The Nightingale(Uģis Prauliņš 作曲)/ 無伴奏男声合唱組曲 「世界でいちばん孤独な歌」(山下祐加 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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The Nightingale (ナイチンゲール)

●The Nightingale (ナイチンゲール)
作曲:Uģis Prauliņš(ウギス・プラウリンシュ)
出版社:Musica Baltica
声部:5S 5A Ct 5T 5B (21声)
伴奏:リコーダー(ニノ・ソプラノ・アルト・テナー)
言語:英語
時間:30分00秒 (全9つの小品演奏時間)

 私事ですが、先日ラトビア国立音楽院の合唱指揮修士課程を修了しました。6年に及ぶラトビアでの学生生活もあっという間、爽やかで明るい夏の気候と共に清々しい気持ちで終えました。バルト三国の合唱作品紹介、と言いながらもラトビアの作品がどうしても多くなりがちなのですが、これからも少しずつ開拓をしていきたいと思っています。
 さて、北欧で最も美しい季節、と人々が言う夏。夜は長く、先日夏至を迎えたラトビアは深夜になっても地平線はうっすらと明るく、3時半ごろにはもうぼんやりと明るくなってきます。そんな短い夜に、聞こえてくるのはナイチンゲールの鳴き声。夜鳴きうぐいすとも言われる、あの美しい歌声は多くの作家、作曲家を魅了してきました。今回は、ラトビア人作曲家ウギス・プラウリンシュがデンマークの童話作家ハンス・クリスティアン・アンデルセンの童話「ナイチンゲール」を基に作曲した作品を紹介します。

作曲家ウギス・プラウリンシュはヘヴィメタルバンド、民族音楽、映画音楽、ルネッサンスの対位法など幅広い音楽分野を作品へと自由に融合させます。彼の風貌は、長めのシルバーヘアに、黒の皮ジャケットに黒パンツと黒のブーツ、とてもイケてるヘヴィメタルのミュージシャンで、初めて出会ったときにはラトビアにはなんて多彩な作曲家がいるんだろう!と圧倒されました。

Uģis Prauliņš(ウギス・プラウリンシュ)

作品は2010年にデンマーク国立声楽アンサンブルと世界屈指のリコーダー奏者ミカラ・ペトリのために委嘱され、スティーブン・レイトン指揮によって2011年にリリースされたリコーダーと合唱の協奏曲のアルバムに収録されています。このナイチンゲールは鳴き声を模倣した超絶技巧のリコーダーと深みのあるバスによるバスオクターブ”D”から4オクターブ上で鳴り響くソプラノの”D”まで要求される合唱への広い音域、動物の鳴き声の描写、多数に分かれる声部など高度な要求が続くにもかかわらず、作品は一度聴けば気が付けば物語の中へ引き込まれるような魅力があります。実際に合唱団で取り組んだ際も、団員は高い集中力を要するものの、気が付けば没頭して時を忘れてしまうほど演奏側からも楽しめる作品です。
作曲家プラウリンシュは、以前にペトリの演奏に衝撃を受けており、この企画が舞い込んできたとき、彼女のリコーダーはデンマークからのナイチンゲールだという印象からアイディアを膨らませました。プラウリンシュはアンデルセンの「ナイチンゲール」から8つの場面を抜粋をし、一連の 8 つの小品とレプリーゼに再配置して作曲しています。冒頭の "ミステリオーソ "から、上昇するグリッサンド、そして印象的に響く旋律はおとぎ話の中へといざない、皇帝の宮廷から童話「ナイチンゲール」が展開します。美しい宮廷の空間や、森の中でナイチンゲールを探している男たちの様子、ナイチンゲールの歌声に魅了される皇帝はじめとした宮廷の人々、そして鳴り響く人工細工の鳥の鳥の声と、死の床で苦しむ皇帝に現れる幻影、これらが演劇的に見事に音を通して描写がされています。その中で現れる鳥の描写も特徴的であり、これは作曲家プラウリンシュがラトビアで聞こえてくる音の影響も強く、彼はインタビューで夏から冬へ向かう鳥の鳴き声は、ソロで始まり、次々に他の鳥に移り、徐々に動揺、悲しみ、感情に満ちた大規模で大音量の合唱団を作り上げていくと語ります。 そこには、差し迫った南への旅の予感があります。ちなみに、プラウリンシュはNHK東京児童合唱団にも2017年に委嘱作品「Japan Impressions」を作曲しています。そこでもこのナイチンゲールに似た旋律が聴こえてきます。
プラウリンシュは森を散歩するとき、鳥の言葉のどんなところに特に注意を払うとよいですか?とIFCMのインタビューで質問をされたとき、以下のように返答しています。これはこの作品を味わうのに、通ずるでしょう。今回はその言葉で締めくくりたいと思います。
「...静寂、それは起こっていることに対する畏敬の念です。ただ立ち止まって耳を傾ける。そして一番静かな音を(耳だけで)探してみてください。」(山﨑 志野)

録音
Spotify https://onl.bz/v2p4AqU
YouTube https://onl.bz/VGXN6NT

写真
©Lita Millere

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

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無伴奏男声合唱組曲「世界でいちばん孤独な歌」

●無伴奏男声合唱組曲 「世界でいちばん孤独な歌」
作曲:山下祐加
作詩:寺山修司
出版社:カワイ出版
価格:1,650円(税込)
声部:TTBB
伴奏:無伴奏
時間:16分30秒
判型:A4判・36頁
ISBN:978-4-7609-4334-0
収載曲:
だいせんじがけだらなよさ/みじかい別れのスケッチ/初恋の人が忘れられなかったら/見えない花のソネット/さすらいの途上だったら

こんにちは。佐藤拓です。
今回は男声合唱の新作のご紹介です。作曲は2014年に朝日作曲賞を受賞して以来数々の美しい作品を送り出し続けている山下祐加さん。無伴奏男声合唱の組曲としては初めて出版される作品となります。
詩は寺山修司、『人生処方詩集』を中心に選ばれた5編の詩には、いずれも寺山らしいセンチメンタルな青春像と、“別れ”と“孤独”への強い執心がにじみ出ています。幼いころに父を戦争で亡くし、出稼ぎに出てしまった母と離れ離れで育った寺山にとって、孤独は当たり前にそばにあることであり、それゆえ孤独は単に悲しいものではなく、彼の人生にとってはなくてはならないものだったのでしょう。山下さんはその寺山の孤独を、時にウキウキするような楽しさをもって、また勝手の知れた友人と語り合うような、いわばとてもパーソナルでポジティブな感情として描いているようです。

1、だいせんじがけだらなよさ
“bun bun” “pa ya pa”というスキャットで楽し気に始まります。孤独を楽しむ、という詩人の生き方をエッセンスにした明るい1曲。魔よけの言葉「だいせんじがけだらなよさ」はさかさまに読むとある有名な詩の一節に。これが終曲への伏線となります。

2、みじかい別れのスケッチ
フィンガースナップや猫の鳴きまねまで飛び出す愉快な一曲。曲集のタイトルはこの詩から取られています。ポップソングのように軽妙洒脱に、最後にはどこか遠くにいる恋人の姿を想って次の曲へのバトンを渡します。

3、初恋の人が忘れられなかったら
幼いころの淡い恋心への懐古と、その女性を忘れられずにいる気恥ずかしさ。「一年たちました 二年たちました・・・」と過ぎていった年を数えるシーンはまるで走馬灯のように、思い出の輪郭はあやふやで、まるで陽炎を追いかけるようなめまぐるしい展開を見せます。

4、見えない花のソネット
ベースのパートソロに始まり、自分の足元に咲く、自分にしか見えない花、そこは自分がいつも帰ってくる所だ、と詩は歌います。美しく素朴なメロディと、繊細に移り行くハーモニーの彩りによって、じっくりと孤独をいとおしむような一曲。

5、さすらいの途上だったら
七五調の漢詩風の三連五行詩で、第一曲のアンサーとして「さよならだけが人生だ」の一文が各連を締めくくります。力強く決然とした旋律で、「別れ」を飲み込んでひたむきに生きる男の背中を描き、最後はG mollの9thコードを基本配置でガッチリと鳴らして終止します。

(余談ですが、「さよならだけが人生だ」といえば井伏鱒二による唐代の漢詩の名訳として有名な文句ですが、寺山修司には「さよならだけが人生ならば」という返歌のような詩もあります。寺山の孤独・別離への思いを窺うには必読の詩かと思いますのでぜひ読んでみてください。この組曲とも通ずるところがあるでしょう。)

山下さんの筆致は、ア・カペラ男声合唱の作品が少ないとは思えない絶妙な声部配置、堅固なサウンド、歌い手の共感を導く詩のチョイス、そして何よりも歌い甲斐のある素敵な旋律にあふれています。男声合唱の新しいレパートリーとして多くの団体に歌われることを期待いたします。(佐藤拓)

初演の演奏を聴くことができます。(指揮:伊東恵司、合唱:なにわコラリアーズ)
https://www.youtube.com/watch?v=eKwEz1f7Hlw&list=PLfXh_JMfcp6e3zG8iFAdjZ0CxFye7zBMn&index=1

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/