奏:ア・カペラ
言語:アルバニア語・英語
時間:11分00秒

ラトビアでの学生生活を終え、新しい門出を迎えます。おかげさまで、9月からラトビア放送合唱団で歌い手として雇われることになり、引き続きラトビアで音楽活動を続けていくことになりました。今後ともよろしくお願いいたします。
 さて、今回は日本でも有名な、ラトビアの作曲家といえばこの方、エーリクス・エシェンバルズの作品を紹介します。「Northern Light」 や 「Stars」、美しいソリが印象的な 「O Salutaris Hostia」 は皆さんもどこかで耳にしたり、歌ったことはあるかもしれません。
今回紹介する作品は、彼のそれらの作品からするとすこし意外な一面が見えてくる作品だと思います。
 「壁に埋められた女の伝説」は、ラトビア放送合唱団の委嘱により作曲された作品で、2005年に初演されており、2006年のパリで開催された第 53 回国際作曲家演目 (IRC: International Rostrum of Composers ) の「若手作曲家」部門において最優秀賞を受賞しています。タイトルはフランス語なのですが、作品のテキストは、アルバニア語と英語で歌われます。ローマとギリシャの侵略者から身を守るために城を建てた3人の兄弟の古代から伝わる伝説を語るアルバニアの民謡と、アルバニア人詩人のマルティン・カマージによる詩「私の土地」の英語訳が用いられ、アルバニア語と英語が一曲の中で共存しています。
 3 人の兄弟は、日中建てた城の毎晩の謎の破壊に悩んでいました。ある夜に、彼らの母親が、兄弟のうちの一人の妻を生贄として捧げれば、城は崩壊しなくなるという夢を見ました。妻たちは毎日、日中働く兄弟のために食べ物を持って城へ行っていましたが、二人の兄弟は妻に、翌日城へ行かないように警告をします。しかし、三番目の兄弟は警告をせず、翌日、いつものように城へ向かったその妻は生贄の犠牲となり、城の基礎の中に葬られました。エシェンバルズはこの作品で、この犠牲を追悼していると記録をしています。
 音楽は、音程の起伏とグリッサンド、装飾の伴う繰り返しなど、アルバニアの民族音楽を特徴づける独特な色彩が印象的です。冒頭は、アルバニアの民謡をソロで歌うボーカル・アンサンブルが遠くで響き、その後に同じテキストをフルコーラスで歌う部分が続きます。瞑想的に、ソノリスティックに描かれており、ハーモニーは調性的であり、過渡的な不協和音が活用されつつも、ゆったりとした深い低声部の上で高い音域と低い音域の声部が互いに絡み合いながら、発展します。長いコーダ部分では、ポリフォニーがホモフォニーへと溶け込み、「私を哀れんでください」という言葉で静寂のなか響く混声合唱団のホモフォニーの上で、1人、次に2人目とソプラノソロが悲しげな旋律とともに壁に閉じ込められた女の碑文を英語で歌い、徐々に民謡の断片が再び遠くの響きの中で織り込まれながら、合唱団とアンサンブルの調性が調和に溶け込み、静寂の中へと遠ざかっていきます。
 声部はとても多く分かれているのですが、アルバニアの響きとエシェンバルズの音の融合はとても新鮮で、幻想的です。エシェンバルズファンの方も、こんな作品を書いていたのか、と思うのではないでしょうか。是非、聴いてみてください。(山﨑志野)

録音
YouTube https://onl.la/8U8bTJ5

楽譜
https://www.musicabaltica.com/466.html

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者として幅広く活躍する佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

無伴奏混声四部合唱曲「おてわんみそのうた」 東京のわらべ唄

●無伴奏混声四部合唱曲「おてわんみそのうた」
東京のわらべ唄
作編曲:三善晃
出版社:全音楽譜出版社
価格:1,320円(税込)
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
判型:全音判・32頁
ISBN:978-4-11-718720-5
収録曲:
無伴奏混声合唱曲「おじぎの前に・・・・・」
無伴奏混声四部合唱曲「おてわんみそのうた」
くわいが芽だした/でこ坊やかえろうよ/いちねん○○/清水の観音様/でんでれずんば

こんにちは。佐藤拓です。
本年2023年は作曲家・三善晃の没後10年。未出版だった作品の刊行が昨年来続いており、今年5月の山田和樹指揮・東京都交響楽団による『反戦三部作』(レクイエム、詩篇、響紋)の演奏会は大きな話題となりました。ことに合唱音楽の領域に偉大な足跡を残す三善作品ですが、中にはあまり取り上げられない作品もあります。今回はその中から、わらべうたをもとにした無伴奏混声合唱作品『おてわんみそのうた』をご紹介します。
そもそも、三善が伝承音楽を合唱化した作品はそれほど多くありません。組曲としてはこのほかに『五つの日本民謡』『黒人霊歌集』『島根のわらべ歌』があるだけで、あとはいくつかの単曲のみです。同世代の作曲家と比べると日本の伝統的な音素材の取り扱いについてはかなり慎重だったように見受けられます。
作曲は1972年。素材となったわらべうたは、民俗音楽学者の小泉文夫が、東京芸大の小泉ゼミの学生とともに10年にわたって東京都内の児童から聞き取り・採集した成果、『わらべうたの研究-共同研究の方法論と東京のわらべうたの調査報告-』(1969年刊)から取られています。当時子供たちの間でアクティブに流行していた“生きたうた”をモデルに、三善流の凝った和声とアゴーギグで彩りながら、子供たちの遊びの創意とイノセントな叫びをそのまま音符に落とし込んでいます。

・おじぎの前に……
短い7つのわらべうたをメドレーにしたもので、友達へのよびかけ、男女の罵り合い、けんかを茶化す歌など、子供たちの自由な言語感覚がきらめいています。シンプルな2声のハーモニーから旋法的ハーモニーまで、和声の色彩豊かな一曲。
・くわいが芽だした
「えっさえっさ」の掛け声にのった遊び歌。まり突きか縄跳びか、テンポが遊びの速度に従って自由自在に変化します。後半には「ひゃひょろろろ」と笛の名をまねたオノマトペが現れ、祭り囃子のようなにぎやかさ。
・でこ坊やかえろうよ
ゆったりとしたテンポで郷愁を誘うメロディが柔らかくしっとりと歌われます。ナ行、マ行の柔らかい鼻音のシラブルが多く、半拍ごとに移り変わる三善和声の繊細さが存分に感じられる美しい作品。
・いちねん〇〇
頭文字をとる典型的な数え歌で、男女が向かい合って歌い交わす「はないちもんめ」のような構造。女子は「三年さくらのおじょうさま」と奇麗なことを言うのに対し、男子は「一年イモ食って屁たれた」などとくだらない言葉でやり返します。
・清水の観音様
わらべうたでは珍しく都節(陰旋)の幅広い音域で歌われる。雅な雰囲気の歌ですが、後半には吉原遊びで痛い目を見た大人を雀に例えて揶揄するなど、なかなか大人びた目線を感じます。下声部は半音の動きが多い緻密な和声進行で、デュナーミク指示も細やかでなかなかの難曲です。
・でんでれずんば
以前Eテレ「にほんごであそぼ」で放送されて有名になった長崎県のわらべうた「でんでらりゅうば」と同じものです。ナンセンスな言葉遊びのような不思議な歌詞が折り重なるようにポリフォニックに進行し、終結部では一気に音域・音圧・テンションが上がって一大クライマックスを形成します。いかにも三善作品らしい終わり方!

なかなか演奏されない、と申し上げましたが、このうち「おじぎの前に……」と「でこ坊やかえろうよ」の2曲を私の所属するVocal ensemble歌譜喜のコンサートで取り上げます。6人で歌うのはおそらく最小催行人数!ほかにも日本のアカペラ作品を多数そろえた、聞きごたえのあるプログラムとなっていますので、ぜひとも足をお運びください!

◆Vocal Ensemble 歌譜喜 アカペラコンサート "ZIPANG"
2023年09月18日(月・祝) 18:45開場 19:15開演
J:COM浦安音楽ホール
https://tiget.net/events/240757

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/