Kleine Adventsmusik 小さな待降節​​の音楽(フーゴ・ディストラー 作曲)/ 女声合唱とピアノのための「ウィーン、旧市街の小路にて」(名田綾子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
--------------------------------

Kleine Adventsmusik(小さな待降節​​の音楽)

●Kleine Adventsmusik(小さな待降節​​の音楽)
作曲:Hugo Distler(フーゴ・ディストラー)
出版社:Breitkopf
声部:SAB
伴奏:オルガン、フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロ、語り手
言語:ドイツ語
時間:20分

あっという間に12月となり、今年もクリスマスの季節になりました。1年前のこの時期には、20世紀ドイツの教会音楽家であり作曲家であるフーゴ・ディストラーの「Die Weihnachtsgeschichte (クリスマスの物語)」を紹介させていただいたのですが、今年はもうひとつアドヴェント(待降節)の作品をご紹介したいと思います。

「Kleine Adventsmusik(小さな待降節​​の音楽)」は合唱(S,A,男声の3パート)、オルガン、器楽(フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロ)、語り手(聖書朗読)からなる20分ほどの作品です。

マルティン・ルターによるコラール「Nun komm, der Heiden Heiland(来たれ、異教徒の救い主よ)」がこの作品の核となっており、耳馴染みの良いメロディーが、ソプラノの旋律としてだけでなく、男声パートや、器楽パートなど様々なところに繰り返し現れます。

冒頭は器楽によるSonataから始まり、続いて「Nun komm, der Heiden Heiland(来たれ、異教徒の救い主よ)」のコラールの一節が合唱によって歌われ、語り手によってイエスの誕生の約束が語られ、そして再びコラールのメロディーが曲調を変えて歌われます。その後、天使ガブリエルによるマリアへの受胎告知、マリアのエリザベト訪問、ベツレヘムへの旅など、聖書の朗読を間に挟みながら音楽が展開していき、最後はキリストの生誕の成就で締め括られます。

合唱が歌う箇所は全部合わせても10分ないくらいなのですが、3声で楽器と共に力強く歌われる曲、浮遊するように柔らかく歌われる曲、無伴奏の曲、女声のみ、男声のみのパートソロや二重唱など変化に富んでいます。合唱の音域は広くなく、ヴィルトゥオーゾな動きもなくてとても歌いやすく、決して派手ではありませんが、フルート、オーボエ、ヴァイオリンという3つの高音楽器が繊細かつ華やかに作品を彩ります。

楽譜上では聖書朗読はドイツ語で書かれていますが、該当箇所を日本語で朗読して物語をつなげることも可能ではないでしょうか。アドヴェントの時期に教会で演奏するのにぴったりなこの作品を、ぜひ取り上げてみてください!(谷郁)

動画:https://www.youtube.com/watch?v=ZfbB3-4vlLk
※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。

谷 郁 (たに かおる)

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

女声合唱とピアノのための「ウィーン、旧市街の小路にて」

●女声合唱とピアノのための「ウィーン、旧市街の小路にて」
作曲:名田綾子
作詩:長田弘
出版社:カワイ出版
価格:770円(税込)
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語
時間:5分
判型:A4判/16頁
ISBN:978-4-7609-4456-9

こんにちは。佐藤拓です。
さて、みなさん散歩はお好きですか?
僕はもともと歩くのは好きな方で、特にコロナ禍初期には何もやることがなくて家の近所を毎日のように散歩していました。公園のような自然があふれたところも良いですが、狭い路地があつまった下町や、なんてことのない住宅街をブラブラするのも好きです。ありふれた人間の生活の香りや、その街をつくってきた人々の営みの積み重ねを感じて、様々なイマジネーションが掻き立てられます。
長田弘さんの詩「ウィーン、旧市街の小路にて」は、まさにウィーンの何気ない街並みを歩く様子を描いた散文詩です。聖シュテファン大聖堂のような名所名跡などは一切出てこず、まるでどこにでもあるようなヨーロッパの街の描写にすら見えます。かつて多くの哲学者たちは散歩をしながら己の思索を深めていったものですが、それに倣うように詩人の思いも形而上的な世界へと飛躍してゆきます。
名田綾子さんはこの詩の散文性にのっとり、軽やかな転調の繰り返しとデクラメーション豊かな旋律によって、まるでウィーンの散歩をバーチャルに体験しているような作品に仕上げています。
ピアノによる教会の鐘の音に乗せて、レチタティーヴォ風のホモフォニーで幕を開けます。調性が不安定な難しい旋律ですが、この語り口の妙が楽曲全体の性格を担っているといえるでしょう。セリフのソロをはさみ、ウィーンの街中を歩くシーンは畳みかけるようなスピード感で、まるで風になって狭い路地を吹き抜けていくよう。誰もいない小広場で立ち止まるシーンでは突然アカペラとなり、その静けさと空虚さを示します。
(日の光の揺らぎ)と示されたピアノに乗せた哲学的思索をへて、力強い「グリュス・ゴット!」(Grüß Gott=オーストリアの一般的な挨拶の言葉)の連呼でクライマックスとなります。「挨拶の中に神さまのいる街。」という言葉は、日常のありふれた景色の中に、いつでも神秘と奇蹟が存在していることへの気づきでしょうか。最後は再び鐘の音のピアノにのせて、合唱自体もヴォカリーズで鐘の音に溶け込んでいき、朝日が差し込むようなクレッシェンドで幕をとじます。

この詩は2011年の東日本大震災の惨禍と詩人自身の大病を経て上梓された詩集『奇蹟―ミラクル―』に収められています。そのあとがきの文章に、この曲の本質に通じる詩人の想いが示されています。
"「奇跡」というのは、めったにない稀有な出来事というのとはちがうと思う。それは、存在していないものでさえじつはすべて存在しているのだという感じ方をうながすような、心の働きの端緒、いとぐちとなるもののことだと、わたしには思える。
日々にごくありふれた、むしろささやかな光景のなかに、わたし(たち)にとっての、取り換えようのない人生の本質はひそんでいる。それが、物言わぬものらの声が、わたしにおしえてくれた「奇跡」の定義だ。”
詩中に名所名跡が登場しないように、この曲にもいわゆるウィーン的な音楽要素(ウィンナ・ワルツ、オペレッタ、12音音楽etc...)はほとんど現れません。特別なものではなく、当たり前のもののなかに秘められたものへのまなざしを、詩人と共有したがゆえなのでしょう。(佐藤拓)

初演者である金城学院高等学校グリークラブの演奏がYouTubeに公開されています。ご参考になさってください。(指揮:宮本令子、ピアノ:名田綾子)
https://youtu.be/TwG_OcU8KtU

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/