作曲家Saunder Choi(サンダー・チョイ)/ 同声合唱曲「美ら海の子守唄」(音楽之友社 出版社)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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昨今アメリカではマイノリティに関する啓発を月ごとに行う習慣ができてきています。LGBTQ啓発のPride Month(6月)に代表されるように、5月はアジア・太平洋諸島系アメリカ人の啓発月間です。それにちなんで本日はフィリピン系移民の作曲家Saunder Choiの紹介をさせていただきます。
 
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中華系フィリピン人の移民であるSaunder Choi(サンダー・チョイ)はフィリピンのマニラ出身。合唱・作曲の勉強のためにカリフォルニアへ移住、University of Southern California (USC)を卒業しています。フィリピン在住中にはPhilippine Madrigal Singersのメンバーとしてツアーや大会に出場していました。アメリカに移住してからはロサンゼルスを中心に活動し、数々の合唱団への委嘱・編曲を書き、またコリスターとしてもL.A.Choral Lab, Pacific Chorale, Tonalityなどで活動しています。
 
移民の国アメリカで生まれた曲というのに相応しい中国・フィリピン・アメリカ文化を取り込んだマルチカルチャーな作品を多く書き、幅広い客層を虜にしています。
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Bahay Kubo (SSAA)
タガログ語で“Cubed House” (四角い家)を意味するBahay Kuboはフィリピンの海岸沿いに建つ四角い家のことです。フィリピンのフォークソングを編曲したこの作品では家周りの自然を声・ハーモニー・リズムによって表現しています。
 
“Bahay Kubo”
https://www.saunderchoi.com/project/bahay-kubo/
 
Brothers of the Sea (SATB div. a cappella)
若く、多文化的、リベラルなChoiはたびたび政治的な作品を書きます。(昔から音楽と政治は切り離せませんね)アメリカではトランプ前大統領の政治に対する批判や人種差別に対しての新しい音楽が多く描かれています。

”Brother of the Sea”はSingapore Youth Choir (SYC)とJennifer Thamによる委嘱作品で、Choiは”I dedicate this piece to a world filled with corruption, religious conflict, human rights violations, and extremist ideologies; a world that is sorely in need of peace and unity”とコメントをつけています。

この曲は松下耕先生とGaia Philharmonic Choir、SYC、またAteneo Chamber Singersによる”THREE”というイベントで演奏されました。

プログラムノートや映像は下記リンクより
https://www.saunderchoi.com/project/brothersofthesea/

True Colors (SATB div. a cappella)
シンディー・ローパーの代表曲True Colorsを現代合唱、アジア音楽、アカペラコーラスの要素を取り入れたすばらしい編曲。Tonalityというソーシャルジャスティスに特化した合唱団によって委嘱・初演されました。
 
モダン合唱の将来が垣間見えるような先鋭的な編曲です。
https://www.saunderchoi.com/project/true-colors/

楽譜購入についてはパナムジカまでお問い合わせください。(市川恭道)

市川恭道(いちかわ・やすみち)

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ・やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

同声合唱曲「美ら海の子守唄」

●同声合唱曲「美ら海の子守唄」
出版社:音楽之友社
価格:1,980円(税込)
声部:SSA
伴奏:無伴奏、ピアノ伴奏混載
判型:A4判・34頁
収載曲:
すっつぁら すっつぁら/ばんがむり/へいよーへい/なーくなくな/べーべーぬ草/ぱてぃろーま

今回は旧譜の紹介です。中村透作曲、「美ら海の子守唄(ちゅらうみのふぁむれうた)」。2003年に音楽之友社から出版されています。
この作品はユニバーサル ミュージック株式会社/岩田一夫の委嘱により2002年に誕生し、平良市立東小学校合唱部と同校OG合唱団(指揮 洲鎌律子、ピアノ 奥平めぐみ)によって初演されました。

中村透さんは作曲家であり、教育者でもありました。沖縄をはじめ諏訪、日光、奈良等日本各地の歴史を題材としたオペラで独自スタイルの作品を発表しています。また、沖縄・南城市シュガーホールや静岡県文化財団グランシップなどの公共ホールで音楽芸術と市民を結び地域に根ざした音楽発信を実現させた方でもあります。中村透さんは北海道のご出身ですが、沖縄をこよなく愛した方でした。1975年に琉球大学に赴任されてから、2019年に72歳で亡くなるまで生涯を沖縄で過ごされました。

私はご縁があって中村透さんに出会い、沖縄とアジア・パシフィック地域の子どもたちを歌で繋ぐ「アジア・パシフィック青少年コーラス交流 in OKINAWA / NAHA」のプロジェクトに参加させていただいたことがあります。独自の文化的多様性を持つ沖縄を拠点として、音楽交流を通して異文化を学び合い成長していく機会を創出するプロジェクトです。

そこで中村さんは「様々な国や地域の子どもたちが歌い合う、その感触を大人になってからも覚えていて欲しい」「子どもたちへ歌の種を撒きたい」と、豪快に泡盛を飲みながらニコニコと語られていた姿を思い出します。

そんな中村さんが沖縄の子守唄をあつめて作曲された曲集がこの「美ら海の子守唄(ちゅらうみのふぁむれうた)」です。沖縄の言葉(ウチナーグチ)は日本祖語をルーツとした琉球方言が沖縄独自の歴史の中で変化を遂げて今日の形になっているそうです。

南西諸島の、北は沖永良部島、南は波照間島まで600キロに渡り点在する島々で歌い継がれてきた子守唄を素材として、女声三部合唱とピアノのために作曲されています。親が歌う子守唄ではなく、外で仕事をする親の代わりに子守りをするお姉さんが歌ったとされるものが殆どです。

すっつぁら すっつぁら(八重山の子守唄)
八重山の石垣島の歌で「この子の名前はだれがくれた?」とうたいます。「すっつぁら」は「よかったね」という意味。子守唄にしてはなかなか明るく元気な印象で、中間部の軽快でリズミカルな部分は思わず起き出して踊ってしまいそう。

ばんがむり(宮古の子守唄)
親が仕事をする間に姉が下の子を寝かしつける歌。大きく立派に育ってこの島を守る人になってねと願っています。優しく美しいメロディに寄り添ったしっとりしたアレンジでまさに揺り籠で揺られているような音楽。

へいよーへい(沖縄本島の子守唄)
子守りの娘が、泣いている子どもになり代わって「私の名前はカマルグワー、お母さんが食べ物をもって帰ってくるよ」と歌っています。素朴なメロディをア・カペラの響きで楽しむことができます。

なーくなくな(沖永良部島の子守唄)
「あなたが泣いてもあなたの親は聞いてないから私が代わりに子守りをしてるのよ」とうたいます。雄大な海のようなピアノのアコードに支えられた二部合唱。三線のオノマトペが可愛らしいです。

べーべーぬ草(沖縄本島の子守唄)
「母さんは子ヤギのために草刈りにいったよ」と優しく歌います。中村透さんの遊び心溢れる、表情豊かな曲となっています。

ぱてぃろーま(波照間の子守唄)
日本最南端の有人島の民謡。「ぱてぃろーま」は「波照間」のこと。曲集では唯一子どもの寝かしつけでなく、八重山、神の島を讃える歌です。
この曲は中村透さんが作詞をした言葉で締めくくられています。
 
 昔の(ように幸せな)時代を下さい
 神の(収めていた)時代を下さい

この曲集のタイトル「美ら海の子守唄」は、沖縄の青い空、そして美しい海の広がる外の景色の中で歌われたことからとられているそうです。中村透さんの目を通して映し出された島の景色を感じながら演奏できる作品です。(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。