Birthday Madrigals(John Rutter 作曲)/ オリジナル合唱ピース 女声編 61「ふゆはたまもの」(横山潤子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Birthday Madrigals(バースデイ・マドリガルズ)
作曲:John Rutter(ジョン・ラター)
出版社:Oxford University Press
声部:SATB
伴奏:無伴奏、ピアノ伴奏、ダブルベース
言語:英語

イギリスの作曲家ジョン・ラター(1945-)、きらびやかなサウンドや軽快なリズムといった印象をお持ちの方が多いのではないでしょうか。グローリアやマニフィカートなどオーケストラを伴う大規模な作品も多く書いていますが、本日は軽やかでかわいらしい小品をご紹介します。

バースデイ・マドリガルズはまずそのタイトルが気になると思うのですが、ジャズピアニストであるGeorge Shearing(ジョージ・シアリング)氏の誕生日を祝って作曲されたためにこのタイトルがついており、歌詞の内容が誕生日にまつわるものというわけではありません。
作品は5曲から成り、伴奏を伴うアップテンポの3曲(1,3,5曲目)と、アカペラのゆったりした2曲(2,4曲目)という構成になっています。伴奏は、ダブルベース(コントラバス)のみ、ピアノのみ、もしくはダブルベースとピアノ両方のいずれの形でも良いと作曲者によって書かれています。伴奏を伴う曲(1,5曲目)も単独で演奏される場合に限り無伴奏でも良い、またピアノパートは記譜の通りでなく自由にアレンジして良い、など演奏上の自由度が高い楽曲となっています。
テキストはシェイクスピアら4名の詩人による5つの恋の詩が選ばれています。
1曲目のIt was a lover and his lass(恋に落ちた者とその彼女)は恋する二人の弾む足取りをそのまま音にしたような軽やかな曲で、Dooというスキャットによる伴奏に乗せてソプラノがかわいらしいメロディーを歌います。
2曲目のDraw on, sweet night(来れ、甘き夜)は深い悲しみと揺れ動く思いが和声の色合いの変化と共に切なく描かれています。
3曲目のCome live with me(おいで、一緒に暮らそう)は、あっけらかんとした様子でポジティブな言葉ばかりを並べて女性を誘う男性のセリフが長調で、そんな男性をあしらいながら首を縦には振らない女性のセリフが短調で作曲されており、映画のワンシーンをみているような気持ちになる曲です。
4曲目のMy true love hath my heart(私の恋人は私の心を持っている)は、恋人を慕う女心が、夢をみているような浮遊感のある音で描かれているアカペラの曲です。
5曲目のWhen daisies pied(まだらのデイジーが)は、1曲目と同じようにスキャット(Fa la la)にのってソプラノが軽やかにメロディーを歌い、花の名前やカッコウの鳴き声が出てきたりと可愛らしい中にもウィットに富んだ歌詞が印象的な曲です。

アップテンポの曲はメロディーやスキャットをいかに軽やかに聴かせるか、そしてアカペラの曲は和声の移り変わりをいかに表現するかが演奏のポイントになってくるかと思います。テクニック的に平易な曲ではありませんが、歌っていてとても楽しい作品ですので、ぜひ取り組んでみてください!(谷郁)

音源(1曲目):https://www.youtube.com/watch?v=sB2DMS2ezic

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

谷 郁 (たに かおる)

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

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オリジナル合唱ピース 女声編 61「ふゆはたまもの」

●オリジナル合唱ピース 女声編 61「ふゆはたまもの」
作曲:横山潤子
作詩:覚和歌子
出版社:教育芸術社
価格:660円(税込)
声部:SSA div. + soli
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語
判型:B5判/16頁

関東では桜満開シーズンです。そんな春の訪れから少し遡って、今回は横山潤子作曲の「ふゆはたまもの」という女声合唱とピアノのための作品をご紹介します。教育芸術社が毎年行っている新作発表のコンサート、Spring Seminarの 2021年の回で発表された、中高生用向けに書かれた作品です。
テキストは覚和歌子さんの「はじまりはひとつのことば」という詩集からとられています。

この詩の世界では、一面雪の静けさに包まれ、その雪の白は心をとり巻く哀しみや自責の念をゆっくりと解いてくれます。そして、薪ストーブの炊かれた家の中には体温が感じられます。耐えるときの象徴である「ふゆ」、その中でもささやかな光を見出して春への活力を与えてくれる。それがタイトルにもある冬の「たまもの」なのでしょう。
テキストは全てひらがなで、柔らかさと温かみを感じさせてくれます。

この楽譜を開いてまず目に入ってくるのは、序章の部分で棒やハタのつけられていない黒マルの音符です。「いつくしみのいろはゆきのしろ」、と語りのようなリズムに捕らわれない歌が始まります。語り以外の声部はハーモニーで景色を彩り、静謐な世界の中に投影された心の中の微細な揺らぎを描きます。私はこの部分をグレゴリオ聖歌のようだと思っていましたが、横山さんはこの語りを、「強いて言うなら追分節」とセミナーの中で仰っていました。

次第に軒下のつららからキラッと落ちる水滴のようなピアノの下降形のアルペッジョが美しく響き、真っ白な雪の世界から人の気配のある風景へと場面が移り変わってゆきます。

あたえられたあいをみがいて ひかりのたまにして
むねにかかえて あたたかなこきゅうをつづけなさい

という詩に載せて、後半にはハートフルなメロディが溢れんばかりに展開していく様子は歌心をくすぐるに違いありません。

横山潤子さんの合唱作品の楽譜を開いたことのある方ならよくご存じと思いますが、譜面には繊細で独特な音楽の流れを示す記号が記されています。それが決して表面的になることなく、言葉の内面から引き出されるアゴーギグや次のフレーズへ繋ぐ必然的な息遣いを演奏者が納得できるまで磨いていく過程がこの作品を演奏していく面白みの一つであるでしょう。(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。