Ihmisen henki 人間の魂(Leevi Madetoja 作曲)/ こどもコーラス・コレクション-ジュニア- 同声二部合唱曲「かけていく」(西下航平 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Ihmisen henki(人間の魂)
作曲:Leevi Madetoja(レーヴィ・マデトヤ)
出版社:Bells Publishing
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語
時間:4分30秒

フィンランド語の”henki”という言葉は、魂、人生、呼吸、霊、精神など15種類ほどの意味があります。合唱でよく使う「ブレス」にあたる単語は、”hengitys”ですし、冬によく話し合われる、「精神的に(落ち込んでいる)」は”henkisesti (masentunut)”と、”henki”から派生している単語はたくさんあります。私が主宰する女声合唱団pneumaの団名も、古典ラテン語で呼吸や存在の原理を意味しており、単語としてのニュアンスが同じなので、フィンランド語の”henki”はラテン語から来たのではないかと考えています。

さて、本日ご紹介するレーヴィ・マデトヤ(1887-1947)の”Ihmisen henki”は1921年に作曲され、詩は、フィランドの作家、翻訳家のAarni Kouta(1884-1924)によるものです。タイトルを直訳すると「人間の魂」ですが、作詞者による英訳タイトルは「永遠の炎」となっています。英訳は、詩の冒頭である「人間の魂は永遠の炎」という箇所から取られていると思います。

本作の特徴は、清々しいほど和声的に書かれていること。フィンランドの合唱文化は、ハーモニーをどう響かせるかという視点が根底にあるように感じます。合唱の練習では、ピアノはほぼ使わず、最初の音は指揮者が音叉で示します。アカデミーの試験でも、音叉を使用し和音を上から順に歌う、メロディに合わせてベースを歌う、などがありました。日本のソルフェージュでは、ピアノで弾かれるメロディやハメロディ書き取りが多いですが、フィンランドでは、ある音を基準にして、脳内でハーモニーを響かせることを重視しているようでした。

そんなわけで、B-durの長三和音(シ♭レファ)で始まる本作。高い音域で女声のみ、しかもp!という緊張の瞬間です。天から降り注ぐように音域が下りてきて、男声も加わり、充実したハーモニーを聞かせるフレーズが続きます。「太陽の光や空に輝く星が、私たちを抱きしめてくれるから、暗い夜が訪れても私たちの魂の炎は消えない」、という歌詞が、少し陰ったり、明るくなったりニュアンスを変えながら和声的に語られます。調号は♭1つなのですが、F-durでもd-mollでもなく、どこにも安定することがないのが、私たちのこの世での歩みに感じられます。

中間部では、打って変わってフーガです。構造としては、フィンランドの後期ロマン派の作品によくあるものですが、個人的に興味深いのが、フーガのテーマなのに?あまり印象に残らないメロディだという点です。どこかぎこちなく、同じ場所を行ったり来たりしているのは、「罪の鎖につながれた人間の、神様への愛がどうかあなたに届きますように」という歌詞を表現しているのではないかと想像しています。

そして、「しかし、罪は悔い改めによって払拭される」と再び美しい和声に帰ってきて、冒頭とは逆に、地上から天に向かうように、少しずつ音域が上行していきます。最後は、星々を超えて、天国でその炎が再生するように、とG-durの包み込むような和音で終わります。この作品は、フィンランドのシベリウスアカデミーの修了試験で演奏した思い出深い一曲です。自分の外側で何が起ころうとも、内なる炎=魂を燃やし続けて、活動していきたいと改めて感じました。ひたむきで、誠実な雰囲気がすてきな作品ですので、ぜひ取り上げてみてください。
(堅田優衣)

堅田 優衣 (かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

こどもコーラス・コレクション-ジュニア- 同声二部合唱曲「かけていく」

●こどもコーラス・コレクション-ジュニア-
同声二部合唱曲「かけていく」
作曲:西下航平
作詩:野呂昶
解説:藤原規生
出版社:カワイ出版
価格:550円(税込)
声部:SA
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語
時間:2分50秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-4450-7

こんにちは。田中エミです。まだまだ布団から出るのが億劫になる寒さではありますが、今回は一足早く春の訪れを感じさせてくれるこちらの作品をご紹介します。
カワイ出版のこどもコーラスセレクション<ジュニアシリーズ>より、西下航平さんの新譜「かけていく」という、同声二部合唱のための作品です。

作曲の西下さんは東京音大の大学院で作曲を専攻され、声楽や器楽作品の作曲、編曲を幅広いジャンルで手掛けられている、いま注目の若手作曲家でいらっしゃいます。西下さんご自身も合唱団の中で歌われているようです。

さて、この曲の詩は少年詩を多く手掛けられてている野呂昶(さかん)さんです。野呂さんは絵本も多く手掛けていらっしゃり、国語教科書に多くの作品が掲載されています。野呂さんの詩には自然の風景の中で植物や動物が多く登場し、生命への眼差しが散りばめられています。創作活動の傍ら、畑仕事で汗を流されることが多いと伺いました。以前、お電話でお話しをしたことがあるのですが、80歳をとうに超えていらっしゃる野呂さんのそのハリのある明るいお声にこちらが元気をいただいたことを思い出します。

この作品に選ばれた詩では「いちめんの菜の花ばたけ」が広がって、その中に見え隠れする「あなた」を見失わないようについていく「わたし」のいる風景が描かれています。子ども同士の戯れかもしれないし、親が小さな我が子を追っている様子かもしれませんね。いずれにしてもそこには温かな愛情と春の空気で満ちています。

西下さんは、このどこまでも広がる菜の花畑を飛び交う蝶々のようなピアノの流れに、D Durの主音にはなかなか落ち着くことのない浮遊感と広がりのある、愛らしく親しみやすいメロディを乗せています。爽快な16分音符に乗った言葉や、旋律をハイライトするような対旋律が添えらえて、中間部で一瞬訪れる3度上への転調では一気に高揚感が増し、音の手品を見るようでもあります。

2部合唱の掛け合いを、子どもから大人まで楽しむことができるでしょう。2人でも、20人でも、200人でも!?
これからやってくる春のレパートリーにお勧めしたい一曲です。
(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。