《Ora pro Pace(平和への祈り)》/ 混声合唱曲「死者の書」(野田暉行 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。

今号は、2/24に京都にて日本初演される《Ora pro Pace》について、柳嶋耕太さんにご紹介いただく特別編です。

Ora pro Pace(平和への祈り)

国際共同制作委嘱作品・日本初演

◆《Ora pro Pace(平和への祈り)》
編成 SATB div.
伴奏 無伴奏
言語 ラテン語
収録曲
Sicut Cervus/Cantate Domino/Jubilate Deo/Ubi Caritas/Alleluia

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
(それをどのように評価するかは置いておきつつ、ですが)我が国もコロナによる非常事態からそれを包摂した日常へついに回帰しようとする動きがあるなかで、合唱における本格的な国際交流が復活する今年になるようであることは、その側面は私達にとってはやはり喜ばしいものです。
そんななか、「Ora pro Pace 平和への祈り 日台交流コンサート」というプロジェクトの日本公演2月24日に京都で開催されます。

こちらのコンサート詳細はウェブサイトhttps://choruscompany.com/concert/230224opp/でご覧いただくとして、ここでは、本コンサートのメインプログラムである国際共同作品《Ora Pro Pace(平和への祈り)》と題された5つの新作合唱曲について一口サイズで解説していきたいと思います。
「国際共同作品」というテーマに結びつきながらもそれぞれが単一のモテットとして成立するように書かれた各作品は、それぞれに異なる魅力を醸し出しており、これを契機に日本の合唱団にもとりあげていただきたい内容です。

Sicut Cervus 曲|羅芳偉(Luo, Fang-Wei)[台湾]

パレストリーナの作曲が有名な詩篇42番冒頭部のテクストに付曲されています。テノールによる痛切な半音階を伴う旋法的進行、かつ3連符を含んだ朗唱的リズムによってテクストがうたわれ、やがてそれが合唱全体に波及する形で響きをなします。ある種「ネオ・マドリガル」的な、テクストの逐語的ニュアンスを音形で示すような色彩感をもちつつ、響きとしてはほとんど縦に揃えず、ディレイを効果的に用いた書法が響きの瑞々しさを絶えさせません。

Cantate Domino 曲|Damijan Močnik(D.モチュニク)[スロヴェニア]

変拍子を多用したリズミックなCantate Dominoです。一方でいたずらにリズミックなのではなく、ある種の連祷かのような、楽譜の見た目から得る印象よりも自然に唱えられる独特な勘所があり、唸らされます。前曲のディレイを多用したSicut Cervusとは全く対照的に、完全なホモフォニックで同じリズムをすべての人が共有してうたうというストイックさが、曲全体のダイナミクスをより鮮やかなものとして映し出します。

Jubilate Deo 曲|Vladimir Polyakov(V.ポリアコフ)[ロシア]

2群合唱として作曲されています。本公演では日台の合唱団がそれぞれ別の群を担当して演奏しています。pppでありながら高い運動性のあるリズムでJubilate(歓喜)をそれぞれのパートが順々に連呼していくような響きを背景に、第1テノールが高らかに、ファンファーレ調の主旋律をうたいあげます。中盤以降は各群が背景─前景(テクストを読みすすめる)を切り替えながら、シンフォニックな展開を響き渡らせます。ストイックな同質性ではなく、オーケストラのような音色の多様性が合唱団にもとめられる、音の違いを楽しめる作品です。

Ubi Caritas 曲|陳樹熙(Chen, Shu-Xi)[台湾]

デュルフレのかの曲と同様の手法により、グレゴリオ聖歌Ubi caritasの旋律を軸にして楽曲が展開していきます。ハーモニーは現代のヴォーカルグループ的で、経験的クラシック的な和声感覚やテクストの発語のみに頼っているとかなり難しいです。しかし最終的に鳴る響きは非常にしっとりと美しいもので、それを感じることができるようになると、むしろ落ち着いた気分で楽しくうたい通すことができるようになり、そのときにテクストが改めて寄り添ってくれます。

Alleluia 曲|松下耕(Ko Matsushita)[日本]

5曲の中ではもっともオリエンタルな香りが強い作品です。しかし決して奇を衒うわけではなく、「アレルヤ唱」ということを地に足をつけて、最大にリアリティのある形で再現した、という印象のある曲に仕上がっています。冒頭のテノールソロによるこぶしを伴う唄が極めて印象的で、そのテーマ/モチーフが部分的に増殖する形で全パートに一気に波及したのち、大変にぎやかな祭り囃子に発展します。しかしやはり単に「お祭り」で終わるということはなく、中間部のテノールソロのカットインからまた大きな変容をみせるのですが・・・あとは聴いてのお楽しみということで!
(柳嶋 耕太)

柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)

【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太 (やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。

 

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混声合唱曲「死者の書」

●混声合唱曲「死者の書」
作曲:野田暉行
出版社:全音楽譜出版社
価格:1,650円(税込)
声部:6S6A6T6B
伴奏:無伴奏
言語:日本語
時間:15分
判型:菊倍判/52頁
ISBN:978-4-11-899021-7
収録曲:
甦/魂呼/想

こんにちは。佐藤拓です。
昨年(2022年)9月、作曲家の野田暉行氏が亡くなられました。多分野にわたる明晰で緻密な作品を残しながら、東京芸術大学作曲家の教授として新実徳英さん、西村朗さん、荻久保和明さんをはじめ多くの作曲家を育てた教育者でもありました。
合唱曲はそう多くはないものの、1970年(昭和45年)のNHK全国学校音楽コンクール小学校部門の課題曲として作曲された『空がこんなに青いとは』をはじめ、『走れメロス』、混声合唱組曲『青春』などの人気作品を書かれています。
今回紹介するのは氏の合唱作品の中でも最も重厚にして難解な作品『死者の書』です。初演は1971年、民音現代音楽祭の委嘱によって作曲され、田中信昭指揮日本プロ合唱団連合によって初演されました。無伴奏で、SATBが基本6声に分けられ、ソロを含めると最大36声となります。釈迢空(しゃくちょうくう、民俗学者・折口信夫のペンネーム)の幻想小説『死者の書』から着想を得ており、飛鳥時代に謀反の疑いをかけられ自害した大津皇子の霊魂を主役として、ヴォカリーズを主体としながらいくつかの単語と擬態語を引用して、異様な雰囲気の音世界を築き上げています。

曲は甦―魂呼―想の三部分からなり、切れ目なく一つの楽章として歌われます。

1、   甦
吸気と呼気による吐息が重なり合って、山間の朝もやのような景色が浮かび上がります。テキストは「した した」という水の滴り落ちる音と、「耳面刀自(みみものとじ)」「思うている」のみで、他はすべて無声音によるヴォカリーズ(注:耳面刀自は藤原鎌足の娘で、小節では大津皇子の思い人とされている)。開始から60小節以上経過したところで初めてピッチをもった声が現れ、時に呻き声のような、風の音のような響きが次第に増幅し、男声が叫びのように「耳面刀自」の名を呼びます。
2、   魂呼
全パートがpppのクラスターを奏でる中、soliによる「こう こう こう」という不思議な声が遠くから聞こえます。山頂にある大津皇子の墓から神々の魂が降りてくる「魂呼いの行」の様を描きます。熱狂と喧騒の中から、地の底から響く「おおう」という叫びが轟きはじめ、長いクレッシェンドの果てにクライマックスを迎えます。
3、   想
『懐風藻』より大津皇子の歌が引用され、初めて歌が実体を持ちます。あえぐような息遣いから、再び冒頭のもやがかった吐息に包まれ、消え入るように声が宙空へと消滅していきます。

もともとプロ合唱団の集合体のために作曲されたこともあり、日本の無伴奏合唱作品としては最大規模かつ最高難易度の作品の一つといえるでしょう。野田氏による手稿譜の緻密な美しさも見どころの一つと言えます。
東京混声合唱団による録音を下記のCDで聴くことができます。空気の温度や湿度、距離感まで伝わるような素晴らしい演奏です。
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/11251

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/