Pirmā nakts(Jānis Kalniņš 作曲)/ 男声合唱のための「グリークラブ・ソングセレクション Ⅰ~Ⅲ」(音楽之友社 出版社)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Pirmā nakts(はじめての夜)
作曲:Jānis Kalniņš(ヤーニス・カルニンシュ)
声部:2S 2A 2T 2B (8声)
伴奏:無伴奏
言語:ラトビア語
時間:8分00秒

今回は20世紀にラトビア、カナダで活躍したラトビア人作曲家、ヤーニス・カルニンシュの作品を紹介します。彼は、ラトビア国立オペラ劇場の創設者であるアルフレーズ・カルニンシュの息子であり、作曲家として務める傍ら、ヤーニス自身もラトビア国立オペラ劇場首席兼指揮者を務めていました。ラトビアの国民楽派を代表するラトビア人作曲家ヤーゼプス・ヴィートルスに作曲とオーケストラ指揮を学び、オーケストラ指揮に関しては、ザルツブルクでエーリッヒ・クライバーの指導も受けています。交響曲、カンタータ、オペラの作品に加え、アカペラ合唱作品は83曲作曲しており、指揮者として精力的に活動しながら、多くの作品を残しています。オペラ劇場の主席指揮者に加え、という仕事と両立し、作曲を行っていたヤーニス・カルニンシュは、空き時間を利用して作曲を続けていたと言います。第二次世界大戦の影響をうけ、1944年にドイツへ亡命し、後1948年にカナダへ移住し、カナダで生涯を全うしました。
 Pirmā Nakts(はじめての夜)はカナダへ移住した1948年に作曲された作品ですが、興味深いことに、スウェーデンのストックホルムのルーテル教会への贈呈作品として作曲されています。作品の内容は、ラトビアの兵士の記憶に捧げたもので、故郷への平和の願いを歌います。ヤーニスのスウェーデンとのつながりは、客演指揮者としてスウェーデンでも指揮をし、1937 年にはスウェーデンのグスタフ・ヴァーサ勲章を授与されています。しかし、この作品には、当時、ラトビアからスウェーデンへ小舟で祖国から逃れた人々の存在も感じます。作品は歌詞と密接にかかわりながら描かれており、プロローグとエピローグで夜のシーンをイメージしたオペラのシーンのように構成されています。
 はじめての夜、この作品では、地に平和がついに訪れた日の夜、兵士たちが迎えたはじめての穏やかな夜のことを言います。涼しい夜になるだろう..とバスがのなかで短7度の跳躍で短調に歌いはじめ、それに呼応し「良い夜を…!」とトゥッティでC♯の豊かな和声が鳴り響きます。作品には、ナレーションとセリフがあり、天使のように兵士へ尋ねる女声と聖歌を歌うように天使に答える兵士の男声の対話は、とても印象的に描かれています。ラトビアに平和を!と嬰ヘ長調で歌われた後、作品は時を刻むような不気味な短2度で重なるバスの旋律を合図に、涼しい夜になるでしょう。と再現されます。兵士たちにおとずれるはじめての穏やかな夜は、永遠の夢の中に訪れた平和なのかもしれません。
作品はC♯の和音でこのように締めくくられます。
“兵士たちよ、戦いの後に、良い夜を…”
この2月にYouTube、Spotify共ににリガ室内合唱団AVE SOLによる録音が公開されました。そちらも是非きいてみてください。

YouTube: https://youtu.be/7Fudf-LgTlE
Spotify: https://onl.bz/QPPFTVH

楽譜はラトビア合唱曲集Latvian Choral Music Anthology III に含まれています。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

男声合唱のための「グリークラブ・ソングセレクション Ⅰ~Ⅲ」

●男声合唱のための「グリークラブ・ソングセレクション Ⅰ~Ⅲ」
出版社:音楽之友社
価格:各 2,200円(税込)
声部:TTBB
伴奏:無伴奏、ピアノ伴奏混載
判型:A4判・80頁

こんにちは。佐藤拓です。
この春、全国の男声合唱ファンを驚かせ、歓喜させ、財布のひもを緩ませる楽譜が出版されました。これまで絶版・未出版だった男声合唱のピース作品から話題作39曲をチョイスし、3冊に分けて「グリークラブ・ソングセレクション」として一挙に発売されたのでした。長いこと出版を待ち望まれた曲もあれば、存在自体ほとんど誰も知らなかった秘曲、つい最近誕生したばかりの新しい曲まで、そのラインナップは実に多彩です。男声合唱曲はなかなか出版のチャンスが少なく、組曲ではない単曲ならばなおさら陽の目を見ることが稀です。このような形で男声合唱のレパートリー拡大に貢献してくだった音楽之友社には大感謝です!
今回はその中から数曲をピックアップして紹介したいと思います。

◆作品リストからも消されていた?!三善晃の秘曲中の秘曲
『五月』『いづかたに』(詩:萩原朔太郎、曲:三善晃) ※Ⅰに収録
1964年5月にプロ団体の東京男声合唱団(指揮:佐藤眞)によって初演された2曲で、三善晃の合唱曲の中でも最初期の作品です。しかしこれまでどの作品リストにも掲載されておらず、作曲家自身も生前この作品についてほとんど言及していませんでした。その存在自体が忘れ去られた、まさに掘り出し物の逸品です。2曲ともアカペラで、語りに合わせた混合拍子と、刻一刻と移り変わる転調の色彩で、短いながらも初期三善音楽のエッセンスを醸し出しています。
昨年の早稲田大学コール・フリューゲルの演奏会で58年ぶりに再演された記録を聴くことができます。
・いづかたに  https://www.youtube.com/watch?v=pfAEfE7uSLw
・五月  https://www.youtube.com/watch?v=G1RKU5IB-6Y

◆少人数アンサンブルへの小粋なプレゼント
『十五のこころ』(短歌:石川啄木、曲:田中達也) ※Ⅱに収録
2011年の東京都男声合唱フェスティバル(通称:男フェス)で人気投票一位となった少人数アンサンブル”Veri Ragazzi”のために、合唱指揮者の三好草平氏が個人で楽曲を委嘱し、翌年の男フェスの招待演奏枠で初演されたものです。初演はほぼ一人一パート。ディヴィジョンのない4声のアカペラで書かれ、ベースの最低音からトップテノールの最高音までが2オクターブ以内に収まるように設計されていて、少人数の団体でも美しく響くように配慮されています。短い4曲からなる小組曲で、緊密なハーモニーとポリフォニックな掛け合いによってアンサンブルの妙が存分に楽しめる作品です。
初演の演奏を聴くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=WLaoQT5ncIA

◆高野・髙田コンビによる名作歌曲の名編曲
『くちなし』(詩:高野喜久雄、曲:髙田三郎、編曲:須賀敬一) ※Ⅲに収録
不朽の名作『水のいのち』をはじめ、数々の合唱作品を生み出してきた高野喜久雄・髙田三郎のコンビですが、歌曲の分野でも『ひとりの対話』という曲集を残しています。特に終曲「くちなし」はひときわ愛唱され、日本歌曲のなかでも演奏機会の多い名曲の一つです。
この曲を、髙田作品のエキスパートである合唱指揮者の須賀敬一氏が男声合唱に編曲。原曲の歌曲の書法を尊重しながら、男声合唱らしい響きを出すために短3度上に移調して、抒情的な広がりを持たせています。じんわりとした感動を呼び起こし、アンコールなどもふさわしい作品です。
編曲者自身の指揮による合唱団お江戸コラリアーずの演奏を聴くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=LX_sT311gBI

今回発表された39曲を消化するだけでも数年男声合唱を楽しめそうです。出版社の皆様には今後もこのような「埋もれた作品の発掘」「生まれたばかりのピース作品のリリース」を継続していただきたいですし、男声合唱愛好家にはどしどし新しいレパートリーに食いついていってほしいと思います。(佐藤拓)

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/