Frank Ticheli / 三善晃混声合唱曲集「うたの森」(三善晃 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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日本はやっと梅雨明けが目の前になっているのでしょうか。今年ロサンゼルスは例年になく涼しかったのですが、今週から途端に夏になり汗をかくようになりました。先月ニューヨークへミュージカルを見にいき、新旧5本(Wicked, Chicago, Hadestown, Shucked, Some like it hot)の作品を見ました。群を抜いて私の好みだったのは、マリリン・モンロー主演映画をミュージカルにしたSome Like It Hotでした。ビックバンドと現代ミュージカルを混ぜたような音楽と壮大なダンスシーンがすばらしく、みなさんも機会があればぜひともご覧ください。
 
今回はニューヨークから帰る飛行機がハリケーンのためキャンセルされたりしてイライラしたのですが、そんな中で心を落ち着かせるために聞いたFrank Ticheliの作品を紹介したいと思います。
 
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Frank Ticheli (1958 ~)はルイジアナ州出身、テキサスの高校と大学をでた後、ミシガン大学でドクターまで修めています。(すべて作曲専攻)1990年代よりカリフォルニアに活動拠点を移しましたが、彼の作品はアメリカ国内はもちろんのこと全世界で演奏されています。有名な合唱作品もありますが、Wind Ensemble(吹奏楽の一形式)のための作品を数多く発表しています。
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Frank Ticheli (1958~)

Earth Song
イラクとの戦争をはじめ混乱する情勢の中で作曲家本人による作詞で書かれたTicheliの最も有名な曲です。音楽、自然、平和、そして戦争についてシンプルでいて力強い希望をうながすようなメッセージが込められています。不協和音が表現するものが音楽的に解決することによって現実的な問題が解決したかのような平穏な心になれます。

“VOCES8 - Earth Song”
https://www.youtube.com/watch?v=4p8PYuzx5iM
  
曲説と歌詞(英語)
https://northshoreband.org/blog/2019/1/15/jbuha3dm6s7qzyglg4aygcknf01f3c

There will be Rest
いつか紹介したいと思っていた曲で、私は指揮をするにしろ歌うにしろ涙を堪えるのが大変です。
音楽的なことを話すよりもここでは詩人のSara Teasdale (1884-1933)を紹介します。Teasdaleは20世紀アメリカを代表する詩人で、わかりやすく音楽的で想像を呼び起こす作風で有名です。精神的な病に苦しみ若くして自死を選んでしまいましたが、彼女の作品は現在でも多くの人に愛されています。
 
There will be rest, and sure stars shining
Over the roof-tops crowned with snow,
A reign of rest, serene forgetting,
The music of stillness holy and low.
I will make this world of my devising
Out of a dream in my lonely mind.
I shall find the crystal of peace, – above me
Stars I shall find.
下記のリンクから音源を聴きつつ、この詩を読んでください。
Frank Ticheliが作曲する中で詩を大事にしたことは明確で、Word Paintingがいたるところに出てきます。壮大な自然の中になぜか孤独を感じつつも心の平穏を願うかのような詩と音楽をお楽しみください。
 
There will be Rest (Ticheli) | Atlanta Master Chorale
https://www.youtube.com/watch?v=h6RMyqaLl7U

Sara Teasdaleについて
https://www.poetryfoundation.org/poets/sara-teasdale
 
楽譜購入についてはパナムジカまでお問い合わせください。

市川恭道(いちかわ・やすみち)

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ・やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

三善晃混声合唱曲集「うたの森」

●三善晃混声合唱曲集「うたの森」
作曲:三善晃
出版社:カワイ出版
価格:2,310円(税込)
声部:SATB 他
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4判・72頁
ISBN:978-4-7609-4292-3
収載曲:
道/一人は賑やか/雪の窓辺で/それが涙だと言うのなら/流れる水のように/緑のたそがれ/椎谷岬にて/心の街に

今年の10月4日、三善晃の没後10年を迎えます。各方面でも三善晃を取り上げたコンサートが行われていますが、特にこの5月に行われた東京都交響楽団の三善晃反戦三部作の演奏会は話題となりました。

収録曲の異なる女声合唱版とともに同時に出版されましたが、今回は混声合唱版についてご紹介してきます。
過去のNHK全国学校音楽コンクール課題曲や中高生の教材のために書かれた作品で、これまで入手が難しかったものも集め、混声合唱とピアノのための作品8曲が収録されています。
なお、教科書に掲載された作品はすべて三善晃氏が長年監修した教育出版から刊行されたものです。

道 詩:伊藤海彦詩
1969年の第36会NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部の課題曲。伸びやかなメロディが景色に沿って歌い手を運んでくれる瑞々しい作品。

一人は賑やか 詩:茨木のり子
1968年にカンツォーネとして作曲された「ギター伴奏による《一人は賑やか》」。混声合唱版は1978年に全日本合唱連盟の会報誌ハーモニーのために書かれました。この曲は三善氏の愛唱歌であったそう。ご本人はどんな風に歌ったんだろう、と想いを馳せます。合唱は女声2部と男声3部の5声部編成。

雪の窓辺で 詩:薩摩忠
1965年に音楽之友社『緑の子守唄』に収録されました。1996年には栗山文昭指揮により合唱団「松江」で混声版が初演されています。一年を振り返り、笑ったことや泣いたこと一つ一つの思い出が雪の花びらとともに舞っていく様子がピアノパートにも描かれています。

それが涙だというのなら  詩:銀色夏生
1994年、教育出版から刊行されました。メロディが詩のためにあったのではないかと思うくらい言葉に寄り添った、爽やかなソング。ほぼホモフォニックに書かれておりdiv.も少ないので少人数でも楽しんで歌えるでしょう。

流れる水のように  詩:山川啓介
1987年に中学校の音楽科教科書に掲載された作品です。中学生が歌うことを前提に、2番までの有節でほぼ2声部で書かかれていていますが、エンディングは壮大な5声部で締めくくられています。タイトルのようにとめどなく溢れるピアノに乗って、曲頭に指示された「速く、元気に」歌い上げられるソングです。

緑のたそがれ 詩:青木景子
こちらは1995年に高校の音楽科教科書に掲載されました。Div.が殆どないホモフォニックな混声4部です。語るように一気に駆け抜けます。五感で自然のエネルギーをいっぱいに浴びた詩人の感性が光ります。

椎谷岬にて 詩:ささきかずこ
1988年、教育出版から刊行された合唱シリーズ中学校用Vol.2「一本の宇宙樹があった」に収録されています。新潟県柏崎市の観音岬(椎谷鼻)の岬、東側と西側では景色が全く違い、それがまるで人の心のようであると詩人は言っています。ア・カペラで始まるこの曲は東西を長調と短調で書き分けられた色彩感豊かな作品です。

心の街に  詩:小海永二
2019年の高校の音楽科教科書に掲載されています。高校の授業で取り上げたとしたらなかなかハイレベルな合唱の授業であったと思います。抒情性豊かな詩と心のひだに潜っていくような音楽です。

本曲集のタイトル《うたの森》は、三善晃既刊のピアノ曲集《音の森》《こだまの森》から採られていますが、「歌う人、聴く人がそれぞれ一本の木で、それが森になれば」という願いを込めて三善晃氏の奥様がタイトルをつけられたそうです。

是非、女声合唱版と併せてご覧ください。(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。