SHELLS 貝殻(Knut Nystedt 作曲)/ 合唱とピアノ連弾のための「ともだちシンフォニー」(寺嶋陸也 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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SHELLS (貝殻)

●SHELLS (貝殻)
作曲:Knut Nystedt(クヌート・ニーステッド)
出版社:Norsk Musikforlag
声部:SSAA
伴奏:無伴奏
言語:英語

近年、奄美をテーマに作曲しているのですが、春に訪れた奄美市歴史民俗資料館で聞いた話は目からウロコでした。というのも、「奄美には3万年前から人が住んでおり、1万4000年前頃から交易もしていた。人の往来や暮らしは、貝を見れば全て分かる」とのこと。貝は美味しいだけでなく、人の一生より遥かに長く地球を見守っているのですね。現在と過去をつなぐ貝殻ー次元を超える宇宙の神秘を歌ったクヌート・ニーステッドの女声合唱作品、「SHELLS」を本日ご紹介します。ニーステッド(1915-2014)は、ノルウェーの作曲家、指揮者、オルガニスト。オスロのさまざまな教会でオルガニストとして活動し、また1950年から40年間ノルウェー・ソリスト合唱団の指揮者を務めました。作曲した合唱作品は302曲もあるそうです。

Slow with serenity (静けさと共にゆっくりと)で始まる本作。”私”が腕をゆっくりと海底へと伸ばす様子が描かれています。

明るい水面に腕の深さまで手を伸ばす
波の下の白い砂の上に集まった
私一人の浜辺に流れ着いた貝殻

”私”の視点で書かれたメロディーと、波によって集まった貝殻を思わせるモティーフが背景としてささやかに響きます。パートごとの役割が明確に分けられ、人間と自然の対比が印象づけられています。リズムからもその対比が感じられ、人間は2(八分音符)、貝殻は3(三連符)というふうに、風景が身体感覚で想像できるようになっています。イギリスの詩人Kathleen Raine キャスリン・レイン(1903-2003)のテキストが、現在に留まる人間と、時間を超越していく貝殻の関係性を通して、優しく、鋭く普遍的な事実を語りかけているようです。

ニーステッドの作品では、クラスター(同時に響く隣接した音群)と跳躍のあるメロディーが特徴として挙げられますが、本作でもその2つがさまざまな方法で使われています。次元について人間と貝殻の視点を比較するテキストでは、アルトが低い音域で、貝殻の螺旋を思わせる曲線的なモティーフ(G-As-F-A-B-C)を2拍遅れでずらしながら歌い(=クラスター)、跳躍のある長いメロディーを主観的に高い音域でソプラノが歌います。混声よりは音域に限定があり、ともすると薄い響きになりがちな女声合唱ですが、オクターブで支えたり、完全音程と増音程を組み合わせる、メロディーと背景のパートのバランスを変化させるなど、縦・横・高さの三次元を効果的に感じられる工夫が興味深いです。

With a delicate lilt (繊細な陽気さをともなって)と少し雰囲気が変わり、貝たちが楽しげに遊ぶような場面になります。三連符によって軽やかさが強調され、クルクルと回転しながら貝が深い海を潜っていくよう。そして、海底までたどり着き、深く、静かな眠りについた貝殻の音楽が聞こえてきます。

あなたが住む世界はまだ創造されていない

ドキッとするセリフをソプラノソロが歌い、“shells” とささやきが2回。余韻の中で思考や想像が膨らむ終わり方になっています。約4分と小品ですが、現代音楽の音楽的要素と哲学的な世界観が味わえる女声合唱作品です。少し先ですが、12月に開催するpneumaのコンサートでも演奏する予定です。ぜひ聴きにいらしてください。(堅田優衣)

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

堅田 優衣

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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合唱とピアノ連弾のための「ともだちシンフォニー」

●合唱とピアノ連弾のための「ともだちシンフォニー」
作曲:寺嶋陸也
作詩:佐藤義美
出版社:カワイ出版
価格:1,760円(税込)
声部:SB or SA or TB div.
伴奏:ピアノ連弾
時間:11分30秒
判型:A4判・40頁
ISBN:978-4-7609-4285-5

先の見えないウクライナでの争いが続いています。今年は太平洋戦争終結から78年。特に今月のテレビでは太平洋戦争に関連した番組が多く放送されており、人間にとって「戦争」とは何なのか改めて考えさせられます。
そんな中、今月は反戦をテーマにした「合唱とピアノ連弾のための ともだちシンフォニー」をご紹介します。

この作品は、詩人、佐藤義美の故郷である大分県竹田市の竹田総合文化ホール<グランツたけた>の委嘱により誕生しました。2020年11月にこのホールで開催された<プレ・コロ・フェスタ 2020 in たけた>で、指揮は作曲の寺嶋陸也さん、ピアノは古賀美代子さんと後藤秀樹さん、合唱は九州で活動する声楽家や合唱人集団音楽樹(現・一般社団法人音楽樹)の主要メンバーを中心とする16名の混声合唱「ともシン合唱団」により初演されました。

佐藤義美(1905~1968)は『いぬのおまわりさん』をはじめとする童謡の詩人として知られており、他にも『グッドバイ』、『おすもうくまちゃん』、『アイスクリームのうた』など多くの童謡を残しています。
「体も心もまだ新しい人間(子ども)を信じて、童謡づくりに一度きりの生命をかけた詩人」でした。
学生時代から「赤い鳥」などに投稿し早くから童謡作家として頭角を現した佐藤は、国語の教師をしながら童謡と詩を書き続けました。その数は3,000にのぼります。

「ともだちシンフォニー」は子どものために書かれた反戦詩です。のちに合唱作品として歌われることになるとは詩人は考えていなかったでしょう。この詩が書かれてから半世紀経ちますが、詩人の言葉はいまの世界にそのまま向けられています。

憎しみをもたないもの同士が戦う愚かさや、人間の能力を人間らしく使わないことへの嘆き、そして平和への強い願いが綴られており、作曲の寺嶋さんの詩への共感が音楽となり、オーケストラを思わせる響きが宇宙的スケール感をもって描かれています。合唱は混声、または同声の2部合唱で、4手連弾のピアノパートを伴います。

「ともだちシンフォニー」は通して演奏すると11分半かかります。作品の構成について寺嶋さんは「この膨大な詩を楽章に分けて作曲するということも出来たが、持続を大切にするため1つのまとまった曲とした」とお話しされていました。

 「ともだちになろうよ きみとぼく。」
 「なかよくしようよ きみとぼく。」
 「約束をしようよ きみとぼく。」

★この夏、私が指導スタッフとして関わっている子どもの合唱団でこの作品を演奏します。
もしかしたら子どもだけでの演奏は初めてかもしれません。

フレーベル少年合唱団 第61回定期演奏会
~ぼくらは うたって かんがえる あいと ゆうきと へいわのことを~
日時:2023年8月23日(水)
会場:文京シビックホール 大ホール(東京都文京区)
開演:午後6時30分 (午後6時開場)
指揮:佐藤洋人 ピアノ:小原木ひとみ、吉田慶子
演奏会チラシのリンク:https://www.froebel-kan.co.jp/info/17

ご興味ある方いらっしゃいましたら田中まで直接ご連絡ください。
emi.d.tanaka@gmail.com (田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。