Apstulbusi akis prarado ama まばゆい目は言葉を失った(Rytis Mažulis 作曲) / 男声合唱組曲「この道より」(藤嶋美穂 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Apstulbusi akis prarado ama (まばゆい目は言葉を失った)
作曲:Rytis Mažulis(リュティス・マジュリス)
声部:4S 4A 3T 2B (13声)または等しい4声部
伴奏:無伴奏
言語:リトアニア語
時間:5分00秒

 スウェーデンでの半年を終えて、ラトビアへ戻ってきました。これから修士論文と卒業演奏会と、修了に向かっていよいよ、というところです。
 さて、今回はリトアニアの現代音楽で最も特徴的な作曲家リュティス・マジュリスの作品を紹介します。彼はリトアニア音楽院の作曲科教授でもあり、私が大学院一年のとき、ラトビア音楽院とリトアニア音楽院の共同講座で現代音楽の講座を遠隔で受け持っていました。彼の作品では、曲の最初から最後までカノンを占める、というほどに作品は一貫性を持っています。また、微分音が特徴的であり、時に均質なサウンドを実現するためには電子機器を用いることをいとわない、というように、コンロン・ナンカロウとジャチント・シェルシのコンセプトに強く影響を受けています。
 また、リトアニアにはsutartinė(スタルティネ)と言って古くから伝わるカノンで歌われる民謡があり、彼の作品からそれらを連想させる音も聞こえてきます。このスタルティネの影響もあってか、リトアニアはバルト三国の中でもミニマリズムに特化する作曲家、研究がよく進んでいます。リュティスはその中でも代表するリトアニア人作曲家の一人です。
 今回紹介する作品は1985年に作曲され、その後彼の作曲した合唱作品の中で初めての作品です。実はこの作品、同年に4つの等しい声のための作品が書かれており、それが後にSATBの混声に書かれています。4つの等しい声のための、という表記は楽譜にわざわざ書かれており、終始カノンで、同じ旋律のリズムとテキストが、少しずつ音程を変えて発展し、収束をしていきます。楽譜は作品の構造アイディアを反映し、数字の8を描くように単旋律が配置されたグラフィックスコアです。この旋律を歌い手たちは指示に沿って歌い、この8の字を上下行き来をして歌い、密集したカノンで奏でられます。それはまるで終わりがないような、永遠を連想させる音空間を生み、作曲家はこれをエンドレススパイラルカノンと説明しています。旋律は全音階を使用されており、7パターンの音をつかったモティーフがあり、それらが順を追って変化し、また同じ順をたどって戻っていき、収束していきます。混声版では、このグラフィックスコアを実際に演奏する際に起こるプロセスをそのまま私たちが普段馴染みのある記譜法へと書き起こされています。とはいえ、同じモティーフが延々と続く楽譜は迫力があります。5分間の作品なのですが、声部が増えて重なっていくうち、元に聞こえていたモティーフは密集した音空間の中で見え隠れをし、次第にテキストの子音が氷点下のなかでキラキラと空気中で光を放つ氷の粒のように音空間のなかで光始めます。永遠と続くカノンは儀式のような瞑想的な空間を生みます。彼自身がエンドレススパイラルカノン、と説明した言葉は、作品を聴いてみると、妙にぴったり感じてきます。
 混声版の楽譜は13声部に書かれていますが、4つの等しい声のためにかかれた版をアンサンブルで歌ってみることも可能です。演奏録音もオンラインから見つけることができます。是非、聴いてみてください。
(山﨑志野)

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

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男声合唱組曲「この道より」

●男声合唱組曲「この道より」
作曲:藤嶋美穂
作詩:武者小路実篤
出版社:カワイ出版
価格:2,090円(税込)
声部:TTBB div.
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語
時間:18分
判型:A4判 64頁
収録曲
 序/進め、進め/雨の中の樹々/戸をたゝく音/この道より

こんにちは。佐藤拓です。
今回紹介する作品は武者小路実篤(1885-1976)の詩による男声合唱組曲『この道より』です。一度聴いたら忘れられない名前の文学者ランキングでも上位に来るであろう武者小路実篤は、志賀直哉、有島武郎らとともに白樺派の中核をなした作家です。大正デモクラシーを背景として理想主義的なヒューマニズムを推し進めた一派で、人間の肯定と不合理にあらがう正義感を特徴としています。武者小路は一派の中でも特に強靭な意思と明確な理想をもっていて、宮崎県に実験的共同体「新しき村」を建設して自らも農作に励むなど、急進的な活動で知られました。
作曲者の藤嶋さんによれば、初演指揮者との対話の中で「男声合唱は格好よく、美しい。でも格好つけずに魂で叫ぶような曲があってもいい。」という話になり、武者小路の詩を選ばれたそうです。この曲に出合うまで武者小路がこのような詩を残していることを知らなかったのですが、その内容は愚直そのもの、人の生きざまを果てなく後押ししエールをささげるような力強い筆致であふれています。
曲はプレリュードとしての「序」と4つの楽章で構成されています。

・「序」
無伴奏のソロによって「この道より 我を生かす道なし この道を歩く。」と歌われます。変ホ短調で男の哀愁を感じさせ、短いながら、内容も旋律も組曲全体を通底するテーマとなる序曲です。
・「進め、進め」
行進曲のビートに乗って「進め、進め、したいことが多すぎる」の歌詞がファンファーレのように何度も何度も繰り返されます。逆境にあってもなお前進することをやめず、ネガティブなこともポジティブに変換して己のエネルギーとする、ひたすらに陽気で前向きな曲。
・「雨の中の樹々」
雨音をモチーフとしたピアノに導かれ、穏やかにしとしとと降る雨に思いをめぐらせる。7thコードを多用した淡く美しいハーモニーは、武者小路が日本に紹介したセザンヌなどの印象派絵画のようです。ソロによって歌われる「運命にすなおなこと」という言葉が次の楽章へと導きます。
・「戸をたゝく音」
ベートーヴェン「運命」のモチーフがピアノの同音連打で示され、合唱は早い三拍子で機関銃のように言葉を投げ続けます。なにか良いものの訪れを待つ期待感と高揚感がボルテージを上げ、最後は急激なアッチェレランド。
・「この道より」
アカペラで「自分に許された一筋の道を歩くなり」と自信に満ちて歌いあげて始まります。「~なり」というやや古風な、しかし断定的で力強い語り口で、生きる限り歩みを止めずに前進し続ける医師の堅固さを示します。最後には「序」のテーマがホ長調の明るい響きによって再現され、組曲全体を壮大に締めくくります。

初演は2022年8月13日、札幌で行われた「The Premier Vol.5 北の大地オール新作初演コンサート!」でどさんコラリアーズ(指揮・佐古宜道、ピアノ:石井ルカ)によってなされました。
3月5日には東京で最注目の男声合唱団WAKAGE NO ITARIの第2回演奏会で取り上げられるようです。
https://choruswakagenoitari.com/concert/
(佐藤拓)

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/