Biegga luohte(Jan Sandström 作曲)/ 二部(同声)合唱とピアノのための金子みすゞの詩による6つの歌「葉っぱの赤ちゃん」(岩崎貴文、小杉保夫、小坂明子、中川ひろたか、榊原政敏、黒須克彦 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Biegga luohte(山風のヨイク)
作曲:Jan Sandström(ヤン・サンドストレム)
出版社:Gehrmans
声部:SSAATTBB
伴奏:無伴奏
言語:サーミ語

北欧には、サーミの人々に伝わるヨイクという伝統的な歌(歌唱法)があります。非常に霊的なものであるとされており、個人、動物、自然環境に対して捧げられてきました。即興的に、捧げられる対象によって変えてうたわれ、歌うことそのものよりも、何を対象とするかが重要であると考えられているそうです。ヨイクは、1950年代に禁止され衰退したそうですが、現在では合唱音楽として取り入れられている作品も多くあります。本日は、サーミの文化を肌で体験できる「Biegga luohte 山風へのヨイク」をご紹介します。

「今、風が吹いている」というテキストから曲は始まります。女声には“民族的な声で“という指定があり、fで歌われるそのメロディと、1小節ずつ加わる男声パートが音域的に広がっていくことで、大いなる自然との対話であることを直感的に感じさせます。その声は山の向こうからエコーとなって返って来て、神様や聖霊が、風に乗ってやってくることを予感させる、印象的な始まりです。

その後、サーミの伝統的な太鼓とともに、テノールソロがヨイクを始めます。合唱は、ソロを和音で包みながら、O→A→hum.と母音を少しずつ変化させ、意識しないと聞こえない空気の振動のような役割を担っています。「聖霊が訪れ、神様が人々に挨拶している」と、ヨイクはソロからテノール、ベースと移り変わっていき、静かな存在感だった女声のハミングも“Non no no no no”とあちらこちらで躍動し始めます。聖霊たちが風に乗って、たくさんやってくるようです。ヨイクの”lo lo lo lo”と聖霊の”Non no no no no”が混ざり合い、どんどん風が大きくなってffになったところで、subito pになり、一瞬の静寂。

犬が吠える声と書かれた“Zagga!”が、不気味に響く森。ヨイクによって集まったたくさんの聖霊の中に、招かれざる霊も入り込んだようです。冒頭の太鼓に支えられたリズム的安定感が突如失われ、本能的に危険を察知する犬の不規則に吠える声が、不安を煽ります。からかうように周りを飛び回るサタンを、犬と羊飼いで必死に追払い、曲はまた冒頭のヨイクに静かに戻って行きます。ヨイクとハミングが消えるように小さくなり、プツッと終わったあとの耳の感覚は、クーラーを止めた後に似ています。見えないけれど、聖霊はいつも人間を助けてくれているという気づきを与えてくれる作品です。

構造は、8分の3拍子で太鼓と共に進むヨイクの部分と、犬が森で吠える部分の三部形式ですが、全体を通して興味深いのは、休符の使い方です。冒頭の「今、風が吹いている」という箇所でも、1拍半(符点八分休符)の休符から始まることによって、瞬間的なパワーが生まれ、fの民族的サウンドを強烈に印象付けることができるのです。また、休符が=何もない、ではなく、聖霊や神様の声に耳を傾ける時間として、音がある時間よりむしろ注意深く過ごすように書かれていると感じます。

今、これをヘルシンキで書いていますが、おとといヘルシンキ大学男声合唱団によって、作曲した「てまんかいー奄美の八月踊り」が初演されました。てまんかいとは、手で聖霊を招くという意味で、八月踊りの手の動きを指します。太鼓とともに踊られること、風に乗って神様や聖霊がやってくるという考え方も、奄美の八月踊りとサーミのヨイクは共通しています。てまんかいも、奄美や琉球に加え、アイヌにも伝わる祈り方だそうで、遠く離れた場所がつながっていることをますます感じさせ、興味は尽きません。

さて、そんな不思議な民俗的・地層学的つながりを、日本で聞くチャンスがあります。ヘルシンキ大学男声合唱団はゴールデンウィークに来日し、東京、金沢、豊田でコンサートをするそうです!私の作品「てまんかいー奄美の八月踊り」は5月5日、豊田市コンサートホールで日本初演されることになったので、ご都合つく方はぜひ聴きにきてください。北欧の重厚な男声合唱が生む、奄美の祭りは必聴です!p.s. 5月6日は同じホールで、名古屋ユースクワイアが「UPOPO」を歌います。初めて指揮で参加しますので、こちらもぜひ!
(堅田優衣)

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

堅田 優衣 (かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●二部(同声)合唱とピアノのための
〈金子みすゞの詩による6つの歌「葉っぱの赤ちゃん」
作曲:岩崎貴文、小杉保夫、小坂明子、中川ひろたか、榊原政敏、黒須克彦
作詩:金子みすゞ
出版社:東京書籍
声部:SA
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語

今回は湯気の出ているホヤホヤ新譜をご紹介します。
二部(同声)合唱とピアノのために書かれた〈金子みすゞの詩による6つの歌「葉っぱの赤ちゃん」〉です。今月末に東京書籍のウェブ販売サイト、<音楽専門館>から発売されることが決まっています。

今年は大正末期から昭和初期にかけて活躍した夭折の童謡詩人、金子みすゞの生誕120年です。金子みすゞの詩は教科書にも掲載されているので子どもたちにも馴染み深く、特に〈私と小鳥と鈴と〉の「みんなちがって、みんないい」という言葉が心に残っているという方も多いのではないでしょうか。

金子みすゞの詩に新たに曲をつけ、子どもたちに広く詩の世界を伝えたいという思いのもと始まったフレーベル館とJULA出版局による「金子みすゞ子どもうたプロジェクト」(2019年)で6つの歌が誕生しました。その後、それらの歌を合唱に編曲してフレーベル少年合唱団の子どもたちに歌って欲しいという企画に発展し、アベタカヒロさんのユニークなアレンジにより素敵な二部合唱曲へと生まれ変わったのでした。

2020年にフレーベル少年合唱団の定期演奏会で発表する予定だったところ、突然コロナ禍へ突入。2年後の2022年8月、東京芸術劇場にて行われた第60回記念演奏会で指揮は田中エミ、ピアノは吉田慶子により4曲だけ、ようやく初演が叶いました。(あと2曲はまたぜひ次の機会に)

6つの詩ラインナップと各曲のご紹介です。

1 子供の時計 作曲 岩崎貴文
三里先から見える巨大な時計に中に入り込んでみんなで針を回し、大きな振り子に乗っかって遊ぶ!? 遊び心が溢れる楽しい詩です。ロックンロールのような間奏は子どもたちも思わず踊り出します。

2 桃 作曲 小杉保夫
元気な掛け声で始まるリズミカルな曲です。勢いよくとびついた桃の枝から飛び降りたら枝がピーンと返ってしまい、実った大きな桃が届かなくなってしまいます。シンコペーションがこの遊びのスリルを表しています。
 
3 空いろの花 作曲 小坂明子
いつも空を見上げているその花が、誰よりもほんとの空のことをよく知っていると歌います。前の2曲と打って変わって「天使のような歌声で」という指示もあり、美しい旋律に寄り添う素朴なハーモニーに色彩豊かなピアノパートが絡み合います。

4 星とたんぽぽ 作曲 中川ひろたか
「見えぬものでもあるんだよ」という言葉で締めくくられるこの曲は、6/8拍子でやさしく揺られているような安心感があります。美しく流れるような前奏と後奏にうっとりしてしまうかもしれません。

5 葉っぱの赤ちゃん 作曲 榊原政敏
生まれたての葉っぱの赤ちゃんは、夜は月が寝かせ、朝は風がやさしく起こし、そして昼間は小鳥たちが一緒に歌いながら成長を見守っています。曲の終盤よく聴くと、、、なんとピアノは「シューベルトの子守唄」を奏でています。

6 私と小鳥と鈴と 作曲 黒須克彦
最後の 1 行「みんなちがつて、みんないい」にすべてが集約されています。サビの部分では2声部での追いかけっこを是非楽しんでください。

アベさんの編曲は合唱部分がとても自然でシンプルな作りになっており伸びやかに歌えることでしょう。それを助けるかのように、ピアノパートは繊細なハーモニーとリズムで作品の情景を表情豊かに彩ってくれます。
この曲集は順番に演奏する必要もありません。好きな1曲を、2人とピアノを弾く人がいればすぐに歌えます。子どもでも、大人でも、金子みすゞの詩の世界を楽しめる曲集になっています。
(田中エミ)

東京書籍<音楽専門館> WEBサイトはこちら
https://shop.tokyo-shoseki.co.jp/music

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。